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ロザリエとお兄様がいなくなり、私は再び、畑仕事に戻った。
掘り起こされた芋を並べて天日干しにする――と以前読んだ書物書いてあったため、大きく育った芋を回収していく。
「なんだか、申し訳ないですね。芋を掘っていただいて……」
「勘違いしないでください! これはロザリエ様の命令にしたがって、畑を荒らしただけですから!」
それに兵士たちのおかげで、畑は整えられ、収穫も順調に終えることができた。
「せっかくですし、今日のおやつは収穫したお芋でおやつにします!」
歓声と拍手が巻き起こる。
「収穫を手伝ってもらえて、とても助かりました」
「シルヴィエ様。違います。命令通り、畑を荒らしただけですよ」
「あっ! そうですね。命令でした。ロザリエに感謝しなくてはなりませんね」
いそいそと掘ってもらった芋を並べた。
芋も増えたけど、豆のほうも順調に育ち、豆のほうは乾燥させたら瓶に入れる予定だ。
冬の大事な食料になる。
「シルヴィエ様。この下僕めに、お湯を沸かす栄誉を与えてくださいますでしょうか」
「自分は皿とティーセットをご用意させていただきます」
兵士たちは私の前に恭しく跪き、両手で集めた木の枝を持ち上げる。
「ええ……。構いませんけど、お気遣いは……」
「ご用意させていただきたいのです! 我々のために、シルヴィエ様が直々に芋を焼いてくださる!」
「金にも等しい!」
「金ですか? 確かに焼きいもは金色になりますけど……」
だんだん兵士たちが、おかしな方向に向かっている気がしてならない。
一人でお茶を飲むのも申し訳なかったから、見張りの兵士たちにもお茶を用意したのがきっかけで、今では木の枝を率先して集め、お湯を沸かしてくれるようになった。
私の畑仕事を手伝ってくれたり、重い石を運んでくれたりと、本当に助かっている。
「いやぁ~。通路に鈴をつけておいて正解でした」
「お兄様とロザリエが、まさかこちらへ来るなんて思ってませんでした。はぁ……。泥だらけで、みっともないところをお見せしてしまいました……」
せめて、泥を落としてから二人と会うべきだったのに、間に合わなかった。
「でも、お兄様もロザリエも怒っていませんでした。心が広いですね」
皇女が畑仕事なんて、もってのほか!
なんて、言われるかと心配していたけど、言われずに済んでよかった……
そんなことを思いながら、パン焼き窯に火をいれ、お湯を沸かしながら、隅っこに芋を置く。
焼けた芋はすり潰し、小麦粉を混ぜて成形してから、パン焼き窯で両面を焼く。
小麦粉は兵士たちからの差し入れで、届けてくれたもの。
「芋のお菓子ですか?」
「ええ。夜勤の人たち用の夜食です」
平べったい芋のおやつは、ほんのり甘く優しい味がする。
「くっ! 俺は今日、日勤だ!」
「夜勤の奴、うらやましい!」
帆布で作ったタープの下、石材のテーブルと椅子に座って、焼いた芋とハーブティーで、お茶にする。
ガラス瓶には乾燥野菜が蓄えられ、これは具の少ないスープの時に加えたり、冬が来たときのお楽しみにとってある。
書物に書いてあった保存食を実践できるなんて、とても素晴らしい。
「今日は来客もあったし、とても良い日ですね」
「シルヴィエ様。お茶ですか」
「ハヴェル、いらっしゃい。あなたもお茶と焼きいもをどうぞ」
お茶と焼きいもで、まったりしていると庭師のハヴェルがやってきた。
本当はここの庭を担当していなかったけど、兵士たちの噂を聞き付けて、仕事が終わった後、寄ってくれるようになったのだ。
「ごちそうになります」
黒い髭と髪がもじゃもじゃした熊のような人で、年齢はお父様より、少し下くらい。
庭師として有名な方で、彼が育てた苗をわけていただいている。
おかげで、とてもいい野菜や綺麗な花が咲く。
「来年の土作りについて、ハヴェルに聞きたいことがたくさんあったのですよ」
「大事なのは土ですからね」
ハヴェルと土について語り合い、兵士たちは仕事に戻る。
夕暮れになり、庭がオレンジ色に染まっていく。
夜勤の兵士たちに、芋のおやつを届けて、部屋に戻ると、薄暗くなった部屋に夕食が運ばれてきて、老いた侍女は去って行く。
――これが私の日常。
「今日も一日頑張りました! あら……?」
パンもついてないし、スープの具は豆のみ。
いち、にい、さん、し、ご……
「ろく……?」
豆が六粒である。
塩味のみのいつになく寂しいスープ。
「はっ! もしかして、私が皇女らしくない体型になってしまったから!?」
あり得ない話じゃない。
毎日の畑仕事で食事もおやつも美味しい。
以前より、活動量が増えたから、心なしかたくましくなった気がする。
兵士に剣を習っているせいもあってか、腕もちょっと筋肉が……ふとっ……た?
「どうしましょう!」
バッと立ち上がるも、ぐうっとお腹が鳴った。
「皇女らしくと言っても、人前に出るわけではありませんし、畑仕事は体が資本。残さず美味しくいただきましょう」
さすがに豆のスープだけでは、物足りなかったので、乾燥野菜を加え、焼き芋の残りを食べる。
美味しい夕食を済ませ、湯浴みをし、着替え、侍女の仕事は終わり。
「ありがとう」
「……いいえ。お礼は不要でございます」
いつもと同じやりとりに、私は微笑んだ。
侍女は笑いこそしないものの、私と口を利くようになった。
名前を呼ばれるような立場ではないと言って教えてくれない。
――とても控えめな侍女ですね。
ベテランだけあって、仕事のみを片付け、淡々としたものだった。
小さなランプが置かれた薄暗い部屋に、私は一人になった。
以前は窓と扉に鍵をかけられていたけれど、今は鍵を開けたままにしてくれている。
「星がよく見えます。きっと明日は晴れますね!」
庭に出て、空を見上げる。
異国の香りがする人は、あれから一度も訪れていない。
初めて手袋をつけず、じかに触れた人の手。
思い出すと、少し切なく、そして胸があたたかくなる。
でも、私はきっと一生忘れないと思う。
「もしも、私が皇宮から出られたなら……」
「それは、ここから逃げ出したいということか?」
「お兄様……」
低く冷たい声に驚き、振り返ると、そこにはラドヴァンお兄様がいた。
「いいえ。例えばの話です」
お兄様は闇色の髪と瞳、冬の月のような印象を持つ。
「このような夜更けに、お兄様が訪れるのは初めてですね。お兄様も星を見ていたのですか?」
「いや。お前に会いに来た」
「私に?」
月が雲に隠れ、お兄様の表情が見えなくなった。
呪いを受けないためか、私とお兄様は一定の距離を取ったまま、近づかない。
「お前の嫁ぎ先が決まった」
私はなにか言うべきだったのに、なにも言えなかった。
ちょうど雲から月が顔を出し、お兄様の顔を照らしたから。
「シルヴィエ。お前は帝国から出たいか?」
「はい。幽閉されているよりは、外へ出たいと思います」
ためらいなく、答えていた。
暗くて顔が見えないとお兄様は思っているのか、私の返事を聞いた顔は、苦しみに耐える顔だった。
「そうか……」
お兄様は私に嫁いでほしくないと思っているのだろうか。
お兄様にとって、私は邪魔者だったはずなのに、本心は違う?
「なら、嫁げばいい。どうせ幸せにはなれない。傷ついて、ここへ戻ってくるだけだ」
そう言って、お兄様は私に背中を向けた。
再び月が雲に隠れ、暗くなる
お兄様は一度も振り返らず、去っていった。
「どういうこと? 私はどこへ嫁ぐの?」
それを教えてもらえなかったのは、残念だけど、お兄様の言い方だと、私は帝国の外に嫁ぐようだ。
「帝国の外に私が出てもいいなんて、夢みたい! 本当によろしいのかしら!?」
今まで、ほとんど人前に出ることなく、隠されて育てられ、ロザリエの事件で幽閉された。
そんな私が帝国の外へ出られる!
どんな方に嫁ぐかわからないけれど、呪いの力があるかぎり、私に危害を加えられない。
いわば、私は無敵状態。
「でも唯一、私が気を付けなければいけないのは、旦那様ですよね。触れたら死んでしまうかもしれませんし……」
旦那様を殺さないよう気を付けないと、また帝国へ連れ戻されてしまう。
「結婚式までに、もっと勉強して、役に立つ人間にならないと!」
有能な妻であれば、私の呪いを打ち明けても実家へ帰すなんて言わないかもしれない。
私は帝国から出られることばかり考えていて、お兄様が見せた苦痛に満ちた顔をすっかり忘れていた。
幽閉されている私は、皇宮内の事情をまったくわかっていなかった。
次期皇帝であるはずのお兄様。
そのお兄様が、お父様から冷遇されていると、気づいていなかったのだった。