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夜明け前、
空がかすかに蒼く滲んだ。
窓の外で蝉が鳴いている。
夜勤の看護師が
そっとカーテンを引き、
まだ光を許さない病室に、
ほんの少し朝が流れ込んだ。
若井はずっと座っていた。
握った手を離せなかった。
モニターの数字を何度も確かめて、
息を殺して、何度も胸の奥で祈っていた。
――どうか、もう一度だけ目を開けて。
そんな願いが伝わったのか、
元貴の指がほんの少し、微かに動いた。
若井は息を呑んで、顔を覗き込む。
まつ毛が震えて、乾いた唇がわずかに開く。
「……わかい、おれ、……」
その声は小さくて、消えそうで、
でも確かに、生きている声だった。
「元貴!」
若井の声が裏返る。
笑うでも泣くでもない顔で、
ただ頬を押さえて俯いた。
「起きた……」
その言葉に答えるように、
元貴はゆっくり笑う。
まだ息が苦しそうで、
それでも、冗談みたいに優しい顔をして。
「キス、してくれるよね
……約束、したでしょ」
若井は一瞬、動けなかった。
けれど次の瞬間、椅子を引き寄せて、
静かに元貴の額に唇を落とした。
朝の光が、
そのまま二人の上にそっと降りてくる。
モニターの音がやけに穏やかで、
涼ちゃんが隣の
ベッドで小さく息を吐く。
――生きている。
それだけで十分だった。
若井は目を閉じ、元貴の手をもう一度握る。
「おかえり、元貴。」
その一言で、長い夜がようやく終わった。