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⚠️ミセス結成〇〇年前〜
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中学卒業と同時に、バンドが解散した。
元々、学生のバンドなんて部活の延長線上だ。楽しく演奏出来て、思い出作りになればいい、そんなノリでやってた。
でも、元貴は違った。
子供の頃から、曲作りをしていた元貴はプロになることを夢見ていた。いや、夢ではなく、本当にプロになる為に頑張っていた。事務所に所属して、学校にも通わずずっと曲ばかり作っていた。
俺はそんな元貴を誘いに行くこともあったけど、元貴は音楽に対して本気だったんだ。
俺や、他のメンバーの実力が足りなかったから、元貴はバンドを解散させたのかもしれない。
名目上は卒業するから、ってことだったんだろうけど。それはやっぱり建前ってやつで。
本当は俺たちを見限った。俺たち、いや、俺が本気で取り組んでなかったから、元貴の思うように上達しなかったから、見捨てられたんだ。
そう思うと、すごく悲しくなった。
悲しい、と思うこと自体自分勝手なのかもしれないけれど、自分の不甲斐無さに消え入りたくなった。
元貴を失望させた。
その事実が俺の肩に重くのし掛かる。
このままで、いいのかな。
ずっと考えた。
元貴とは、家は近かったけど高校も離れてしまっていた。しかも俺は全日制の学校で、元貴は通信だったから会うこともなくなって。
バンドという共通点がないと、本当に会わなくなるんだなぁと痛感した。
このままじゃ、嫌だ。
元貴に失望されたまま、このまま諦めたくなんかなかった。俺は俺の出来るやり方で練習しよう。
元貴がプロになりたいんだったら、俺もプロになりたい。一緒に音楽がやりたい。
でも、今のままの俺じゃダメだ。死ぬ程練習しないと元貴の隣に立つ資格なんてない。
そう決意して。
俺は出来る限りの時間をギターの練習に費やした。
空手やサッカーの練習よりずっと、ずっと真剣に。元貴のために、と言ったら過言だろうか。
でも、当時の俺はそうすることしか出来なかった。会う約束もないのに、無謀だと自分でも思う。でも、それ程真剣だったんだ。
「あれ、若井? 久しぶりだね」
そんな俺の努力が身を結んだのか、数ヶ月後に俺は元貴とばったりと再会した。
「元貴、、、? 久しぶり」
本当に偶然すぎて、俺は照れ臭かった。久しぶりに会った元貴はあまり変わらなくて、それが逆に嬉しくもあった。もし、彼が凄く垢抜けて別人みたいになっていたら、きっと俺はショックを受けたかもしれない。
「ギター、、、続けてんだね」
「うん」
並んで歩きながら元貴は俺の背中のギターケースを見てそう言った。変わらないと思った元貴は、少しだけ大人びたような表情を俺に向ける。
「あのままにしたくないじゃん」
自分でもどう言っていいかわからなかった。本当は元貴に追いつきたくて、一緒に歩きたくて、認めてほしくて、ずっとギターの練習をしていた、そう素直に言えたらどんなに楽か。
まるで告白する時みたいに胸が熱くなるのを感じた。
あれ、俺、なんでこんなにどきどきしてるんだろう。
明らかに、中学の時とは違う感情に、俺はどう切り出していいかわからずただ、俯いて歩くしかなかった。
沈黙の時間が流れる。
あと少し、あと少しで分かれ道だ。
お互いの家に向かう分岐点が近づいている。何か言わないと、このまままた別れてしまう。何か、言わないと。何か。
必死に考えたけれど、言葉がうまく浮かばない。
「あのさ」
そんな俺をよそに、隣を歩いていた元貴が口を開いた。
「うん」
カラカラに乾いた口から出たのは相槌しかなくて。言いたいことはあるのに、声が全くでてこない。
「俺さ、今度はデビュー出来るバンドを組みたいと思ってるんだよね」
そう言った元貴の顔は笑っていたけれど、その目は真剣で。
「そう、なんだ」
やっぱり元貴はプロになることをずっと考えていた。そう痛感して、俺は唇をギュッと噛み締めた。
言わなきゃ。
今言わなきゃ絶対に後悔する。
「若井?」
俺の顔を覗き込みながら訝しげに声をかけてきた元貴。
俺は、そんな元貴の目をじっと見つめた。
「俺っ、、ずっと、練習したんだ。ギター、上手くなりたくて。ずっと、元貴と一緒にやりたくて、だからっ、、、」
我ながら、支離滅裂な告白だと思う。元貴は目をぱちくりさせていたけど、にっこり笑って俺の両手をがっしりと握りしめた。
「まじで? そうなの? 俺、若井のギター聴きたい! 弾いてるの、聴かせてよ」
どんだけ練習したのか、はっきり言えなかったけれど。でも、元貴は喜んでくれた。
きっと、元貴は俺の指を見て気づいていたんだと思う。俺が本気でギターと向き合っていること、そして元貴と同じ思いだったことに。
だから、俺を受け入れてくれたんだ。
それから、お互いの連絡先を交換して予定を合わせて。
スタジオで俺のギターを聴いた元貴は凄く嬉しそうな表情をしていた。
ああ、俺が見たかったのは、これだ。
そう実感したと同時に、俺は気付いてしまった。
俺は元貴に恋愛感情を抱いていることに。
元貴が笑いかける度に胸が苦しくなる。元貴に触れるだけで、鼓動が早くなる。
元貴の声を聴くだけで、切なくなってしまう。
一旦、認めてしまうと元貴と一緒にいるだけで俺は平常心を保つのに必死だった。
「若井がいてくれて本当によかった」
純粋な気持ちでいる元貴に対して、俺は後ろめたくなってしまっている。
元貴は俺を友達として、バンド仲間として信頼してくれているのに。
俺はそんな元貴の言葉が嬉しくて、胸の高鳴りが抑えられなくて、そして身が切り裂かれそうに切なくなった。
俺の想いは隠さなきゃ。
元貴に受け入れてもらえるなんて、あり得ないことなんだってわかっていた。もし、元貴に俺の想いが知られてしまったら、今まで築いてきた親友としての関係まで崩れてしまう。それだけはどうしても避けたかった。
同じバンドで活動して、隣で俺がギターを弾いて、元貴の歌声がその上に乗る。メンバー皆んなで頑張ってデビューを目指す、それだけでも充分過ぎることだ。
なのに。
なのに。
どうして俺の心は締め付けられるように苦しくなってしまうんだろう。
元貴が誰かに笑いかける度に、悲しくなる。俺以外に向けられるだろう愛の言葉に、どうしようもない嫉妬が俺の心を蝕んでゆく。
こんなドス黒い感情、俺は知らない。
俺は自責の念に駆られながら、元貴への想いを必死に隠した。それでも彼への恋心を断ち切ることはどうしても出来なかった。
******
あれから何年が経ったんだろう。
俺も元貴も、大人になった。
バンドはデビューして、有難いことに軌道に乗っている。
色々あったけれども、俺はずっと元貴のそばにいた。元貴が休みたいと言った時は彼の意思を尊重したし、ダンスを習うことに対しても真剣に取り組んだ。
なかなか打ち解けられなかった、涼ちゃんとも同居生活を経て仲良くなれたし、結果としてこれで良かったんだと思う。
相変わらず俺は元貴に恋していて、その気持ちは隠したままで。
あの頃は子供だったから、なかなか自制するのに苦労したけれど、もう俺だって二十歳を過ぎてあと数年で三十路を迎えるんだ、なんてことはない。
とはならないのが世の常で。
相変わらず俺は元貴の一挙一動に飛び出しそうになる心臓をなんとか抑え、平常心をた保つことに全神経を集中させていた。
「若井ってさ、元貴のこと好きでしょ」
唐突に。
並んで洗い物をしていた涼ちゃんが言った言葉に俺は危うく皿を落としそうになる。
「え、あ? そりゃ中学から一緒だもん」
平常心、平常心。そう思いながら俺は涼ちゃんにそう言って笑った。
「そうじゃなくてさ。好き、でしょ」
涼ちゃんは、首を横に振りながらそう言って優しく笑う。
元貴が彼を連れてきた時は心底苦手で、本当にどうしようもないくらい嫉妬したりしたっていうのはこの際内緒の話。
年上の人と一緒にいることなんてなかったから、余計に苦手意識を持っていたんだと思う。
実際、一緒に暮らしてみると、凄く人の気持ちに寄り添える人なんだってことがわかった。
「涼ちゃん、何言って」
「隠さなくっていいんだよ。分かるよ、ずっと見てるんだからさ」
涼ちゃんはそう言いながら、赤面した俺ににこやかに笑いかける。包み込むような表情に、俺は口元が歪んでしまった。
「涼ちゃぁん、、、」
「元貴はさ、あっち方面に鈍いからねぇ… こんなに好いていてくれる子が近くにいるのに、まーっったく気付いてないんだから」
まさか、彼に気づかれていることなんて夢にも思わなくって、俺はしゃくりあげてしまった。
涼ちゃんは、洗い終えた皿を水受け籠に置くと、何も言わずに俺を手招きした。
ソファに並んで座って、俺が泣き止むまで傍にいてくれる。その間何も言わず、時折頭を撫でてくれたり、背中を摩ってくれたり。
そんな涼ちゃんの優しさがとても身に染みた。