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第一話 雨の始まり
梅雨の夜。濡れたアスファルトにネオンが滲む。
灰谷蘭は、いつものように気だるそうに笑いながら、路地裏の壁にもたれていた。
「……遅いね、春千夜」
そう呟いた頃、足音が近づく。
不機嫌そうな顔を隠しもしない三途春千夜が、傘も差さずに現れた。
「呼び出しといて待たせんな」
「いや、来るんだって思って」
「殺すぞ」
いつもの会話。
いつもの距離。
だけど蘭は知っていた。
春千夜が、本当にどうでもいい相手の呼び出しには来ないことを。
「で、何の用だよ」
「んー、会いたかったから?」
その瞬間、春千夜の眉がぴくりと動く。
「……くだらねぇ」
吐き捨てるように言って、踵を返そうとする。
蘭はその手首を軽く掴んだ。
「待って」
雨粒が二人の間に落ちる。
春千夜は振り払わない。
それだけで、蘭には十分だった。
「今日さ、やけに消えそうな顔してる」
低い声でそう言うと、春千夜は少しだけ目を伏せた。
「……関係ねぇだろ」
「あるよ」
即答だった。
「俺には、ある」
春千夜は黙る。
誰にも踏み込ませない人だった。
痛いところほど、誰にも見せない。
だから蘭も、無理には聞かなかった。
ただ、離さなかった。
「なぁ春千夜」
「……なんだよ」
「俺、多分お前のこと好きだわ」
雨音だけが響く。
世界が一瞬、止まった気がした。
春千夜は、ゆっくりと蘭を見上げる。
怒ると思った。
殴られるかもしれないと思った。
でも。
「……今さら何言ってんだ」
小さく、そう返した。
蘭の目がわずかに揺れる。
「は?」
「気づいてなかったの、お前だけだ」
春千夜は視線を逸らした。
耳が少し赤い。
それを見た蘭は、珍しく言葉を失った。
「……え、待って。ほんとに?」
「うるせぇ」
「え、ちょ、待って、今録音したい」
「死ね」
勢いよく蹴られて、蘭は笑った。
心の底から、久しぶりに。
雨はまだ止まない。
でも、その夜だけは。
少しだけ世界が優しかった。
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潤葉 澄春 #元.月宮 透過
ぐら🐹💛🐈⬛