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劇団員アクターとの交渉は決裂に終わった。
終わったのだが、それでも劇団員アクターがしっぽを見せてきたというのは祓魔師たちにとって大きなものになるらしい。
そういう話を帰りの車の中で黒服のお兄さんがしてくれた。
話を聞く俺たちが乗っている車が帰路につく。
ヘッドライトが夜闇を切り裂いて、前の車を照らす。
安定した速さで走る車の中で、話を聞き終えたニーナちゃんが不満げに一言漏らした。
「でも劇団員アクターはどこにいるか分からないのよ? それでも良いの?」
「はい。劇団員アクターという“魔”が存在していることが明確になったことが大きいのです」
「……今まで本当にいるかどうか分からなかったからってこと?」
「ニーナ様のおっしゃるとおりです」
黒服のお兄さんは前方から視線を外すことなく、ニーナちゃんの質問に答える。
確かにこれまで劇団員アクターというのはモンスターたちが勝手に言っている存在だった。言ってしまえばモンスターたちのデマの可能性だってあったわけだ。
だが、今日、それが明らかになった。
「それに向こうからこちらに接触してきたのであればやりようもあります」
「どうやって?」
「回収したぬいぐるみを使うんです」
ニーナちゃんの問いかけに、やはり視線を動かすことなく答えるお兄さん。
回収したぬいぐるみというのは、劇団員アクターが入っていたアレだろう。
「ぬいぐるみを媒介してこちらに接触してきたのであれば『共鳴魔法』の一種でしょう。だとすれば、後を辿る方法はあります」
「白雪先生を呼ぶの?」
「いえ、白雪様はお忙しいですから手の空いている祓魔師が行うことになると思います」
『共鳴魔法』という単語から白雪先生の出番かと思って聞いてみたが、お兄さんは静かに否定。
久しぶりに会えるかと思ったのに、ちょっと残念だ。
とはいえ元を辿たどれるのであれば、ぜひとも辿ってほしい。
そして、そのまま祓ってほしい。
劇団員アクターの語った『スマイルな計画』が何を意味しているのかはさっぱり分からないが、モンスターを増やしている以上ロクな計画じゃないことは確か。これ以上厄介なことになる前に、この世から消えてほしい。
とはいえ、相手はモンスターを生み出していることから第五階位以上は確定。
それを祓える祓魔師となると片手で数えられるほどになりそうだ。
……ん?
劇団員アクターって名前付きネームドだから第六階位とかじゃないよね??
そこまで考えて、心の中で静かに首を横に振る。
いや、流石にそれは無いはずだ。
だって劇団員アクターはモンスターたちが勝手に呼んでいる名前であって人間が付けた名前じゃない。
第六階位の名前は、あくまでもその危険性から人間が名前を付けているものだ。
モンスターが勝手に名乗っているからと言って第六階位になるとは限らない。
まぁ、氷雪公女みたい自分から名乗って本当に第六階位だったやつもいるけど。
いるのだけれど、あれは例外中の例外。一般的だと思わない方が良い。
だから、第六階位じゃないはずだ。
そんなことを考えていると、車が減速。
視線を前に向ければ家の近くの交差点を曲がるところだった。
そして、家に近づくと減速。
完全に停止したので、俺たちはシートベルトを外した。
「イツキ様。ニーナ様。本日はお疲れ様でした」
「お兄さん。運転してくれてありがとう」
「いえ、これが仕事ですから」
俺とニーナちゃんはお土産の入った袋を手に持つと、車から下りる。
そのタイミングで玄関からヒナが走ってやってきた。
多分、車の音を聞いていたのだろう。その後ろからは母親がヒナを追いかけるようにして出てきた。
「では、また何かあれば連絡させていただきます」
「お願いします」
俺はそういって頭を下げる。
そんな挨拶を最後に黒服のお兄さんは去っていった。
それを見送った俺たちは晩ごはんを食べるために家に入る。
ヒナも母さんもお土産喜んでくれればいいけど、なんてことを考えながら。
ご飯を食べて風呂に入って毎日の日課であるストレッチを自分の部屋でしていると、お風呂上がりと思われるパジャマ姿のニーナちゃんが俺の部屋にやってきた。
「イツキ。起きてる? え、何してるの……?」
「何ってストレッチだけど」
そんな奇妙なものを見るような目で見ないでも良いじゃんか。
「ストレッチ? ママもしてるけど、イツキも毎日してるの?」
「うん。パパがやれって言うから」
「そうなの? なら私もやってみようかしら」
こういう柔軟体操ストレッチは毎日の積み重ねが大事だと父親が言っていたのだ。
まだ筋肉を増やすようなトレーニングをする時期じゃないけど、ストレッチだけは欠かすなと。平常時にガチガチに強張こわばった筋肉よりも、柔らかくしなやかな筋肉の方が動かす時に力を発揮してくれるとかなんとか。
俺たち祓魔師は『身体強化』魔法があるから、ストレッチが本当に必要なのかどうかは半信半疑だが、父親がやった方が良いというのだから素直にやっているのだ。何しろ父親はあれだけの殉職率を誇る祓魔師という職業の中で一線に立ちながら、生き残っているのだ。
その言葉を疑うにしろ、拒絶するなんてことはありえない。
「ニーナちゃんはストレッチしないの?」
「時々ママと一緒にやるくらいよ」
やってるじゃん、ニーナちゃんも。
てか、イレーナさんもやってるんだ。
一線で活躍する祓魔師が2人揃ってストレッチをやっているなら、それはもう疑いようもなくやっておいた方が良いことだろう。
俺も毎日続けたおかげか2年生の体力測定の柔軟はA判定だった。
いや、ストレッチのことは置いといて、
「急に部屋に来てどうしたの? ニーナちゃん」
「あ、えっとね……」
ニーナちゃんは何かを言いたげな顔をしたまま、俺の部屋の入口に立っていたのだが少しだけ言いづらそうに口を開いた。
「その、イツキが嫌なら良いんだけど」
「うん」
俺はストレッチの手を止めずに太ももの裏を伸ばす。
しっかり効かせるのが大事なのだが、効かせすぎても痛めるのでダメだ。
そんな俺を見ながらニーナちゃんは続けた。
「今日、同じ部屋で寝ても良い……?」
「うん。別に良いけど」
俺は深く考えずに頷いた。
頷いてからその言葉の意味を考えた。
ん?
いま、ニーナちゃん何て言った……??
しかし、俺がそれを理解するよりも先にニーナちゃんが、ぱっと顔を輝かせた。
「ありがと。ちょっと待ってて。布団を持ってくるわ」
輝かせてから俺の部屋を後にした。
俺は太もも裏を伸ばした体勢のまま、今更『No』とは言えずに固まった。
固まりすぎて、身体を痛めるところだった。