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レイチェルは心の中で

静かに決意した。


ーソーレンの横恋慕の話題には

なるべく触れないようにしようー


あの時也の表情を見れば

それが最も賢明な選択だと

誰でも理解するだろう。


「⋯⋯それで

私が初めての転生者の来客者⋯⋯

ということで良いですかね?」


努めて明るい声を作り

レイチェルは話題を変えた。


これで少しは空気が和むはず

そう思ったのだが⋯


「⋯⋯レイチェルさんより以前に

転生者の来店はありました

──けど」


時也の表情は一瞬で沈んだ。


「⋯⋯?」


(しくじった⋯⋯かしら?)


あからさまに落ち込んだ様子に

レイチェルは戸惑う。


「⋯⋯けど?」


時也は

疲れたように溜め息を吐いた。


「アリアさんを

傷付けるだけ傷付けて……」


その言葉に

レイチェルの背筋がぴんと強張る。


「⋯⋯その上

その方は自分のした事の驚きのあまり

逃げて行ってしまいまして⋯⋯

説得も叶いませんでした」


「⋯⋯えっ」


「店は血塗れの大惨事ですし⋯⋯」


時也の声は次第に沈んでいく。


「⋯⋯お客様は

突然の流血沙汰に

大混乱になりますし⋯⋯」


額に手を当て

今にも頭を抱えそうだった。


「⋯⋯苦し紛れに

ソーレンさんを重力操作で飛ばして⋯⋯」


「えっ?」


「リアルさを求めた

『映画撮影』なんです!と、装ったり⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯⋯」


その場の情景が

頭の中に鮮明に思い浮かんだ。


ー店内は血の海ー


ーお客様たちの悲鳴と混乱ー


ー宙を飛び不器用に誤魔化すソーレンー


ー「これも撮影の演出です!」

と説明する時也ー


(⋯⋯それは、もう

大惨事というか〝 大災害〟だわ⋯⋯)


レイチェルは

思わず口を押さえた。


「⋯⋯大変だったのです」


最後に時也が

ぽつりと呟いた言葉には

心底の疲労が滲んでいた。


レイチェルは何も言えず

ただ申し訳なさそうに微笑んだ。


「⋯⋯ご苦労様でした」


その言葉しか出てこなかった。


「なので⋯⋯」


時也は静かに

湯呑に目を落とした。


「彼女に殺意を持つなどの

心の動きがあれば

青龍に指示を出して

睡眠薬入りの飴を渡そう、と至ったのです」


「⋯⋯睡眠薬?」


レイチェルは

青龍から貰った飴玉を思い出した。


確かに

青龍みたいな幼子から飴を差し出され

食べてとせがまれたら

自分のように何の疑いも持たず

食べる者の方が多いだろう。


「はい」


時也は鳶色の瞳を、穏やかに細めた。


「転生者の魂は

一度、彼女に報復しなければ

怒りと怨みで

まともに話ができませんからね⋯⋯

報復させて、落ち着かれてから

お話する必要があるのです」


その言葉を聞いた瞬間

レイチェルの脳裏に

喫茶店での光景が蘇った。


アリアが座っていた

あの不自然な硝子張りの席。


まるで舞台の上の人形のように

静かに座っていた彼女。


(⋯⋯そうか)


今になって

漸くあの

異様な席の意味が理解できた。


あの席だけが

他のテーブルとは隔絶かくぜつされた

硝子の壁で囲まれていた理由。


ー転生者が暴れ出しても

店が汚れないようにー


ーアリアが襲われても

他の客に影響が出ないようにー


そして

床がタイル張りだったのも

今なら理解できる。


あの床なら

血が飛び散っても〝 掃除〟がしやすい。


きっと過去に何度も

同じ事が起こったのだろう。


殺意に飲まれた転生者が

アリアに襲いかかり

その度に流される血。


(⋯⋯転生者が

まともに話ができない程の 怒りと怨み⋯⋯)


自分も

あの時はまさにそうだった。


胸の奥が急に熱くなり

憎悪が吹き上がるように

頭の中が真っ赤になった。


意識が薄れ

気付けばナイフを振り上げていた。


「何故です⋯⋯何故っ!

私達を、裏切ったのですかっっっ!!」


あの叫び声が

自分の口から発せられたものだとは

信じられないほど──

見知らぬ声だった。


「⋯⋯確かに」


レイチェルは確かに感じていた。


自分の内側に湧き上がる

制御できない何かが

あの時あったのを。


レイチェルは

言葉を絞り出すように呟いた。


「⋯⋯私も

アリアさんを傷つけてしまった時は⋯⋯」


視界が霞み

あの恐ろしい記憶が再び甦る。


ーナイフが突き刺さる感触ー


ー温かくぬるりとした血が跳ねる感覚ー


ーアリアの口から零れた

『すまない』という微かな声ー


「⋯⋯自分が

自分じゃない感じでした⋯⋯」


(⋯⋯そうか)


営業中に転生者が殺意を持った場合

眠らせてしまった方が楽なのか。


営業後であれば

客の事など気にしなくて良い。


「私は⋯⋯

対策が整ってから

此処に来れたんですね⋯⋯」


レイチェルが顔を上げると

時也は微笑んだ。


「⋯⋯ええ。

おかげでこうして⋯⋯

貴女としっかり話せて良かったです」


その言葉に

レイチェルはふっと息を吐いた。


胸の奥に

重く伸し掛っていたものが

少しだけ和らいでいくのを感じた。

紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

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