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「キェーッ!」
金髪男は奇声を上げながら筐体の画面を殴る。
「何やってんだ!」
すぐさま店員が飛んできた。発狂するまでなら許容範囲だが店の物を破壊するのは完全にNGだ。若い男性バイトたちが怒りの形相で集まる。
「キェーッ!」
金髪男は逃げた。
「……ふん」
金髪男の使用機体「ショベルモンキー」は長いリーチで相手を寄せ付けず、さらに強力な掴み技を有しており、初心者から上級者まで幅広く使われる強機体。ユーザー間では「猿使わないのは舐めプ」「改悪猿」「バトルアンローダーじゃなくてショベルモンキーだろ」と言われるほどだ。
対して少女が使ったのは「ミキサーバット」。基本攻撃の「ぶつ」「ける」「かむ」以外にはカウンター技しかないという極端なキャラだが、このゲームのカウンター技はタイミングがとてつもなくシビアで、しかもリーチも短く「ころす技」も大した威力ではない。故に玄人でも使わない、所謂弱キャラだ。
だが少女は勝った。一方的な試合運びで、体力バーは全ラウンドで満タンのまま。
(つまんない)
少女はキャップを深く被り直して席を立った。流石に発狂負け犬を立て続けに相手にしすぎたせいで興が削がれてしまった。
自販機コーナーに向かい、コーラを買ってベンチに腰掛け、蓋を回そうとしたところで店員がやってくる。
「すいませぇん。この時間帯は未成年の方はお断りしているのでぇ」
やる気なさげな退店指示だった。少女は「チッ」と一つ舌打ちをすると、コーラをベンチに置いたままベンチを立つ。もう飲む気も失せた。
外に出ると西の空は赤く染まっていた。ここに入ったのは昼前で、少女は昼食も取らずにゲームに没頭していた。ぐぅ〜。その事を思い出した途端に腹が鳴る。コーラを置いてきた事を失敗だと思いつつ、だが取りに戻るのもアホらしいので彼女は夕陽を背にしつつ歩き出した。
(帰りたくないな)
そう思いつつも行くところなど他にない。友人は皆離れて行った。結局行けるところというのは、帰りたくない彼女の家だけだった。
少女は橋の上で足を止め、まだ熱の篭っている手すりにもたれかかる。草の生い茂るドブ川の水は澱んでいるが、それでも流れは止まっていない。少女は身の不条理を川に流そうと思うも、不動の現実は変わらず彼女の中に鎮座している。
(アタシ……)「どうなんのかな」
自分の心の声に重ねられるような呟きが耳に入った。右の方へ視線を移すと、そこには同い年くらいの少年がいた。少年の方は手すりに背中から寄りかかっていて、少女に気づいていないようだった。
(何……あいつ)
薄暗いがある程度容姿は分かる。少女より頭一つ文は身長が高いだろうか、運動に邪魔にならなさそうなショートヘアだ。格好は水色よポロシャツにジーンズ、ボディバッグを袈裟掛けにしている。
(アタシと……同じ?)
平日のこのような時間帯に私服で歩き回っている自分と同年代、同じような無軌道学生だろうか? しかしその割には格好はおとなしめで、人畜無害な雰囲気がある。
「……ねえ、アンタ」
気がつくと少女は少年に声をかけていた。だが少年の方は気がついていないようだ。
「ねえってば」
「……え?」
いきなり声をかけられるとは思っていなかった少年は驚いた表情になる。少女は構わず続けた。
「アンタ、こんな時間に何やってんの?」
「え? え? バイトの、帰りですけど……」
流されるまま少年は答えた。普通この時間帯ならば少年の格好は制服で、バイトに向かう途中だと言うのが自然だ。だが答えは逆。少女は手すりから離れて少年に近寄った。
「ふーん。何でバイトしてんの?」
不躾な質問。
「何でって、そんなの君に関係ないでしょ」
「いいから。教えてよ」
「……生活費を稼ぐためだよ」
生活費? 少年の返答に疑問符が浮かぶ。
「家、ビンボーなの?」
「失礼だな、君。別に、家が貧しいわけじゃないよ」
ぐぅ〜。更に問おうとした時、少女の腹の虫が主張し始めた。
「ほら、晩御飯の時間でしょ? 帰った帰った」
背を向けて歩き出そうとした少年のバッグの帯を掴む。
「ちょっと……」
「アタシ、今家に帰りたくないんだよね」
「そう言われても」
「ねえ、泊めてよ。ついでにご飯も頂戴」
「はあ? 厚かましいにも程がある」
少年は構わず歩こうとした時、少女は背中から抱きついた。
「いいでしょ? ちゃんと払うから」
「ちょっと、ただでさえクソ暑いのに」
「でもお金がないから、身体で払うんいい?」
「はあ!?」
驚いて声を上げる少年。
「お願い、帰りたくないの」
少女は力を込めて少年にしがみつく。だが対照的に声は小さくなった。
「……いや、自分の体は大事にしなさいよ!」
「何それ。ババくさ」
「うるさい! 離してくれ!」
少年は乱暴にならない程度に少女を振り解こうとするが、少女はさらに力を込めた。
「泊めてくれないと乱暴されたって警察に言うからね!」
「そんなの卑怯だ!」
「泊ーめーてー!」
橋の往来は多くはないが人の目は騒いでいる二人に向けられる。ここで少年は焦ってしまった。
「わかった! わかったから!」
「やった! じゃあ、行こっか」
少年の背中から離れ、少女はまるで恋人のように腕を絡ませた。
「名前、教えてよ。アタシととこって言うんだ」
「……世木ヨウ」
少年は渋々答えた。