光を見た。美しい、でも繊細な。金色の瞳に白い翼を持ったそれは、僕のことを静かに見守っていた。
聞こえますか。
僕は、今____________。
しとしとと雨の降る音がする。そこと隔絶された部屋の中では、雨は音でしか聞くことが出来ない。今日も元気のいい声で小学生が帰路に着いている。小さな体に大きなランドセルを背負って、レインコートを来て、楽しそうに。
自嘲気味に笑いながら集団が通り過ぎるまで彼らを見下ろしていた。
小学校時代など、自分にはほぼ無かった。6年間、ずっと病室で1人本を読んでいた。毎日通り過ぎる登校班の子たちを見ながら、目を伏せた。
治らないことは、とっくの昔に勘づいていた。見舞いに来る母親が時々、泣きそうな目でこちらを見つめていた。その目を見て、残された時間が少ないんだろうと、子供ながらに理解した。看護師も医者も、治していこうとはいうものの、良くなっているとストレートに言ってはくれなかった。
生まれつきの病気で、僕は、人生の大半を病院で過ごした。
来世は健康体で、みんなと遊べて、勉強して、進路で悩んでみたい。それに比べてしまえば、今の体は、歩くだけで息が切れて、起きているだけで頭が痛くなる。ご飯もまともに食べられなくて、腕や肋には薄く骨が浮いている。幼少期を病院ですごしたことによって肌は日光を拾えず青白い。どこからどう見ても、「不健康」な体つきだった。病気のせいで運動もできない。テレビに映ったスポーツ選手のように、勝利の喜びや敗北の悔しさを実感してみたい。でも、体は着いてこなかった。
そんなある日だった。僕の体の中で大きな発作が起きた。動悸が止まらない。手足は痙攣して、酸素を狂うほど求めていた。助けての声が、声として届かない。ほどなくして、僕の意識は暗闇に落ちた。
3日後、僕は奇跡的に目を覚ました。薄目を開けた瞬間、両親の泣き腫らした瞳が目に入る。何度も名前を呼ばれて、よかった、良かったと頭を撫でられた。僕の 口には酸素マスクがあてがわれていて、周りには沢山の機械が置いてあった。両親がナースコールを押して目を覚ました事を伝えると、僕のことを診てくれていた医者が病室に来た。意識が戻ったことに安堵していた。
数日後、一般病棟に戻った僕の元に、担当医が来て言った。
「おはよう。少しお話いいかな。」
「…はい。」
重たい体を起こそうとしたら先生に優しく止められた。
「微熱があるって聞いたよ。そのままでいいからね。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
「…それじゃあ、本題に入るんだけど、今回の発作が、大分深刻なもので、心臓に重く響くものだったんだ。」
「だから、しばらくの間は、ベッドの上で生活してもらうことになると思う。」
「免疫が下がってしまっているから、外もだめね。」
「移動は車椅子で。その時は看護師さんを呼んで、同行してもらうこと。」
「…はぃ、」
これが、僕がまだ10歳だった頃の記憶。そこからは、本当に何もしなくなった。学校にも行きたがらなくなったし、外へも出たいと思わなくなった。病気という壁が厚くて厚くてどかせないことを知ってしまったから。どれだけ願ってもここから増えることがないと知ってしまったから。考えるのをやめた。願うこともやめた。全て諦めて、理想を消した。
「…まだ降ってる。」
病室の窓から覗いて街を見渡す。道路には水たまりができていて、街路樹からは雫が垂れている。少し靡いているのを見ると、風も吹いているらしい。
ぴかっ
遠くの空が明るくなった。雷もか。今日は機嫌が悪いらしい。いつも書いているノートを取り出して、天気の欄に「機嫌悪め、天候最悪」と記す。入退院を繰り返して長いこと経ってしまったが、このノートは僕が唯一僕であれるもののひとつ。
あの後僕は、半年ほど入院を続け、数値に異常が見られなかったために退院した。完全に元気になった訳ではなかったし学校には行けなかったけど。そこから、また病状が悪くなって今がある。もうかれこれ、3ヶ月ほどこの病院に入院している。
そして、僕の余命が決まった。
「あと、一年生きられるか、生きられないか、でしょう。」
「っ、そんな、そんなぁぁあ、!!!」
親は泣いた。祖父母も泣いた。ずっと一緒に治療していた医者も、看護師も涙目だった。それなのに、僕の瞳から涙は溢れなかった。長い間、自分の体と向き合った僕からしてみれば、もう終着点がいつか、分かってしまっていた。
きっとそうなんだろうな。
という言葉か、ずっと頭の中に残っていた。
6月28日
ついに人生の終着点が決まってしまった。
1年後、僕は死ぬ。
人生観を創造するこれからを前に、自分は逝ってしまう。
なんて親不孝者なんだろう。
まだ僕は17歳だよ、神様。
少し、早いんじゃないか。
生きていたいとは思わないが、これ以上両親が泣いている顔を見たくない。
第1章「終着点」
第2章「白い未来」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!