俺とシズク(ドッペルゲンガー)とルル(白魔女)は訳あって『不死身《ふじみ》稲荷大社《いなりたいしゃ》』に行くことになった。
まあ、俺の影に住んでいる『|黒影を操る狼《ダークウルフ》』にそこまで運んでもらったのだがな……。
というか、三人も乗せているのに、ハヤブサ並みの速さで走れるなんてたいしたやつだよ、まったく。
出発してから三十分も経っていないのにもかかわらず、俺たちは目的地に到着した。
俺は、この世界の何もかもが俺たちの世界の常識を遥かに超えていることを再認識した。
普通、人工的にモンスターの力を人に付与させるには、それなりの技術が必要なはずなのに、この世界ではそれを可能にしている。
まるで『キ〇ングバイツ』の技術を応用したかのように。
まあ、いまさら色々考えても仕方ない。とりあえず、今は目の前のことに集中しよう。
俺は色々考えるのをやめると、神社のことだけを考えることにした。
「はい! とうちゃーく! ウーちゃん、止まってー!」
シズクが声を上げると『|黒影を操る狼《ダークウルフ》』(ウーちゃん)は停止した。
し、死ぬかと思った……。なんで、この二人は平気なんだ?
俺は息を整えながら、二人の様子を確認すると、二人とも笑っていた。
こ、こいつらどんな神経してるんだ? まあ、二人にそんなことを訊《き》く必要はないか。
俺はオオカミの背中から下りると、目の前にそびえ立つ神社に目をやった。
「で……でっかい鳥居だな……」
俺のいた世界での最高記録は約三十四メートルだったはずだが、これは五十メートルくらいあるな……。
さてと、そろそろ行くか。俺たちは、無駄にでかい鳥居をくぐると境内《けいだい》に入った。(ちゃんと、一礼したぞ)
*
同時刻。モンスターチルドレン育成所。
|純潔の救世主《クリアセイバー》こと、アイ先生は【第三教室】に向かっていた。
彼女は、この施設の長《おさ》とその施設で生まれたモンスターチルドレンの教育を兼任《けんにん》している。
副所長が三人いるが、今は訳《わけ》あって、三人のうち一人しかこの育成所にいない。職員は、五千人以上いる。ちなみに、副所長の一人はルルである。
だが、その人数でも、まだ足りない方である。
なぜなら【モンスターチルドレン脱走事件】の時に亡くなった職員が百六十人もいたからだ。
ちなみに、それをやったのは吸血鬼型モンスターチルドレン|製造番号《ナンバー》 一。又《また》の名を『強欲の姫君』……そう、ミノリである。
ミノリのせいで、彼女の仕事は前より増えてしまった。
しかし、彼女にとって、そんなことはどうでも良かった。
なぜなら、各部屋に『|実像分身《チャイルド》』という魔法で作った自分の分身を配備しているからである。
仕事が増えたと言ったが、正確には配備しなければならない分身の数が増えただけである……。
それに彼女の本業は教師。
ここに来る前は、とある高校で教師として働いていた。
よって、この施設で誕生したモンスターチルドレンは皆《みな》、彼女の教育を受けることになっている。(卒業試験に合格しないと、外に出ることはできない)
というか、一人(正式には複数の自分)でそこにいる子どもたちに必要なことを教えている彼女はすごすぎる。
そして、今日も彼女は子どもたちに、いろいろなことを教える。
彼女は子どもたちが社会に出た時に困らないように日々、授業内容をわかりやすいものにしている。
彼女が白い自動ドアをくぐると、そこにはたくさんの生徒たちがいた。
吸血鬼、天使、ゾンビ、ドッペルゲンガー、ゴーレム、サキュバス、スライム、マーメイド……。
見た目も性格も違うモンスターチルドレンたちは予鈴が鳴っているのにもかかわらず、ガヤガヤと騒いでいる。
彼女は、スカートのポケットから白い手袋を取り出し、それを両手に嵌《は》めると黒板に白チョークで魔法陣を書き始めた。(白い手袋を嵌《は》めないと彼女が触れたものは全て白く染まってしまうから)
彼女が魔法陣を書き終わる前に、その場にいた者《もの》たちは全員、大急ぎで席についた。
彼女は魔法陣を書き終わる前に、黒板消しで綺麗《きれい》にそれを消した。
年齢不詳。身長百三十センチ。(体重とスリーサイズは内緒)白いワイシャツに、白いスカート。白いハイソックスに、白い運動靴。
白というより銀に近い髪はショートで『五帝龍《ごていりゅう》』がひるんでしまうほどの黒い瞳《ひとみ》の持ち主。
そして、彼女の肌は白く美しい……。(普段はほとんど真顔である)
彼女こそ、この世界の救世主にして、最強の存在。ほとんどのモンスターチルドレンに魔力制御用の白いワンピースを着せる、ちょっと変わった人である。
「さて、今日も授業を始めましょうか。それでは教科書の二十三ページを開いてください」
彼女が指をパチン! と鳴らすと、どこからともなく教科書というより聖書のような物が出現した。
黒板や黒板消し、教科書を除いて、白という色しか存在しない『|穢れなき教室《ホワイトルーム》』には、三つのきまりがある。
その一『先生が魔法陣を書き終わる前に座る』
その二『先生の話は最後まで聞く』
その三『死にたくない者《もの》は寝るな』
この三つのうち、どれか一つでも破ると……。今までに破った者《もの》がいないため、何をされるか分からない。そんな授業がたった今、始まった。
「先生! しっつもーん!」
水色のスライム(リ〇ル=テンペストではない)は体の一部を手の形にすると、スッと手を挙げた。
彼女は、ため息ひとつ吐《つ》かずに、それに応じた。
「質問なら、授業が終わった後にしてください」
「それは少し違います! 質問は質問でも私たち全員に関係あることです!」
「ほう、私の授業を中断しなければならないほどの……ですか?」
「はい! ここにいる全員がそう思っています!」
「そう。なら、その手を下ろしてから言いなさい」
「はい! 分かりました!」
そのスライムは元の形に戻ると声を張り上げて、こう言った。
「先生って! 彼氏はいるんですか!」
その場にいる全員が、それを言い終わる前にお仕置き覚悟で頭を両手で覆《おお》い隠しながら、机に|突《つ》っ|伏《ぷ》した。
彼女は教科書を白い教卓の上に置くと、話し始めた。
「今の私には彼氏などいませんが、心に決めた人はいます。その人が私のことをどう思っているのかは分かりませんが、少なくとも私は彼のことを愛しています。ですが、今はそんなことにかまけている時間はありません。あなたたちを全員卒業させるまで、私はここで教師としての職務を全《まっと》うします」
その時、机に突っ伏していた全員が口を揃えて、こう言った。
『先生! そんな事してたら、いつまで経っても結婚できないよ!!』
いつもなら、ここで「それは、あなたたちには関係ありません」と言っているところだが、彼女たちが言っていることにも一理あった。
そのため、ここは彼女たちの考えを受け入れることにした。
「……それもそうね。まさか、あなたたちに教えられるなんて、私もまだまだね」
その時、水色のスライムがこう言った。
「なら、今日の授業は『先生がどうやったらその人と結婚できるのか!』ということについて、みんなで話し合おうよ! ねえ? 先生」
その場にいる生徒たちはその考えに賛同した。その証拠に教室中に拍手《はくしゅ》や指笛などの音が飛び交っていたのだから……。
それらが飛び交う中、【アイ先生】は冷たい視線を全員に向けながら、こう言った。
「そう……。あなたたちは私の授業を妨害したいのね?」
テンションが上がりに上がっていた状態の彼女たちにとって、それは決定的な一撃であった。
それから先生は、その場で固まってしまったモンスターチルドレン全員にデコピンをしてまわった。(一人につき〇・〇一秒。一クラス十五人)
額《ひたい》を押さえながら、悶絶《もんぜつ》する彼女らを見ながら、彼女はこう言った。
「さあ、授業《ゲーム》を始めよう」
その後、その場にいる全員が涙目でこう言った。
『ノ〇ノラかよおおおおおおおおおおおおおお!!」
こうして【アイ先生】による授業が始まったのである。授業内容? それは、また別の機会にでも話すとしよう。