テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
SIDE:元貴
とろんとしていた涼ちゃんの眼差しが、まるで鍵盤を触っているときのようにはっきりと色付いた。
だらしなくソファーの背もたれに投げ出していた上半身を起こすと、涼ちゃんはさっきから何度か落としそうになっていたビールの瓶をテーブルの上へと置く。そして俺の目をしっかりと見つめながら口を開いた。
『あのね、俺は若井がこうやって付き合ってくれただけで幸せなの。だって最初はめちゃくちゃ嫌われてたのに、こうやって俺を恋人にしてくれたことには感謝しかないし、幸せすぎてもう何も望むものなんてないんだよ。俺ね、若井の邪魔はしたくないんだ。友達との時間も大切にしてほしいし、仕事で出会う人との繋がりも大事にしてほしいって思ってる。俺を一番に優先してほしいだなんて、そんなわがままも言いたくない。それに俺は、もし若井が別れようって言ってきたら、それを笑って受け止める覚悟はいつでもしてるから。最後はちゃんと笑って、今までありがとうって言うの。絶対に泣かない。だって泣いたりしたら、若井は絶対に自分のこと責めちゃうだろうし』
『なにそれ…。涼ちゃん、バカじゃん……』
饒舌に話す涼ちゃんの言葉に、胸の奥がツキンと痛んだ。
若井の気持ちを疑っているのではなく、好きすぎるからこそ、いつだって若井の幸せだけを考えている。涼ちゃんにとって、自分の気持ちは二の次なんだね。
『だってね、元貴。女の子と付き合ったって上手くいかないことも多いのに、男同士だったら余計に、でしょ?それに俺みたいに同じぐらいの身長があってごつごつしてる男なんかより、やっぱりふわふわで柔らかい女の子の方がいいって思う時が来ちゃうと思う。でもね、それでいいって思ってんの。今は、こうやって俺を好きだって言ってくれているから、それだけで本当に幸せなの。だから若井が別れようって言い出すまで、俺はずっと幸せなままなんだよ。それに別れてもね、俺の記憶の中には、俺だけのものだった若井がずっといるから。付き合わなかったら知ることができなかった若井が、ずーっと俺の記憶に残るの。ねぇ、それってすごい幸せなことじゃない?』
『…なんでそんなに、自分の気持ちを押し殺しちゃうの?もし若井が別れようって言ってきたら、とりあえずぶん殴ってその言葉を取り消させるぐらいしなよ』
『フフ、暴力はダメでしょ。それに俺はちょっとはいい思い出のまま、若井の記憶の中に残りたいからなぁ~。あ、元貴、この話は若井には内緒だよ。絶対に言ったらダメだからね』
若井が寝ている部屋のドアへ、涼ちゃんは愛おしそうに視線を向けていた。
なんで貴方はそんなに優しいの。
なんでそんなに我慢するの。
不器用な涼ちゃんの不器用な愛情に触れて、俺は柄にもなく神様に祈った。
二人とも大事な大事な親友だから、どうかこのまま別れが来ませんようにと、心の底から願っていたんだ。
SIDE:若井
「あ~あ、涼ちゃんとの約束、破っちゃったじゃん」
口調こそ不貞腐れていたけれど、元貴の表情は穏やかだった。
涼ちゃんとの約束を破ってでも、俺に伝えなければならないと思ってくれたのだろう。なぜ涼ちゃんが黙って別れを受け入れたのか、お前は知らなければならないのだと。
りー
69,258
1,327
269
忠義子
1,196
「…………ッ!」
元貴の言葉を聞いて、自分の中に涼ちゃんへの想いしか残っていないことを自覚する。
心臓が痛くて、思わず胸元をつかんだ。喉が息苦しくなり、前屈みになる。
なんて自分勝手だったのだろう。
会う努力もしないで、会いに来ないからといって愛を疑って、一方的な別れを涼ちゃんへと押し付けてしまった。自分の気持ちに迷ってしまった。
涼ちゃんの将来を背負っていけるのだろうかと、勝手に悩む事すら驕りだったのに。
涼ちゃんの将来は本人が決めることであって、俺が勝手に決めていいものではなかったのに。
こんなにもただ一途に愛してくれていた涼ちゃんの手を、自らの不安と迷いに駆られて離してしまったのだ。
「…ねぇ、若井。他に好きな人でもできた?」
「ちがうっ!」
元貴のその言葉に、思わず声を張り上げてしまった。
「だよね。涼ちゃんと付き合うって報告してきたとき、若井、本当に嬉しそうだったもんね」
そうだ。
同居生活をしていく中で、自然に涼ちゃんへと惹かれていった。
片付けが下手で料理も上手くはなかったし、よく泣いていたけど、涼ちゃんがいたから俺は腐らずにいられた。涼ちゃんの存在が本当に支えとなっていた。そして涼ちゃんを守らなきゃって思う気持ちがいつしか愛情へと変化して、ずっと一緒に生きていきたいと願ったんだ。
俺が告白した時だって、『…ありがとう。すごく嬉しい』って、ぼろぼろと涙を流しながらも笑っていた。あの時の涼ちゃんの顔を一生忘れないと思っていたのに、俺は月日の流れに負けて、涼ちゃんの想いを蔑ろにしていた。
そして涼ちゃんはあの時からもう、覚悟を決めていたのだ。
幸せを感じながらも、いつかは来るかもしれない別れという存在に、涼ちゃんはずっと怯えていたのだろう。そんな素振りを俺には全く見せないで。
「……元貴。俺から別れようって言ったんだけど、もう……遅いのかな」
「さあ、そんなの俺に分かるわけないじゃん。でもさ、若井の今の気持ち、涼ちゃんにちゃんと伝えてみたらいいんじゃない?それで本当にダメなんだったらその時は自業自得だと思って、自分を一生呪って生きていきな」
最後の最後で甘やかすではなく、辛辣な言葉が含まれているところが何とも元貴らしい。これはきっと、涼ちゃんと別れてしまったことへの小さな仕返しも含まれているのだろう。
俺と同じ恋愛感情ではないけれど、元貴は涼ちゃんを欲している。もちろん仕事上では一切の甘えを許さないけれど、孤独で感情が沈んで闇に吞まれてしまいそうなとき、助けを求めて手を伸ばすのは涼ちゃんに対してだけなのだ。
「元貴、ありがとう!俺、今から涼ちゃんちに行ってみる!」
「は~い、いってらっしゃ~い」
勢い良く立ち上がって鞄をつかむと、元貴へとお礼を言って控え室を飛び出す。
背中を押してくれた親友は、手を振りながら柔らかい笑みを浮かべていた。
コメント
1件
更新ありがとうございます😭続きが読めて嬉しいです…!是非とも2人で幸せになってほしいです💙💛