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神野先輩が歩いて来る。私に向かって。

もう、逃げない。目を逸らさない。

足が後ろを向かないように、顔が下を向かないように、全身に力を入れて耐えた。

そうしていると、神野先輩の姿がボヤけてきた。動かないように気を張ったら、涙が出て来てしまったみたいだ。

神野先輩が私の目の前で立ち止まる。

「鈴原ちゃ・・・」

「あの、神野先輩!私っ」

先輩の声を遮って喋り出した。先に言わなきゃ。何かを考える前に伝えないと、また言えなくなってしまうから。

「私、神野先輩の事が好きです!」

言った。ずっと伝えられなかった事を言えた。

涙がぼろぼろとこぼれ落ちて来る。色んな感情が心臓の周りでグルグル回って暴れているみたいだ。

恥ずかしい、怖い、逃げたい、逃げない、伝える、目を見る、見ていたい。そして、好き。

「聞いてください。私、上履きぶつけた時、違うって言った時に、その時に・・・」

そこまで言った時に、神野先輩の左手が私の肩に乗った。反対側の手に持ったハンカチで私の涙を拭いてくれる。良い匂い。

「ダウニー・・・」

思わず口からこぼれた。神野先輩はプッと吹き出す。

「鈴原ちゃん、ありがとね。好きって言ってくれて。俺も鈴原ちゃんの事が好きみたいだ」

頭の中が白くなる。心臓の周りで暴れていた感情が一瞬静かになって、そして間髪置かずにバクバクと更に激しく動き出した。

神野先輩の手が私の頭に回る。次の瞬間束ねていた髪がパラパラと顔を覆った。

「泣いてる顔、他の奴に見られたくないから。ゴメンね、ちょっと我慢して」

私の手を優しく持ち上げる。ハンカチを持たせてくれて、自分で自分の顔を隠すように涙の位置に運んでくれた。

「俺と、付き合ってくれる?」

両肩に手を置いて、覗き込んでそう聞いてきた。

背が高い。屈まないと髪で顔を隠した私と目が合わないくらい。顔が近い。涙が引いていく。

「はい」

私は頷いた。

神野先輩は、顔をくしゃくしゃにした笑顔になる。

瞬きをした。瞬間視界が真っ暗になる。ダウニーと、神野先輩の匂いに包まれる。

私は神野先輩に抱き締められていた。

「ありがと。ウレシ」

耳元で先輩の声。

私の頭はショート寸前。もう立っているだけでやっとだ。

神野先輩は、私を離すとウエストを引き寄せて倉庫脇を振り返る。そこにはさっきの先輩と、児島先輩がいた。軽く手を挙げ、反対側、校門に向かって歩き出す。

「軽く初デートね」

「は、はい!」

「俺の事、友也って呼んで」

「と、友也・・・先輩」

「先輩は要らないかな」

「じゃ、じゃあ、友也、さん?」

私がそう言うと、神野先輩は顔を背けて肩を震わせた。

笑われた?

「イイネ、下の名前でさん付けは初めてだ。鈴原ちゃんだけそう呼んで」

戻った顔は優しい笑顔。

「下の名前、何?」

「あ、由香です。鈴原由香」

「これから宜しくね、由香」

私は頷いた。嬉しくて顔が緩む。明日は1番にヒナとユリちゃんにお礼を言わないとな。

そう考えていると、友也さんが周囲を見回した。何かな?と思っていると、急に曲がり道を回り込む。ウエストから引っ張られて体勢を崩した私を抱えるようにすると、突然だった。

唇に柔らかい感触。私は唇を奪われていた。

体から力が抜ける。友也さんのシャンプーの匂いとかダウニーとかでも情報量オーバーなのに。初めてのキス。付き合い初めてまだ何分かしか経ってないのに。

動けない私をゆっくり離すと、おでことおでこを付けて目を覗き込まれる。

「俺、キス魔だから覚悟してね」

「は、はい・・・」

もう、駄目かも。

私は下を向いて顔を覆った。



「友也、あのさ」

俺は昇降口から出て来た1年女子を見ていた。その子の視線はずっと友也を追っている。

「ん?」

友也は聞きながら俺の視線を追った。その子を見て動きを止める。

「あの子、お前の事見てるよ」

「・・・え?」

「気付いたの今日だけど、朝からずっと。休み時間全部使って」

「・・・俺なの?」

疑問形は俺に向かってなのか、その子に向かってなのか。

「行ってくる」

「おう」


友也と話す1年女子。恋する瞳は綺麗だ。涙が溢れる。それでも逸らさない目。良いね。

「あれ?友也ナニ?告られてるの?」

コジが来て、横に座りながら言う。

「どっちがどっちになのかは不明」

俺は2人の方を見たまま答える。

「え?友也からなの?」

友也が1年女子の髪を解いて顔を隠す。

「あー・・・」

俺とコジは隠された事にブーイング。

友也は1年女子を抱擁。okだったみたいだ。めでたい。

彼女を小脇に抱えながら何故かコジに向かってドヤ顔。そのまま手を挙げて校門に消えていく。もう帰って来ないだろうな。

「何あの顔。俺に喧嘩売ってる?あいつ」

納得行かない顔のコジ。

「お前が空気読めないからじゃね?」

「えー」

コジがブーブー言ってる。いつものように。

日差しが強い。夏が近づいてる。

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