甲板に現れた黒馬の幻影たちは、獰猛な目を光らせながら、乗り手を選ぶように唸っていた。
詩音は興奮しながら口元を歪める。
「ハハッ、乗りこなせるかどうかなんて関係ねぇ……ぶっ飛ばせばいいだけだろ?」
彼女はナイフを手にすると、目の前にいた黒馬の首筋に突き立てた。
だが――
「ッ!?」
ナイフは霧のように吸い込まれ、馬の肉体にまったく傷をつけることができない。
ウィリアムは優雅に笑った。
「ナイトメア・ダービーのルールはシンプルだ。この馬たちは”悪夢の化身”……力ずくで制御することはできない。」
詩音は舌打ちした。
「チッ、じゃあどうしろってんだよ。」
ウィリアムは手綱を引きながら、黒馬の背に軽やかに跨る。
「”悪夢”と向き合え。乗りこなせた者だけが、このレースの出場資格を得る。」
主は黙って黒馬を見つめた後、ゆっくりとその頭を撫でた。
すると、馬の目が赤から青に変わり、背中に受け入れるように低く身を屈めた。
ウィリアムは軽く拍手する。
「素晴らしい、戦士よ。君は”悪夢”を恐れぬか。」
主は絵筆を肩に担ぎながら、低く呟く。
「恐れはしない……だが、利用はさせてもらう。」
葵はその様子を見ながら、クスクスと笑った。
「やっぱり、あなたは面白いわねぇ……主ちゃん?」
彼女は気まぐれな様子で、黒馬には目もくれず、ただ手をひらひらと振る。
「私、このレースには参加しないわ。だって”悪夢”を見るのは私じゃなくて、あなたたちなんだもの。」
ウィリアムがニヤリと笑う。
「それなら、君は”観客席”から楽しむがいい。だが、これは戦争だ……最後まで”観客”でいられるとは限らないがね?」
葵は不敵に微笑みながら、ひらひらと手を振った。
そして、ついに。
「ナイトメア・ダービー、開幕だ。」
ウィリアムの一声と共に、全ての黒馬が咆哮を上げ、地を蹴った。
悪夢のレースが、今、幕を開ける――!
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!