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本作品はnmmnにあたる内容です。
以下をご理解の上で閲覧をお願いします。
・実在の人物、団体とは一切関係のない創作フィクションです。
・苦手な方、不快に感じる方はすぐにブラウザバックをしてください。
・本文は作者の妄想に基づいており、事実ではありません。
・ご本人様、関係者への迷惑行為は絶対におやめください。
・閲覧はすべて自己責任でお願いします。
紫×桃
朝から、空気が重かった。
昨日の夜、些細なことで言い合いになった。
皿洗いを忘れたとか、脱ぎっぱなしのシャツとか。
どうでもいいこと。けど、らんは眠れなかった。
「……おはよう 」
恐る恐る声をかけると、キッチンでコーヒーを淹れていたいるまは、ちらりと一瞬だけ振り向いて、何も言わなかった。
「昨日のこと、悪かったよ」
「…別に」
「怒ってるでしょ?」
「怒ってねぇ」
声は冷たく、目は合わない。
いつもなら、いるまが先に折れて笑ってくれるのに、今日は違う。
らんはテーブルの端に座って、俯いた。
「俺さ…ほんとに、ちゃんとしたいだけなんだ」
「”ちゃんと”って、なんだよ」
「いるまが疲れないようにしたいの。帰ってきた時、少しでも落ち着けるように」
そう言うと、いるまはため息をついた。
「お前、それ言うたびに俺が悪いみたいに聞こえる」
「そんなつもりじゃ…」
「”そんなつもりじゃない”ばっか言うけどさ、伝わんねぇんだよ」
カップを置く音が少し強く響く。
その音にびくりと肩が揺れた。
らんは思わず「ごめん」と言ってしまう。
謝りたくなんかないのに。
謝っても、もう優しくしてもらえないのに。
それでも言葉が先に出てしまう。
「…お前さ、俺といるの、楽しいか?」
突然の問いに、らんは固まった。
「え…?」
「楽しくねぇなら、無理すんなよ。俺もさ、ずっとイラついてんの疲れる」
胸の奥がざわつく。
言葉が刺さるたび、呼吸が浅くなる。
「俺は、楽しいよ。いるまと一緒にいたい」
「…ほんとに?」
「うん。俺、いるまがいないと駄目なんだ」
らんは泣きそうな顔で笑った。
その笑顔が痛かった。
いるまは何も言えず、カップを持ち上げた。
沈黙。
時計の秒針だけが響く。
いるまは、らんを嫌いになったわけじゃない。
でも、ずっと一緒にいるほど、すれ違う瞬間が増えていった。
言葉が噛み合わない。触れても伝わらない。
「……俺、仕事行くわ」
「うん…」
玄関まで見送る。
靴を履く背中に声をかけようとして、
「いってらっしゃい」と言う前に、ドアが閉まった。
静かになった部屋。
カップの中のコーヒーは冷めて、苦くなっていた。
らんは、ソファに座ったまま、自分の膝を抱えた。
あの人のぬくもりも声も、全部この部屋に残っているのに、
手を伸ばしても、何ひとつ届かない。
「どうして、こうなっちゃったんだろう」
小さくつぶやいて、冷めたコーヒーを一口飲む。
苦い。
まるで今の自分みたいに。
___ほんとは、喧嘩なんてしたくない。
ただ、愛されたいだけなのに。
どうして、それがいちばん難しいんだろう。
____________
その日を最後に、いるまは帰ってこなかった。
最初の夜は、ただ「仕事が長引いているんだ」と思っていた。
夜中の2時をすぎても連絡が来なかったけど、
“もしかしたら充電が切れたのかも”って、自分に言い聞かせた。
でも、翌日の朝になっても、
リビングのドアは開かなかった。
靴も、鍵も、動く気配もない。
「…いるま?」
小さく呼んでみても、
返事は、しない。
部屋の中は昨日のまま。
カップの底に残ったコーヒーの跡。
玄関のマットに落ちたままの、いるまの髪の毛。
全部が”ここにいた”証拠なのに、
もう、いない。
スマホを握りしめて、何度も送信ボタンを押した。
『大丈夫?帰ってこないの?』
『怒ってるなら、ちゃんと話そうよ』
『ごめん。俺、ほんとに馬鹿だった』
送っても、既読はつかない。
通知がなる度に期待して、
違う名前が出るたび、胸が潰れそうになった。
____________
三日が過ぎて、
冷蔵庫の中の食材が減っていく。
あの人が好きだったビールも、もう買ってない。
「いるまの分、いらないのに…」
そうつぶやくと、喉が震えた。
泣きたくないのに、涙が止まらなかった。
泣いても帰ってこないのに。
謝っても、届かないのに。
“ずっとイラついてんの疲れる”
あの言葉が、ずっと頭の中で繰り返される。
俺が、疲れさせたんだ。
俺が、壊したんだ。
でも、どうしたらよかったんだろう。
どうすれば、いるまは笑ってくれたんだろう。
カーテンの隙間から入る朝の光が、
いつもより白くて冷たい。
らんはソファに座って、
何も無い空間を見つめた。
「…いないだけで、こんなに静かなんだね」
声に出すと、部屋が少しだけ広く感じた。
その広さが、ひどく怖い。
気づけば、
一緒に暮らしていたときより、掃除をするようになった。
洗濯も、洗い物も、誰もいないのに続けてる。
いないのに、ちゃんと整えないと落ち着かない。
帰ってきたとき、散らかってたらイヤかもしれない。
そんなありえない希望が、
らんを、かろうじて動かしてた。
____________
夜になると、
いるまの位置に枕を置いて、眠る。
隣の布団の温もりを確かめるように、手を伸ばす。
けど、そこには誰もいない。
何度も「もう忘れよう」って思った。
でも、あの人の声も、仕草も、怒った顔も、全部、頭から消えなかった。
愛してるって言えなかった。
ありがとうって言えなかった。
ただ一緒にいた時間だけが、
いま、何より痛かった。
「…いるま、どこ行ったの」
静かな夜に、らんの声が落ちた。
カーテンの隙間から、街の灯りが差し込む。
二人で見た夜景よりも、
ひとりで見る今のほうが、ずっとまぶしかった。
____________
あの日から、もう三ヶ月が経っていた。
いるまがいなくなった部屋は、いつの間にか新しい匂いに変わっていた。
洗剤の香りも、柔軟剤も、全部同じはずなのに___
“いるまの匂い”が消えただけで、別の場所みたいに思えた。
らんは相変わらず仕事と家の往復を繰り返していた。
なんとなく食べ、なんとなく寝て、
誰とも深く関わらないまま、ただ一日ずつを、やり過ごしていた。
____________
そんなある日。
ふと立ち寄ったコンビニのレジで、声をかけられた。
「…あれ? らんじゃない?」
顔を上げると、そこに居たのは、いるまの職場の同僚だった。
数回あったことがあるだけだったけど、あの人と仲が良かったのを覚えている。
「ひさしぶり…ですね」
「うん、久しぶり。元気してた?」
らんは少しだけ笑って、「まあ、なんとか」と返した。
でも、その声はかすかに震えていた。
彼は、らんの表情を見て、
言うか迷うように一瞬だけ目を伏せた。
「……いるま、最近見かけたよ」
その名前が出た瞬間、
らんの心臓が跳ねた。
「…どこで?」
「前の職場、辞めたんだって。今は知り合いの店で働いてるみたい」
「そう…なんだ」
喉がきゅっと締まって、息が詰まった。
知らなかった。
何も、聞いてなかった。
「なんか、元気そうだったよ」
元気そう。
その一言が、どうしようもなく痛かった。
“元気そう”___つまり、俺がいなくても大丈夫ってことだ。
笑ってるんだ。
新しい場所で、前みたいに、誰かと話して、笑ってるんだ。
「よかったね」
やっとそれだけ言えた。
口角をあげようとしたけど、顔が引きつってた。
彼は何か言いたそうにして、
結局「またね」とだけ言って去っていった。
____________
らんは店を出て、夜風の中に立ち尽くした。
街の明かりが滲んで見える。
涙が出てることに、気づいていなかった。
ポケットの中のスマホを取り出す。
“いるま”の名前が、まだ登録されたままだ。
消せない。
でも、かけることもできない。
『いるま元気そうなんだって。
よかったね。
ほんとは、俺の前でもそうでいてほしかったよ。』
打ちかけた文字を、全部消した。
何を書いても、届かない。
夜空を見上げたら、
街の光で星は見えなかった。
けど、あの日、二人で見た星空のことを思い出した。
笑いあってた、あの時のいるまの顔を。
「…俺、まだいるまのこと、すきなんだな」
呟いた声が夜に溶けていった。
もう誰もいないはずの夜に、
風の音だけが、優しく返してくれた。
____________
会いに行こうと決めたのは、
その夜、眠れなかったからだった。
ベッドの上で天井を見上げていると、
胸の奥がざわざわして、呼吸が浅くなった。
あの言葉が、何度も蘇る。
「元気そうだったよ」
あの人が笑っている光景を想像したら、
どうしても、確かめたくなった。
本当に元気なのか。
それとも、俺のいない場所で、無理して笑っているのか。
どちしても、
もう一度だけ、会いたかった。
___最後のつもりで。
____________
いるまの同僚に聞いた店の名前を頼りに、
らんは休日の昼、静かな通りを歩いていた。
路地裏の小さなカフェ。
ウッド調の看板に「café Ruin」と書かれている。
扉の向こうから、かすかにコーヒーの香りがした。
心臓が痛いほど鳴っている。
手のひらが汗ばむ。
深呼吸をして、小さくドアを押した。
「いらっしゃいま__」
聞き覚えのある声。
それが耳に届いた瞬間、
胸の奥がぐしゃりと潰れた。
カウンターの奥に、いるまがいた。
黒いエプロンに白いシャツ。
髪を少し短くして、前よりも大人びた顔。
でも、声も、仕草も、全部が懐かしかった。
らんに気づいた瞬間、
いるまの手が止まった。
「…らん」
静かな声。
怒っても、驚いてもいない。
ただ、戸惑っていた。
「ひさしぶり」
「…ああ」
ほんの一言で、
三ヶ月分の感情が喉に詰まった。
「元気そうだね」
「お前も…まあ、そう見えるな」
笑おうとしたけど、
どっちの笑顔も、どこかぎこちなかった。
沈黙が流れる。
店内にはジャズの音と、
カップを拭く布の音だけが響いた。
らんは勇気をだして、言った。
「ずっと…会いたかった」
いるまの手が止まった。
そして、視線を外して、
ゆっくりと言った。
「俺は…もう、戻らない」
その言葉が、
静かに胸を貫いた。
「分かってる」
「…そうか」
「ただ、元気かどうか、それだけ見たかったんだ」
らんは笑った。
涙が出そうで、でも、泣くのだけは堪えた。
いるまは少しだけ迷ったあと、
カップにコーヒーを注いだ。
「飲むか?」
「うん」
差し出されたカップは、
前に一緒に暮らしてたときと同じ香りがした。
でも、味は少しだけ違ってた。
苦味が、強くなっていた。
「美味しいね」
「…ありがとう」
二人の間にあったのは、
たった一杯のコーヒーと、言えなかった言葉。
帰り際、らんは「また来てもいい?」と聞こうとして、
結局、やめた。
それを言ったら、また期待してしまうから。
ドアを出る前にもう一度だけ振り返る。
いるまは、優しい目でらんを見ていた。
でも、その目は、もう恋の色じゃなかった。
外に出ると、風が優しかった。
涙が頬を伝っても、もう拭かなかった。
会えてよかった。
でも、もう大丈夫。
らんは小さく笑って、歩き出した。
背中越しに、ドアのすずが小さく鳴る。
その音が、まるで「さよなら」のように聞こえた。
____________
再開した夜、
いるまは店を閉めたあと、ずっとカウンターに座っていた。
片付けが終わったグラスの中に、
沈黙が浮かんでいた。
___らんが来た。
三ヶ月ぶりに聞いた声は、
思っていたよりも弱くて、
それでも、優しかった。
「ずっと…会いたかった」
あの言葉が頭から離れなかった。
本当は、
俺の方こそ、何度も会いたくなっていた。
でも、あのまま一緒にいたら、
きっと、どっちかが壊れると思ったんだ。
らんは、なんでも背負う。
自分が悪いって思い込んで、
誰よりも傷ついて、
それでも「大丈夫」って笑う。
あの笑顔を見るたびに、
どうしても苦しくなってた。
「俺が、こいつをこうさせてるのかもしれない」
そう思った瞬間、
一緒にいられなくなった。
別れを告げた日、
本当はあいつが泣きそうに震えてたのを見て、抱きしめたかった。
でも、抱きしめたら、
きっと俺が折れる。
だから、背を向けた。
何も言わずに、出ていった。
___最低だな、俺。
煙草に火をつけて、
ぼんやりと夜の空気を吸い込む。
冷たい煙が、胸に刺さる。
らんは、変わってなかった。
少し痩せた気もするけど、
あのときと同じ、
真っすぐな目をしていた。
俺を見て、
泣きそうに笑って、
「元気そうだね」って言ってくれた。
ほんとは、
そんな優しさを貰う資格なんてないのに。
あいつは、まだ俺のことを想ってた。
それが分かった瞬間、
嬉しさと同じくらい、痛みが走った。
「俺は…もう、戻らない」
あの言葉を言うまでに、
喉が何度も震えた。
もし”戻る”って言ったら、
らんはきっと喜ぶ。
でも、それは違う。
俺は、らんを幸せにできなかった。
愛してたのに、
どうしてもすれ違うばっかりだった。
一緒にいるたびに、
俺の中の小さな苛立ちが、
あいつの心を壊していった。
だから、
あの日、離れることにした。
「好きだから、離れた」なんて、
そんな綺麗な言葉で住むことじゃない。
ただ、逃げただけ。
あいつの涙を見るのが怖くて、
自分の弱さを隠すために。
カウンターに置かれた、
らんが飲んだカップ。
その底に残る指の跡を、指でなぞる。
もう、このカップをあいつに出すことはないけど___
どんなに時間が経っても、
あいつの顔を思い出すたび、
胸の奥が温かくなる。
「……幸せになれよ 」
誰もいない店内に、
小さく声が落ちた。
その瞬間、
ふと夜風が吹いて、
ドアの鈴がちりんと鳴った。
まるで、らんがまだここにいるみたいに。
𝐹𝑖𝑛.