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Placebo

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Placebo

1 - Placebo

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2024年03月21日

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……あいつの声で、目が覚めた。

いや……厳密に言うのなら、俺の夢の中の、あいつの声。

暑くもない、むしろ寒いくらいの気温の中で、ベッドが、そして自分の体が酷く湿っていた。上体を起こした俺の顔から、汗が一滴、布団に落ちる。身体は冷え切っていたのに、心臓はまだ早鐘を打っていた。

あいつは、……夢の中で、何を言っていた?

俺は、それになんて答えた?

「ねぇ、好きだよ、ケンショウ……ケンショウと一緒になりたい…………」

……生々しく蘇る。言葉が、感覚が、……その想像の中の五感の全てが、夢の中に現れた、俺の本音を裏付ける。

「嘘だろ、俺……」

9月21日、深夜1時42分。

俺はそれまでの俺には、戻れなくなってしまった。


アラームに叩き起されてみると、雨が降っていた。

スマホが、アラームのおまけにと朝のニュースを垂れ流している。

あの後、汗だくで酷く気持ち悪かったけれど、このまま眠れば忘れられる。そう信じて二度寝した。

……夜が明けてみればそんなことは無かったのだが。

酷くベタつく身体をシャワーで流して、そして朝食も程々に街に繰り出す。

通勤ラッシュの人混みに揉まれながら、ライブ会場になる駅に向かった。

「今日もXX駅で歌います。良ければ聞きに来てください!」

SNSで情報を流した後に、ギターをケースから出して、チューニングを少し。

所謂ストリートミュージシャン。

それが俺の仕事だ。

……まぁ仕事とも言えないような収入ではあるけど。

それでもバイトのない日はこうして駅前に立って歌う。

夢は大きく競技場ライブ!なんて言っているけれど、いつになるやらという感じ。

……それでも何人かは立ち止まってくれて、時々投げ銭をしてくれたりして。それが嬉しい。

そして、時間も忘れて歌い続けて、日が暮れて。

ギターを片付ける頃に来てくれる奴がいるんだ、が。

……今日だけは、会いたくなかった。

「……お疲れ様、ケンショウ。今日も一日中歌ってたんだ?」

「あ……、……ユウガ。お疲れ様。今日も撮影?」

緩く微笑む相手。艶のある、緩やかにふわふわとウェーブのかけられた黒髪に、洋服でも隠せない細く筋肉の付いた身体、そしてどこか中性的な所も感じる、その綺麗な顔。

こいつが今日の夢に出てきた男──ユウガだ。

勿論、恋人なんて関係じゃない。大学生の頃に知り合った、友人の一人。

だけど、ユウガの方が俺なんかよりもずっと有名で、華々しくて、大成している。

去年モデル事務所からスカウトを受けて、トントン拍子で有名雑誌でデビュー、即注目を受け数多くのファッション雑誌の表紙やら有名ブランドのファッションショーでのモデルやらなんやらをこなす……漫画の主人公みたいなスーパー人間。

欠かさず路上ライブの告知にはファボをつけていくから、多分SNSを見て毎回来てくれているんだとは思うんだけどさ。

「……なんでお前、忙しいだろうに毎回俺の所来るの?」

そう聞かざるを得ないだろ、これって。

「なに、……嬉しくないの?」

ほんの少しだけ拗ねたような顔。ああクソ、そういう顔。今はその顔、ほんと見たくない。

「いや……嬉しいか嬉しくないかで言えば、嬉しいけど……」

今日お前を相手に酷い夢を見たので今日は会いたくありませんさようなら、と言う訳には当然いかなくて、黙り込む。

「……変なケンショウ。まぁいいや、いつも通りさ、ご飯食べに行こうよ。今日も奢ってやるからさ?」

と、いつも通りの笑顔で、いつもの飯屋の方を指差すユウガ。

「…………ごめん、今日は用事があるから。……また今度な」

限界だった。何事もないような顔で、いつも通りに、過ごすのは。

「え、ちょっと、ジュースくらい奢らせなよ」

「あ、ごめん電車。じゃあな」

その素っ気ない言葉と、ケンショウを残して。

助け舟のようにちょうどやってきた、家の最寄り駅に止まる電車に、逃げるように飛び乗った。

あぁくそ、心臓が痛いくらいに跳ねている。

走ったからだろ、なんて自分を誤魔化す気も起きない。

本当は、一緒に飯を食べて、くだらない話を終電近くまでしたい。

…………、いやむしろ、終電をわざと逃して、あいつに抱かれたい。骨の髄まで溶けるくらいに愛されたい。

それしか思えない。

まるで洗脳されたみたいに。

あいつが愛してくれるわけないのに。

そんな目で見てくれるはずないのに。

性欲なんて忘れていた。

こう言うとまるで聖人みたいになるが、本当に歌うことが楽しくて仕方なくて。

…………帰って色々落ち着いたら、1回ヌく。それで、きっと落ち着く。

大丈夫、一瞬の気の迷いだから。

その時の俺は、そう思っていた。


──結局。

何発出したところで、……あいつへの想いは消えなかった。

しかも、もう前のAVじゃダメだった。あいつの出てる雑誌、写真集を見ながら、夢の続きを想像する。それで、やっと抜けた。

もう戻れないことを悟った。

愛されたい、愛したい……好きで好きで、仕方ない。

苦しい。あいつの声が聞きたい。

俺は、妙にふわふわとした頭と心のままに、あいつへの想いを書きなぐった。

少しでも、あいつへの想いが収まればと思って。

そうしてすんなりと出来上がった新曲の歌詞は、不思議とほぼ同時に曲になっていく。

……こうして、一晩で作りだした新曲から、俺の世界が変わっていくなんて、俺はまだ知らなかった。

次のライブの日。

その曲を歌った。

日暮れ近くだったけど、あいつはまだ来なかった。多分、何も知らないまま平穏に仕事をしてるんだろう。

叫ぶ様に、痛みを吐き出すように歌った。

その日は妙に、立ち止まる人が多い気がした。

……歌い終わって、そして片付けを始めても、あいつは来なかった。本格的に、余裕がなくなってきたのか。

それならそれで良かった。このまま疎遠になってしまえば、俺が苦しむことは無い。

全部の膿を吐き出しきった頃には、もう忘れられるだろうと思った。

そして、あいつを待たずに、俺は帰路についた。

──それから、忘れられることをずっと信じて、あいつへの想いを詞に、曲に、ボーカルにぶつけ続けた。

何も知らない人たちが、「共感できる」「いい曲」と評価をしてくれた。

そして、ライブにも人が集まるようになった。動画サイトでいつの間にかバズっていたらしい。

俺への投げ銭も増えていった。

たまたまライブを見に来てくれていたレコード会社の人が、CDを出してみないかと言ってくれた。

CDも順調に売上を伸ばした。

トントン拍子に次のCDを出すことが決まって、音楽番組の出演も決まって。

あいつも、こんな世界を見ていたのかな、なんてぼんやりと思った。

バイトもやめて、曲だけに専念できるようになった。

俳優業も始めたあいつの姿はもう、雑誌やテレビで見るだけになっていた。

あいつの姿を見ることの出来る雑誌のひとつで、「古井結賀の魅力に迫る」なんて特集を組んでいた。

俺はなんとなく、それを買った。もうその時には、あいつの出ている全部の出版物なんて追えなくなっていた。

そしてその中で、

「好きな女性のタイプはありますか」

なんて質問があった。

未だあいつを好きな俺にとって、そいつはライバルになるんだけどな、なんて思いながら目を通して固まった。

ユウガの回答はこうだった。

「そうですね、例えるなら、……女性では無いんですけど、佐倉君みたいな子が好きですね。シンガーソングライターの佐倉絢昇くん。あ、あんな感じの力強い子がいいのかな(笑)」

手が震えた。

この感情は怒りにも似ていた。世の中では八つ当たりというのかもしれない。

なんでここで、俺の名前を出してんだよ。

せっかく、全部出し切って忘れようとしてたのに。

ちょっと、期待したくもなるだろ、こんなの。

俺の心からは、やっぱりどうしようも無いほどに、「好き」という感情が溢れ出していた。

その日から、俺の曲を書くスピードはより上がっていった。

どうせあいつは知らないんだ。聴いてたとしても、他のみんなと同じように「いい曲だ」で終わらせるんだろ。

なら、……もう全部書いてしまおうか。

──こうして出来上がった曲は、

俺の楽曲の中で1番売れた。

世間でも大ヒットとして取り上げられるくらいには。

あいつがコメンテーターをしている番組にも話題が流れ始めていた。

「ストリートミュージシャン時代から僕ファンなので、この大ヒットは嬉しいですね」

なんてあいつは綺麗な笑いを浮かべていた。

笑える、あいつ当事者なのにな。知らぬが仏、ってこういうことを言うんだな。はは、ほんと、……笑える。

テレビにいた真面目そうな弁護士と同じ顔をしながら、そう思った。

その頃俺は、夢だった競技場ライブを目前に、準備を進めていた。

あいつを避けていた訳では無いけれど、顔を合わせなくなって1年が経とうとしていた。

それでもあいつの事が好きな俺を変えることは、どうしてもできなかった。

そんな俺自身にも、笑えてくる。

馬鹿みたいな意地張ってるフリして、実は嫌われんじゃねぇかってビビってて。

ずっと連絡も取ってないんだから。


「……ケンショウ、ケンショウってば。……ねえ分かる?……ほら、お前の中に入ってるよ……」

………最悪の、目覚め。

また、この夢か。

よりによって、ライブ当日に。

……この夢を見ていなかったら、俺はどうなっていたんだろう。

この夢を見たのは偶然だったんだろうか。……確かめる術はない。

でも確かに、あの全ての始まりの瞬間に、一瞬だけ戻ったような気がした。

あの時のようにシャワーで身体を流して、あの時とは違ってちゃんとしっかり朝食を食べて、

そして通勤ラッシュの時間より少し早めに電車に乗って、ライブ会場に向かう。

バタバタとリハーサルやらなんやらは進んで、瞬く間に本番の時間になる。

不思議と緊張はなかった。

なんでかは分からなかったけれど、それでも。

俺はあの始まりの時よりもずっとずっとたくさんの人の前に立っていた。

それだけが、確かだった。

──そして、俺は歌った。

あいつへの想いを、想うままに歌詞にした曲達を。

叫んだ。なんの涙か分からない涙さえ出てきても、叫ぶ様に歌った。

それでも、夢の場所でも、こんなにたくさんの人たちの前で歌っていても、満たされない何かがあった。

客席を満杯に埋めている観客は、俺の目の前をペンライトで光の海にする。歓声が、音楽に乗る。世界が一緒になる。

俺の観たかった、演りたかったもののはず。

その筈なのに、何かが足りない。

何かが、根本的に違う。

それが分からないままに、アンコール曲目前となる。

観客の人達から、アンコールの声援が溢れ、光の波が激しくなっていく。

ふと、どこかからあいつの声が聞こえた気がした。

「喜びなよ、これがケンショウの見たかった景色だ」

ふわふわとしていた違和感が、急にすとんと落ちた気がした。

最初からあったのに、忘れていたこと。

俺が本当にやりたかったこと、夢にしていたこと。

あぁ、そうか、そうだったのか。

俺が本当に来たいのは、ここじゃない。

この歌った曲を届けたい、あいつとの世界。

どんなに喉が擦り切れるほど叫んだって、ギターの弦が切れるほど弾いたって、何したって、あいつに届かなきゃ、全部虚しいだけの歌だから。

俺の全部が、無意味だから。

何の涙か分からないなんて、嘘だ。

全部分かってたくせに、見ないフリしてただけ。

あいつは何してるんだろう。

仕事かな。

俺の事なんか、もう忘れてるのかな。

……忘れないでいて欲しい。

忘れてても、思い出して欲しい。

愛してる。

直接言えないけど、心から、祈る。

……願わくば、あいつに届きますように。

その祈りを込めて、俺はアンコールを歌いきった。

もう、ステージ袖にはけた後は、膝から崩れ落ちてから動くことが出来なかった。

足に力が入らない。指一本動かないとはよく言ったものだな……なんて思っていたら。

「ケーンショウ。お疲れ様。元気ー?いや、見るからに燃え尽きてるか、ごめんごめん」

1番会いたくなかった、そして待ち焦がれていた声が、好きなオレンジジュースの紙パックと共に降ってきた。

「……おま、仕事は……」

「一日たりとも休みも取れない、なんて状況になるなんて量の仕事は来てないんだよねぇ、まだ。休みも取れない仕事なんかしたくないし?」

「……そっか」

暗記した台本を読むようにさらさらとユウガは言う。

帰らせてくれ。頼む。ここから逃げ出したい。

バタバタとユウガの背後を後片付けのスタッフが走っていく。手伝おうにも身体は言うことを聞かない。

逃げられない。

「聴いてたよ、全部。あのサイトも、テレビも。CDも買った。……残念ながら駅にはあんまり行けなかったけど」

「ありがとう、充分すぎるって。

俺も、ユウガのこと、雑誌とかで見てた」

「本当?ふふ、ありがとね」

帰ってくれ、という愛想笑いを浮かべる。

それに本気の笑みを返してくるユウガ。

その曲はそういうお前に向けて書いたんだ、馬鹿。

察して帰ってくれ、本当に。

「……悪いけど、帰らないよ」

「は……?」

その笑顔は変えぬまま、……しかし声色は本気で。

「あからさまな愛想笑いを浮かべられてさ?迷惑してるんだなぁ、って思わない人、少数じゃない?」

分かってるのかよ。そしてその上でやってる辺りが、なんというか。

「……そういう奴なんだよな」

思えば、いつもそうだった。仲良くはなった。メシ食べに行ったり、CDとか、本とか漫画とか、貸し借りしたり。

でも、それ以上お互いに深入りすることはなくて。

そういう距離感の奴だった。

「なんか失望されてる?」

……そう、それで。

「全くしてないわ、このバカ、鈍感」

見当違いなんだ、こいつは。

「じゃーなんなのさ、『そういう奴なんだよな』って」

「……そういうとこが……、ユウガらしさなんだよなって、思ったってだけ」

「…………。そういうケンショウの素直に答えてくれるとこ、好きだよ」

なんてユウガは微笑む。腹立つくらいに綺麗な顔で。

……当たりたくもなるだろ、こんなの。

「好きとか言うなよ、馬鹿野郎。俺の心も知らないで笑うな」

自分でも怖くなるほど、冷たい声が出た。

ユウガは一瞬虚をつかれたような顔をして、そしてまた笑った。

「知ってるよ、ケンショウ。わかりやすいんだもん」

「え、は……?」

困惑。俺の頭の中はそれ一色になる。

ユウガは何も知らずにやってたんだろ?

でもそうなるとその言葉の意味がわからない。

「ずっと前から、俺の事好きだったでしょ。熱いラブソング嬉しかった」

笑顔のままのユウガから聞こえる、心底嬉しそうな声。

「お前……っ、本当に全部分かってて……?」

恥ずかしさやら、嬉しさやらで上擦った声を出した俺に、ユウガの目は丸くなる。

「あ、ほんとに俺の為に書いてくれたの?ありがとう」

「はぁ!?おま、ブラフ……!?」

「まぁまぁ……でもさっき言ったでしょ、そういうとこがほんとに好きなんだよ、俺は」

くすくすと笑うユウガ。

俺はその目に、俺と同じ何かを見た気がした。

それはすぐに確信に変わる。

「ねぇケンショウ、俺もさ。同じ思いでいたって言ったらさ、殴る?」

「……、……殴る、って……殴るか殴らないかでいえば、殴らない、けど、さぁ……」

こういう言い回しは情報量が多くて嫌いだ。なんて答えればいいのか分からない。

「じゃあ、OKってことでいい?」

あぁ、そうだった。こういう奴だった。

相手が分からないまま、自分の世界に引き込んでいく。自分の虜にさせる。

あの夢さえ、仕組まれたものなんじゃないかとさえ思えてくるような。

ユウガは、そういう人間だった。

「……いーよ。……何人目の相手か知らないけどさ」

「わざわざスキャンダルって言われるようなことしたいって思うの、ケンショウ以外にいるわけないじゃん、ばーか」

不貞腐れたようなユウガの声がどこかおかしくて、思わず笑ってしまう。そしたら、ユウガも笑い始めた。

しばらく2人で笑った。2人で笑えた。

そうだった、これが、俺の見たかったもの。

……このユウガの、笑顔を。

特別な立場で、見たかったんだ。


……アラームに、物理的に叩き起された。

いや、違う。

「……ケンショウってば!もう昼だよ!?体力無さすぎじゃない!?」

ユウガに叩き起された。……ユウガは俺と同じ裸で……裸で?

「……はぁ!?嘘だろ俺一線超えた!?」

「超えてない!」

思わず叫ぶと叫びが返ってきた。

「ケンショウ、帰ったあと服ポンポン脱いじゃってさっさと寝ちゃったじゃん……俺もそうしよーって寝た。……覚えてないの?」

……そう言われると、そんな気もしてきた。

なんか、送って貰って……あー、だめだ。思い出せない。

「…………あー、うん……まぁ。……はっきりとは覚えてないんだけど……つか泊まるか普通」

「ごめんごめん、……まぁ、やりきったーって感じだったから起きれるか心配だったし?このまま死んじゃったら嫌だったから。

あ、昨夜告白したことは……まぁ流石に覚えてるよね?起きて第一声、あんなこと言ったわけだし」

ニヤニヤとするユウガ。

その表情で、ぶわりと顔に血が集まるのがわかった。

「死ん……いや、あの、覚えてるに決まってるだろ……、ずっと好きって思ってた相手に告白したんだからさぁ……」

何から反応すればいいのかわからなくて、こんな反応になってしまう。それでも、満足気な表情……いや、これ満足気か……?まぁとにかくそんな顔になって、ユウガが頭を撫でてくる。

「いやぁ、ありがとうありがとう。ぼんやりとしてる中で告白しちゃったし?ほぼほぼ刷り込みみたいなもんだったし?覚えてくれてるだけで万々歳」

……なんていうの、この……ニヤニヤニヤニヤとした、……なんかすっごい腹たってくるこの顔……さぁ。

こいつがあの人気モデルと同一人物か疑いたくなる。

スキャンダルもんの顔だろこんなの。いやもうなんか既にスキャンダルなんだろうけど。

そして、未だぽんぽんと頭を撫でるユウガの手。

「いや、その、あの……ユウガ?」

「なーに?嫌?」

「……嫌じゃないけどさぁ」

「じゃーいいじゃん、撫でられてなよ」

ユウガはひひ、と笑う。ついつい、お前モデルなんだろ、そんな顔していいのか、なんて思ってしまう。

……こんな砕けた顔、知らなかった。

やっぱり、今までのは一線引かれてた、よそ行きの顔だったんだな。そう思うと、少しモヤモヤするが、今見せてくれているのだから問題ないだろうと自分に言い聞かせる。

しばらくそうしていると、ユウガの手が唐突に止まった。何だ、と思ってその顔を見ては、はっとする。そこにあったのはさっきまでのような、楽しそうな顔ではなくて、何よりもシリアスな顔で。……モデルの表情筋どうなってんだ、そんな感想で思考停止したくなるほどのギャップがあった。

「……ねぇ、ケンショウ。……俺が何しても、……どんな顔してても、……好きでいてくれる?」

その声が息が止まりそうなほど冷たくて、それでいて煮えたぎるように熱くて、どうしようもなくて。それが初めて見た彼の、包み隠すことのない本音なのだと知った。

それでも逃れられるわけがなくて、むしろ導かれるようにして、俺はその音を出す。

「当たり前、だろ」

その音は世界に出した途端に意味を持ち、こうして空気に溶ける。そのせいで甘ったるくなってしまったこの空間がひどく気恥ずかしく思えてきて、それでもなにかに閉じ込めておきたくて、俺は起き上がって、何もかも見守ってきたギターの前に立つ。

「この思い全部歌にして聞かせてやろうか」

「いいね、詩的で、ロマンチックだ。ドラマみたい」

出る側の人間が何を言う、と思わず笑ってしまったが、きっと彼なりのユーモアだ。俺は緩ませていた弦をチューニングし直しながら

「主演はお前で決定だな」

なんて最大の愛情を持って笑い返してやる。

「ケンショウも一緒でダブル主演にしないと、俺は出ないよ」

なんて我儘な俳優気取りのモデル様は、くあ、と欠伸をして俺を見つめた。

だから俺は、仕方ない、と歌で語ってやるのだ。

あの日の夢から、今この呆れ返るような気だるい朝までの思い込みの話を。

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