エルと話をした二日後、馬車ではなく早馬で指令所がある街に向かうことにした。
辻馬車だと戦場近くまでは行けないし、家紋の入った馬車だと目立ってしまい、騎兵隊の誰かに気付かれてしまう恐れがあったからだ。
今回、戦場までの移動は一人なので野宿は出来ない。いつもよりも時間はかかったけれど、無事にたどり着くことができた。
着いてすぐに騎士団長がやって来て、挨拶もそこそこに話し始める。
「来てすぐで悪いが、荷物は他の奴に預けて治療にまわってくれないか」
「承知しました。その後はどうしますか?」
「今回は戦闘に参加しなくて良い。そんな余裕はないだろうからな」
詳しく説明されなくても案内された場所を見ただけで、言葉の意味がわかった。
救護用の大きなテントが桁違いに増えていて、うめき声があちらこちらから聞こえてくる。
「大怪我を負ってる人間を優先に回復魔法をかけているが、傷が深い分、かなりの魔力を消費してるんだ」
「その分、軽症の人まで手が回らないんですね」
「そうだ。昨日からは完全に治癒するのではなく、命に関わるとまではいかない状態まで治癒して、他の人間の治療に移るようにしている」
テントは大怪我をしている人とそうではない人に分けられていて、悲しいことに大怪我のほうが多い。
「仕事にかかります」
おろしていた髪をポニーテールにすると、私の中で戦闘モードに切り替わる。助けられる命は絶対に助ける。
そう決意して、テントの中に入った。
*****
魔力切れを起こすと意識をなくしてしまうため、人に迷惑をかけることになる。だから、そうならないように気をつけて回復魔法をかけていった。傷薬や簡単な手当てで何とかなりそうなものは、後方支援の人たちが手伝ってくれたので本当に助かった。
私は一度で広範囲に回復魔法をかけられるから、普通ではありえないスピードで怪我人が回復していくため、他の人たちからはとても感謝された。
多くの人が協力的だったけれど、中にはそうでもない人もいた。
「あの人が裏切り者の嫁だろ。そんな人に助けてもらいたくない」
第11騎兵隊の犠牲者の家族だという人たちからは、私が夫を管理していないから、そんなことになったのだと責められた。大事な人を亡くしてしまったのだから、誰かに文句を言いたくなる気持ちもわかるし、レイロの隊のことだから、その当時妻だった私が、全くの無関係であるとも思わない。
でも、こんなことで心が折れるような自分にはなりたくなかった。
「なら、あなたの治療は他の人に頼むわ」
「いちいち言わなくてもいいから早く連れて来いよ! お前じゃなかったら、今頃は治療してもらってたんだぞ!」
「やめろ! そんなことを言うくらいなら、僕もお前の治療をあと回しにするぞ!」
同じテント内にいた後方支援のリーダーの一人が叫ぶと、私に治してほしくないと訴えた男性は黙り込んだ。
「元気そうだから、あんたはあと回しだね!」
副リーダーの年配の女性が男性に吐き捨てるように言うと、私に指示する。
「そんな奴は無視して仕事しな。選り好みできるくらいなら、すぐには死なないし、あんたに助けられたくないって自分で言ってるんだから、手遅れになって死んでも気にしなくていいよ!」
「……ありがとうございます!」
覚悟をしてきたつもりだったのに、私の考えはまだまだ甘かった。
第11騎兵隊の犠牲者の家族は、レイロやお姉様、そして、二人が浮気するようなきっかけを作ってしまった私を恨む気持ちを持っていてもおかしくないのだと再認識をして、回復魔法をかけ続けた。
*****
遠くから声が聞こえてくる。
「また、魔力切れを起こしたんですか」
「魔力切れギリギリってとこだね。意識を失うまではいかなかったけど、今はベッドで眠ってる。説教は起きてからにしな」
「そうですね。無理矢理起こして説教しても、どうせ寝るでしょうから」
私を励ましてくれた副リーダーの女性とエルの声に似ている人との話し声が聞こえた。今回は魔力切れを起こす前に気が付いて、皆よりも早めに休ませてもらった。ここに着いてから数時間、ぶっ通しで働いたことだけは覚えているけど、今は何時なのかしら。
テントには窓はないし、中は魔法の灯りで照らされているから、時間が全くわからない。よく眠った分、体力と魔力は回復していて、お腹がぐぅと鳴った。
「あら」
声と共に仕切りの布の隙間から、副リーダーの中年の女性が顔を出した。女性は私と目が合うと、頬を緩めて後ろを振り返る。
「起きたみたいだよ。お腹がすいてるみたいだから、何か食事を用意してやって」
「す、すみません!」
慌てて身を起こすと、女性は仕切りの中に入ってきて、ぐちゃぐちゃになってしまっている私の髪の毛を整えながら言う。
「嫌なことを言ってくる奴がいるかもしれないけど、気にせずに、あんたはあんたの仕事をすれば良い。第11騎兵隊の隊員に知り合いがいるけど、あんたに感謝している人のほうが多いって聞いたよ」
「……ありがとうございます」
「あたしの娘も後方支援の一員として別隊で働いていたんだけど、戦場で仲間を治療中に魔物に襲われて亡くなった。だから、悲しい気持ちも誰かを責めたくなる気持ちもわかるよ。だけど、あんたを責めるのは違うと思ってる」
女性は私の肩を優しく叩いて微笑む。
「ここに来た以上は自分の体調管理と、少しでも多くの人を助けることを考えれば良いんだよ」
「はい!」
元気よく返事をした時、「開けるぞ」という声が聞こえた。布をめくって、水とスープとパンをシルバートレイにのせて現れたのはエルだった。
「え、エル!? どうしてここに!?」
「それはこっちの台詞だ」
女性と入れ替わるようにして、エルは私の横に座ると眉根を寄せて続ける。
「兄さんからアイミーが一人で戦場に戻ったんじゃないかって連絡があった」
レイロには何も連絡していない。それなのに、どうして私がここに戻るだなんて思ったのかしら。
「離婚できたのは、たぶん、戦場に戻るって言ったんじゃないかって言ってたぞ」
「何よそれ」
今さら、私のことをわかっているふりをしたって、レイロを許すことなんてできない。
「とにかく、俺も手伝う」
「エルは回復魔法はかけられないでしょう」
「毒とかの状態異常の解除ならできる」
「でも」
「いいから食え。そのあとは仲間たちから説教されろ」
エルはそう言うと、温かなスープの入った皿を差し出してきたのだった。