第16話:「山本結衣 ―赤いヒールの記憶―」
生配信のコメント欄が騒然とする中、ゆっくりと画面が切り替わる。
【え? 結衣ってあの結衣?】
【山本蓮と名字同じじゃん】
【姉弟? まさか……】
【なんか繋がってきた気がする】
画面に映ったのは、白いシャツに淡いピンクのジャケット、完璧なメイクに揃えられた巻き髪――
“港区女子”として名高いインフルエンサー、山本結衣だった。
彼女は赤いヒールを足元で脱ぎながら、ため息をついた。
「あの夜のこと……もう逃げきれないと思ってた」
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「私と蒼くんは、数年前にパーティーで会ったの。
彼、ああ見えて無愛想だけど、真面目だった。
……だから余計に、あの夜、屋上で見た姿が信じられなかった」
蓮の声が低く問う。
「“屋上”にいたとき、何があったのか――話してください」
結衣は一瞬だけ目を閉じ、重たい口を開く。
「あの夜、私が屋上に行ったのは、“美月”に呼び出されたから」
「『蒼くんを救ってほしい』って……言われた。
彼女、私が斎藤と繋がってたことを知ってたの。
“あんたが止めなきゃ、蒼は殺される”って」
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「斎藤海翔と私は、昔……愛人関係だったの。
高校卒業してすぐ、金のために関係を持った。
“港区女子”としての生活も、彼の金で成り立ってた。
でも、私には分かってた。
彼が、ただの投資家なんかじゃないって」
「蒼くんを追い込んでいたのは、斎藤だった。
私はその橋渡し役になってたの。
美月は、それに気づいて……私に真実を見せようとした」
蓮:「その“真実”とは?」
結衣の声が震える。
「美月が持ってたのは、“録音データ”だった。
斎藤が、蒼を嵌める計画を語ったもの……。
でも、それを受け取る前に、彼女は屋上の手すりに立って――
『もう、逃げられないよね』って言った」
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蓮:「つまり……美月は、自ら飛び降りた?」
「わからない。私は、彼女の手を掴んだ。
でも……その時、もう一人“誰か”が背後から近づいてきてた。
私は振り返った。そしたら、美月の手が離れた」
蓮:「“誰か”とは?」
結衣は、顔を伏せた。
「……“スーツ姿の男”。でも、顔は見えなかった。
ただ、香水の匂いだけは覚えてる。“ラベンダーと煙草”の混じった……あの匂いは――」
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蓮がモニター越しに口を開く。
「……その香水を使っていたのは、伊藤悠真だ。
彼は教育者を名乗っていたが、斎藤の“片腕”でもあった。
映像データを持っていたのも、その“指示”だった。
でも、彼は嘘をついた。『逃げた先が美月の部屋』じゃない。
“彼女を、屋上で突き落とした”のが、真実です」
【は? 伊藤、マジで?】
【じゃあ自殺じゃなくて他殺?】
【全部裏で繋がってたんだな】
【てか蓮、なんでそこまで知ってんの?】
結衣:「あのとき、蒼くんはどこに……?」
蓮の返答は、まさに地鳴りのようだった。
「……彼は、すでに屋上にいなかった。
彼が見ていたのは、別の監視カメラ。
つまり――“事件当時の録画データ”を見ていたんです」
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場面が切り替わる。
映し出されたのは、静まり返った警備室のモニターの前で、何かを握りしめている田中蒼だった。
その手には、過去の録画データのUSB。
「やっと……思い出した。
あの日、俺は“真実”をずっと見ていたんだ。
でも……怖くて、誰にも言えなかった。
美月が死んでから、ずっと、見ないフリをしてた」
モニターの前で、蓮が微笑む。
「さあ、蒼くん。
次は君の番だ。“証言者”ではなく、“証拠提出者”として」
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