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雨が降っていた。
六月でもないのに、東京はやけに湿っていた。
武蔵之市立高ノ織中学校、二年B組。
窓際、一番後ろ。
森亜るるかは頬杖もつかず、ただ前を向いて座っていた。
誰とも話さない。
誰にも視線を向けない。
呼ばれれば返事だけする。
それだけ。
「森亜さんってさ、何考えてんの?」
クラスの女子が小声で言った。
るるかは聞こえていた。
耳はいい。
だけど聞こうとしていない。
だから反応しない。
隣の席の朝霧彩が少し困ったように笑う。
「……るるかちゃんは、そういう人だから」
「いや怖くない!? 無表情すぎるし!」
「でも助けてくれたことあるよ」
「え?」
「……何でもない」
彩はそれ以上言わなかった。
言えなかった。
あの日、路地裏で。
血だらけの魔法少女を。
拳銃で撃ち抜いた少女が。
今、同じ教室で静かに教科書を読んでいるなんて。
◇
『常世ノ闇』
そう呼ばれる病み系アイドルは、ネットでは有名だった。
黒髪。
感情のない瞳。
壊れそうな声。
ライブ中、一度も笑わない。
ファンは言う。
“人間じゃないみたい”
“生きてる感じがしない”
“でも目が離せない”
るるか自身は、そんな評価をどうでもいいと思っていた。
人気も。
金も。
歓声も。
全部。
「うるさいな」
それだけだった。
◇
「……また減っとるなぁ」
薄暗い空間。
管理人捌が、扇子越しにるるかを見る。
「寿命、もう限界近いやろ」
「そうですねぇ〜、るるかたん最近ずっと血ぃ吐いてるにょほほほ」
漆が笑う。
壱は無言。
弐だけが壁にもたれていた。
「……時間系、使わんのは正解や」
「使ったら死ぬので」
るるかが短く返す。
捌がため息をつく。
「ほんま、あんさんは極端やなぁ」
「効率です」
「効率で命削る奴がおるか」
「いますよ。ここに」
しん、と空気が止まった。
るるかは無表情のまま。
口の中に溜まった血を飲み込む。
何事もなかったみたいに。
◇
るるかは監視対象だった。
理由は簡単。
どっち側か分からないから。
管理人の命令で魔法少女を殺す。
でも、自分からは絶対殺さない。
喧嘩を売られた時だけ。
復讐されても、
撃たれても、
刺されても。
全部受ける。
まるで。
自分が殺される理由を探してるみたいに。
◇
「……ねぇ、るるか」
奴村露乃が言う。
深夜。
廃ビル。
いつもの会議。
「アンタさ、何で管理人側なの」
「別に」
「じゃあ何で魔法少女側についたりもするの」
「何となく」
「……ふざけてる?」
「真面目です」
るるかは淡々と言った。
「世界なんて、どっち側でも壊れるので」
「は?」
「管理人が勝っても終わるし、魔法少女が勝っても終わる」
「……」
「だったら最後くらい、自分で決めたい」
奴村は黙った。
るるかの目は、本当に空っぽだった。
希望も絶望もない。
ただ。
壊れている。
◇
水蓮寺清春だけは違った。
彼だけは。
るるかを“普通の人間”として扱った。
魔法少女でも。
アイドルでも。
監視対象でもなく。
ただの十四歳として。
だから困った。
るるかは恋を知らない。
知っているのは執着と依存と死別だけ。
だから。
好きになった瞬間。
理解してしまった。
“これは叶わない”
と。
年齢も。
立場も。
全部終わってる。
だからるるかは何も言わなかった。
視線すら向けなかった。
ただ。
少しだけ。
水蓮寺清春の前では、聞き返す回数が減った。
◇
「嘘って何だと思いますか」
ある日。
るるかは突然、朝霧彩に聞いた。
「え?」
「嘘」
「えっと……悪いこと?」
「違います」
るるかは即答した。
窓の外を見る。
夕焼けだった。
「嘘は愛です」
「……え?」
「本当に守りたいものほど、人は嘘をつく」
「……」
「だから、私の嘘は全部愛ですよ」
その顔は。
最後まで無表情だった。
◇
魔法少女狩り。
四十三人。
返り血。
銃声。
悲鳴。
その全部を抱えた少女は。
人生の最後。
魔法少女側についた。
理由を聞かれても答えなかった。
管理人達も聞かなかった。
たぶん。
知っていたから。
るるかは最初からずっと、
壊れたまま誰かを守ろうとしていたことを