テラーノベル
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九条は、オルクスたちが考えた作戦を進めるのであれば、それでもいいと思っていた。最初からイリヤスのことを話すつもりはなかったのだ。
イリヤスの望みはバルバロスの遺骨を見つけることであり、白い悪魔の討伐ではない。
イリヤスから「オルクスを助けてあげてほしい」と懇願されたから手伝うだけ。
死して尚、家族とその仲間たちを想うイリヤスの気持ちは痛いほどよくわかる。だが、それは同時に九条の秘密を明かさなければならないということ。九条にはまったくメリットがない行為なのだ。
だから九条はオルクスを試した。それは最大限の譲歩であり、お互いの秘密を知れば、それが自然と足枷になると考えたからだ。
「お願い……オルクス……信じて……」
霊体であるイリヤスは、オルクスの左腕を両手で掴み、その顔を不安げに見上げていた。
オルクスには、その姿を見ることも、声を聞くことも出来ない。
苦悩の表情を浮かべていたオルクスであったが、不思議と自分の左腕が妙に暖かく感じたのだ。
言葉では言い表せない違和感。気の所為かと思うほど感触はなかったが、オルクスはその感覚を思い出した。
バルバロスが船長としての職務を果たしていた時、イリヤスの遊び相手はいつもオルクスだった。
見た目は母親のイレースそっくり。だが、内面は父親に似たのか活発で元気のいい子だった。
バタバタと甲板を走り回り、イリヤスが飛びつくのはいつもオルクスの左腕。右腕には古傷があるのを知っているからである。
十年前は当たり前だった日常を思い出し、違和感のぬぐえない左腕を見つめていた。
そしてオルクスは顔を上げると、まっすぐに九条を見据えたのだ。それは覚悟を決めた者の瞳である。
「わかった。俺たちの秘密を教えよう。だが、それが漏れれば俺たちの命が危ない。絶対に他言しないと誓ってくれ」
イリヤスの表情がパアっと明るくなった。自分の思いが通じたのだと胸がいっぱいになったのだ。
「誓おう」
九条の返事にオルクス深く頷き、その視線がミアとシャーリーに向けられると、二人も他言無用を誓ったのだ。
「俺たち最大の秘密……。それはネクロガルドの構成員だということだ。お前たちは知らないと思うが、裏の世界には闇魔法結社という巨大組織が存在する。名前を出すことさえ許されていない。だが、白い悪魔を倒せるのなら……。船長の仇が討てるのなら、その秘密も明かそう。これが俺の精一杯の誠意だ」
「いや、ちょっと待て!」
頭を抱える九条に、うっすらと引きつった笑顔を見せるミア。それに首を傾げていたのは、シャーリーだけだ。
「言っておくが嘘じゃないぞ?」
オルクスは九条の反応に不満を抱いた。自分なりに誠意を見せたつもりなのに、なぜか苦笑気味であるからだ。
確かに知らない者が聞けば疑ってかかる内容だが、これは紛れもない事実。
九条を信じたからこそ明かした。オルクスのみならず、仲間の命さえ危うい情報なのである。
「いや、すまない。ちょっと立ち眩みがしただけだ……」
まさかオルクスからネクロガルドの名前が出て来るとは思わなかった九条。そして、一つの可能性が頭に浮かんだのである。
(もしかして、エルザの言っていた船ってコイツ等の事なのか……?)
旅客船が運航していない中で、唯一乗り込む事の出来る船だ。
しかし、九条はそれをオルクスに聞くことは出来ない。それが秘密として明かされたということは、オルクス達が、九条がネクロガルドとは無縁だと思っているから。
「よ……よーし。……お、お前の誠意は受け取った。ならば俺の秘密を明かそうじゃあないか」
あまりの衝撃に少々ドモリ気味になる九条。それにミアだけがクスクスと笑っていて、やはりシャーリーは置いてけぼりであった。
「え? 何? ネクロなんちゃらがどうしたの?」
「シャーリーには悪いが、聞かなかったことにした方がいい」
「ええー……」
不満そうに口を尖らせるシャーリーであったが、それ以上は聞かなかった。
自分だけが仲間外れにされたようでいい気分ではなかったが、わからないことは自分で調べればいいだけの話。それこそが冒険者である。
「ちょっと待っててくれ」
九条は皆に背を向けると、一人船室を出て行った。
「何処へ行く!? 話が違うぞ!」
それに焦りを感じたオルクスが船室の扉に手を掛けるも、その扉をそっと押さえたのは、小さなミアの腕である。
「大丈夫だよ。少しだけ待ってて。お兄ちゃんは逃げたりしないから」
刹那、扉の隙間から漏れ出たのは魔法の光。赤とも紫ともとれる輝きが収まると、閉めたばかりの扉がゆっくりと開いた。
そこにいたのは、小さな女の子だ。黄金の髪と同じ色の瞳。そしてそこから流れる一筋の涙。
その姿を前に、目を見開くオルクス。全身に鳥肌が立ち、言葉を失くした。
目の前にいる少女はイリヤス。十年前と何も変わらない愛らしい少女が、そこに立っていたのだ。
「オルクスぅー!」
「お嬢!?」
まごうことなきイリヤスの声。
イリヤスは脱兎の如く駆け寄ると、オルクスに飛び込み抱き着いた。もちろん左腕にである。
オルクスは身を屈め、それを優しく抱き寄せると、歯を食いしばるほど涙していた。
白い悪魔に襲われた日。船長の乗った船が沈んだ。真っ暗闇の海上で、船長の声だけが聞こえたのだ。逃げろと……。
(あの時、逃げずに白い悪魔に立ち向かっていれば、別の未来が待っていたかもしれない……)
それからは後悔の日々。オルクスの選択に愛想をつかした仲間たちは離れて行った。
(当然だ。俺は船長を見捨てたのだ……)
船長の後を追おうとも考えたオルクスであったが、それでも自分について来てくれる仲間もいたのだ。
「これで俺を信じることが出来たか?」
「ああ。もちろんだ」
イリヤスの頭を撫でながら九条を見上げるオルクスは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも力強く頷いた。
そして、イリヤスが今までのことを全てを説明したのである。
「礼を言う、九条。お前がお嬢のために動いてくれていたなんて……」
「気にするな。これは契約だ。バルバロスを探す代わりにグリムロックまで案内してもらった。それだけのことだ」
「素直じゃないなぁ」
隣でボソッと呟いたシャーリーを九条はキッと睨みつけ、シャーリーはサッと目を逸らす。
それは、先程シャーリーを仲間外れにした些細なお返しであった。
「じゃあ、俺は針路の変更を伝えてくる」
「……私も行っていい?」
それはオルクスではなく、九条への問いかけだ。オルクス以外の者に自分が見られても構わないかの確認である。
「ああ。行ってこい」
「ありがとう! おじさん!」
「お兄さんと呼べ」
満面の笑みを浮かべたイリヤスはオルクスと手を繋ぎながら、船室を出て行った。
しばらくすると甲板から大きな歓声が上がり、そしてそれはすぐにむせび泣く男たちの嗚咽に変わったのだ。
「ねえ、九条?」
「なんだ?」
「なんでいちいち外でよみがえらせたの? ここでやればよかったじゃない。九条の力を信じてもらうには、その方が手っ取り早かったでしょ?」
九条はそれに肩を竦め、深く溜息をつく。それがバカにされたようで、シャーリーは頬を膨らませた。
「俺が何を媒介にしてよみがえらせているのか、知ってるだろ?」
「頭蓋骨でしょ? ……あっ……」
そう。オルクスたちには見せることが出来ないのだ。イリヤスの墓を荒らしてきましたなんて、口が裂けても言えるわけがない。
それは彼らの逆鱗に触れるかもしれない行為。知らぬが仏とは、まさにこの事なのである。
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ひでお