テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
4
47
8
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
いつもいじめられているあなたを救いたい──心の底から、私は本気でそう願っていた。
冷たい霧の中を一人で歩いているようだった。教室に入れば、透明になったあなただけが取り残されている気がした。
机に落ちる光は眩しく、目を伏せても輝いている。
放課後の廊下は短く感じ、お化け屋敷ぐらい騒がしい声だけが響いた。足音さえ掻き消される廊下の真ん中、視界に映るあなたの世界は冷たい。
背中に感じる視線。机に残された落書き。ゴミ箱に隠されていたあなたの靴。休み時間になると、あなたの机は廊下に投げ出され、誰もそれを戻そうとはしない。誰も、声をかけなかった。私も……ただ見ていることしかできなかった。
「あなたを救ってみせる」
私は手を伸ばした。あなたの方へ、必死に。
けれど、その手は何も掴めず、虚しく宙を切るだけ。あなたは一度も、触れてくれなかった。
それでもいい。私を信じられなくてもいい。疑っても、拒んでもいい。
私が願ったのは、ただひとつ
──あなたのカミサマになること。
ひと目でいい、私を見て、名前を呼んでくれたら、それだけでよかった。
救いたい。救えると思っていた。
けれど、心の奥で何度も問いかける
──私は、あなたを救えていたのだろうか。
ある日、あなたはぽつりと言った。
「……カミサマがいたら、私を救ってくれるのに」
やめて。
どうかそんなこと言わないで。
私が、あなたのカミサマでいさせて。
あなたが救いを求めるその声を、私に向けてほしかった。
けれど、あなたはいつまで経っても、私の名前を呼んでくれなかった。
そして気づいたのだ。
あなたは、私がそこにいることすら、もしかしたら気づいていないのかもしれないと。
突然だけど、私は決めた。あなたの目の前で消えることを。
私が消える瞬間、もしあなたが私を見てくれたら──
あの無関心な瞳が、私を映し、私の名前を呼んでくれるかもしれない。
あなたの空白の世界に私を写して欲しかった。
八月のホーム。
耳をつんざく金属音。世界が一瞬で暗転する。
焼けつく陽射し、肌を刺す熱気、風を裂く衝撃音──そして訪れる静寂。
私は、空白を抱きしめる。
何もないのに、何かを確かに掴んだような錯覚だけが残る。視界の端が黒に溶け、音が遠ざかる。
世界がゆっくりと水中に沈むように、重く、深く、静かになっていく。
身体の感覚が薄れていくたびに、心の奥であなたを思う。手を伸ばしたときの空しさ、呼ばれなかった名前の重さ。それらがすべて、私を包み込む。
遠くで、かすかな声がした。
──それは、あなたの声だった。
耳に届くのは、途切れ途切れの響き。
それが私の名前を呼んでいたのか、それともただの幻なのか。
確かめる力も、もう残っていない。
黒い水面のような空白に沈みながら、私は思った。
私の死に際の光景は、あまりにも儚く、それ以上に美しい。
まるで静かに灯を落とすように、穏やかで、完璧に美しかった。
最期の瞬間まで、私は光だった。
空白がすべてを呑み込み、私の輪郭がほどけていく。
時間も光も音も消え、世界に残ったのは、最後の願いだけだった。
「あなたの、カミサマでいたい…」
私の名前は、 蛍。
その姿はあなたの胸の奥深くに焼き付いて、決して消えることはないでしょ。
そして私は静かに、空白へ消えていった。