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レイチェルは
冷め始めた湯呑を両手で包みながら
時也の語った話を思い返していた。
ーアリアの不死の呪縛ー
ー不死鳥という神の狂気ー
ー時也自身も
死んで蘇った不老不死の存在ー
次々と明かされた真実に
頭の中が混乱していた。
(⋯⋯この店の人達は、いったい⋯⋯)
ふと
あのぶっきらぼうなウェイターの顔が
思い浮かんだ。
ふわりと窓から現れ
同じようにふわりと闇の中に消えた
あの異常な身のこなし。
(⋯⋯彼も、転生者なのかな?)
ふと湧いた疑問に
自分でも驚いた。
けれど
それが妙に腑に落ちる気がした。
「時也さん」
恐る恐る声を上げると
時也は湯呑を持ったまま
穏やかに顔を向けた。
「私が〝第1号〟だって……
さっきの彼が言ってましたよね?
あの人も……
もしかして転生者なのですか?」
時也の表情が
僅かに曇った。
「⋯⋯彼の名はソーレン。
ソーレン・グラヴィスです」
「ソーレン⋯さん」
「貴女の言う通り
魔女の転生者ですよ」
「⋯⋯やっぱり」
レイチェルは静かに頷いた。
「彼の能力は、重力操作。
強力な力です」
「重力⋯⋯?」
重力⋯⋯
どんな原理かは分からないが
それであの身のこなしなのだろうか?
「僕が蘇る前に
青龍がソーレンさんを見つけて
育てたのですよ」
「え?青龍⋯くん、が?」
その事実が
さらに理解の範疇を超えて襲い来る。
「青龍くんって⋯⋯あの子供の?」
「ええ」
時也は微笑んだ。
「青龍は子供の姿をしていますが
人間ではありません。
式神、という存在なのです」
「⋯⋯しき、がみ⋯?」
再び知らない単語が飛び出し
レイチェルの頭はさらに混乱していく。
「⋯⋯もう、ほんと
信じ難い話が多くて⋯⋯
まだ理解が追いつきません」
思わず溜息を吐くと
時也は優しく微笑んだ。
「無理もありません。
今は、無理に理解しようとせず
少しずつで構いませんよ」
その言葉に
レイチェルは一度深く息を吸った。
「⋯⋯そうですね。
先ずは⋯私の中の問題から⋯⋯」
彼女は目を閉じ
自分の内側に意識を向けた。
ーアリアを傷つけた記憶ー
ー前世の怨嗟の叫びー
それらが胸の中で燻っていたが
思いの外
今は静かだった。
(⋯⋯さっきまでの
あの抑えきれない殺意は⋯⋯
消えてる)
あの深紅の瞳を思い出しても
胸がざわつく事はなかった。
「⋯⋯とりあえず
私にはもう
アリアさんへの殺意は無いようで
そこはホッとしてます」
その言葉に
時也は小さく微笑んだ。
「きっと
アリアさんに報復を行った事で
魂の怨みが和らいだのでしょうね」
「⋯⋯そうかも⋯しれませんね」
確かに
胸の奥にこびりついていた
黒い澱のような感情が
薄くなっている気がした。
「でも⋯⋯」
レイチェルは
また一つの疑問を口にした。
「⋯⋯ソーレンさんは
どうだったんですか?
彼も⋯⋯初めはアリアさんを
私と同じように⋯⋯?」
「傷付けるより質が悪いですよっ!」
時也の声が
突然強く響いた。
レイチェルは驚いて顔を上げた。
さっきまでの穏やかな表情が消え
時也の鳶色の瞳には
不死鳥の事を思った時とは
また違う苛立ちが滲んでいた。
「⋯⋯え?」
「あの人の前世
アリアさんに横恋慕してたんですよ!?」
「よ⋯横恋慕⋯⋯?」
「しかも⋯この現代でもっ!!」
時也が 拳を握り締める音が
微かに聞こえた。
隠そうともしないその感情の昂りが
レイチェルにまで伝わってくる。
あの人の存在が
どれだけ時也の神経を逆撫でしているのか
直ぐに理解できた。
「⋯⋯だから、あんなに?」
先程の二人の
皮肉の応酬のような睨み合いを
思い出す。
「⋯⋯⋯ええ」
時也は息を吐くように答えた。
「おかげで
ソーレンさんとは⋯⋯
どうしても馬が合いません」
アリアへの愛が深すぎるが故に
ソーレンの存在が許せないのだろう。
時也のその感情が
ありありと伝わってきた。
「⋯⋯それにしても⋯⋯」
レイチェルは
湯呑の中で揺らぐ茶葉を
ぼんやりと見つめた。
「本当に このお店は⋯⋯
不可解なことが多すぎますね。
何だか私の悩みが
小さく思えてきましたよ」
笑い混じりにそう呟いた。
時也は レイチェルの言葉に
穏やかな笑みを返した。
けれど
その瞳には微かに複雑な影が揺れていた。