地獄に住むとかいう話
夕方。オレンジ色の空。
エンジン音が住宅街に響く。
「うるせぇ!!」
誰かの怒鳴り声を背に、
バイクが曲がり角を抜ける。
後部座席。
風を切って笑ってるのが——結依。
結依
「ははっ!!速っ!!」
運転してる男
「だから言ったろ!捕まるって!」
結依
「大丈夫大丈夫!まだ来てない!」
信号、ギリギリ黄色。
アクセルが開く。
結依
「ほら!いけたじゃん!」
男
「お前さぁ!!」
ヘルメット越しに、
結依は空を見る。
(気持ちいい)
ただそれだけ。
怖さも、後悔も、
その時は一切なかった。
少し走って、コンビニ前。
バイクを止める。
結依、飛び降りる。
男
「マジでやめとけって、後ろ乗り」
結依
「なに?今さら?」
男
「お前、怪我したら面倒だし」
結依
「優しいじゃん」
男
「違ぇよ、責任問題」
結依
「はいはい」
缶ジュースを買って、
コンクリに座る。
結依
「ねぇ」
男
「ん?」
結依
「私さ」
一瞬、言葉を探す。
結依
「家、帰りたくないんだよね」
男
「……また?」
結依
「また」
笑うけど、目はちょっとだけ曇る。
男
「喧嘩?」
結依
「まぁね」
理由は言わない。
どうせ分かってもらえないと思ってるから。
家のこと。
親のこと。
言われた言葉。
(ちゃんとしろ)
(その格好やめろ)
(バイクなんて危ない)
分かってる。
全部、正しい。
でも。
結依(内心)
(うるさいんだよ)
ここにいる時間だけは、
誰にも縛られない。
男
「送る?」
結依
「んー」
少し考えて、立ち上がる。
結依
「もうちょい走ろ」
男
「まだ乗るのかよ」
結依
「今、楽しいし」
その一言で決まる。
バイクにまたがる。
ヘルメットを被る。
結依
「ね、ちゃんと掴むから」
男
「落ちんなよ」
結依
「落ちない落ちない」
この時は、本気でそう思ってた。
エンジンがかかる。
夜に向かう道。
街灯が流れる。
結依、男の背中に額を預ける。
(あー……)
(この時間、好きだな)
それだけ。
未来のことも、
死ぬ可能性も、
地獄なんて言葉も、
まだ何一つ知らない。
遠くで、サイレンの音がした。
男
「……ヤバ」
結依
「え?」
一瞬の判断。
ハンドルが切られる。
結依
「ちょ、待っ——」
風が強くなる。
結依(内心)
(あ、でも)
(今、楽しい)
——次の瞬間。
暗転。
……静か。
やけに静か。
結依
「……」
目、開かない。
(あれ……?)
体、重くない。
痛くもない。
結依
「……え?」
ゆっくり、目を開ける。
——赤い空。
岩。
黒い地面。
遠くに見える、意味分からん建物群。
結依
「…………え?」
起き上がる。
服はそのまま。
体も……普通。
結依
「……病院じゃ、ないよね?」
辺りを見回す。
叫び声。
遠くで爆音。
何かが壊れる音。
結依
「……治安、悪すぎない?」
その時。
「起きましたね」
声。
振り向く。
そこにいたのは
黒い制服っぽい服の人。
表情、仕事モード。
職員
「名前は?」
結依
「……結依」
職員
「年齢」
結依
「16」
職員
「死亡理由」
結依
「……え?」
結依
「ちょっと待って」
職員
「はい」
結依
「死亡って言った?」
職員
「言いました」
結依
「……誰が?」
職員
「あなたが」
結依
「…………嘘……」
⸻
書類、ペラッ。
職員
「バイク事故。後部座席」
結依
「……」
職員
「即死判定」
結依
「……即死?」
頭が、追いつかない。
結依
「いやいやいや」
「さっきまで……」
言葉が止まる。
職員
「ここは地獄です」
結依
「……」
職員
「あなたは現世の人間」
結依
「……」
職員
「罪状」
一瞬、間。
職員
「——不良行為、多数」
結依
「…………」
結依
「それだけ?」
職員
「それだけです」
結依
「えっ」
職員
「総合判断ですね」
結依
「雑っ!!!」
職員、淡々と続ける。
職員
「地獄滞在期間は——」
紙を見る。
職員
「100年」
結依
「……え?」
職員
「100年です」
結依
「ちょっと待って」
結依
「私、人殺してないし」
職員
「ええ」
結依
「自分で運転もしてないし」
職員
「ええ」
結依
「なのに?」
職員
「不良でしたので」
結依
「理由それ!?」
沈黙。
遠くで爆発音。
結依
「……100年?」
職員
「100年です」
結依
「生まれ変われるのは?」
職員
「その後ですね」
結依
「……」
結依
「長っ……」
職員
「なお、罰があります」
結依
「あるんだ」
職員
「逃げないでくださいね」
結依
「……逃げる人いるんだ」
職員
「結構います」
結依
「地獄じゃん」
職員
「ここは地獄です」
少し間。
結依、空を見る。
赤い空。
終わらなそうな景色。
結依
「……あのさ」
職員
「はい」
結依
「私の親、泣いてる?」
職員
「……」
職員
「詳細はお答えできません」
結依
「……そっか」
少し笑う。
結依
「せいせいしてるかなと思ったんだけど」
職員
「……」
職員
「案内します」
歩き出す。
結依、ついていく。
結依(内心)
(死んだ実感、ないな)
(100年とか言われても)
でも。
足元の感触だけは、
やけにリアルだった。
結依
「ねぇ」
職員
「?」
結依
「ここで……生きる感じ?」
職員
「そうですね」
結依
「ふーん」
少し間。
結依
「まぁ」
小さく、笑う。
結依
「退屈じゃなさそう」






