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──あの時、まだ「死」というものを軽く見ていた。 だから爆弾の前に立とうと、怖くはなかった。
爆弾を抱えて走ったあの日も、教会が真っ白に包まれた瞬間も、爆発した時ですら笑っていた。
けれど怪我をしてみて、初めてわかったことがある。
皮膚が裂けて、血が出ると──痛いんだ。
火傷はしばらく、ヒリヒリして、動かすたびに喉が鳴った。
Aは泣いていた。
本当に泣きじゃくっていた。
その日の夜も次の日も思い出して泣いていた。
怖かったから泣いていたんだ。
きっと、ほんとうに、死んじゃうんじゃないかと思ったから。
でも、ワイミーさんのおかげで助かった。
あのとき、全部守ってくれた人は、爆風で背中に大火傷を負った。
その後、ロロが駆けつけて、全員を抱きかかえるようにして救出してくれたが、病院はどこも閉まっていた。
仕方なく、彼は大通りを越えて、隣町まで運んでくれたが──その時、ロロの顔は真っ赤だった。泣いていたというより、号泣していた。
爆弾を設置した犯人は、影だけを地に残して消えた。
正確には“焼き付いた”のだ。
臓器が蒸発し、体は原型を留められないほど悲惨に──体の中が爆発するようにキリスは即死した。
地面に、床に、壁に──彼の影は今でも残っている。
そして、あの少年──ローライト。
あの時、ケーブルに伝う熱を止めるために使ったドライアイスの煙と二酸化炭素を吸い込み、呼吸困難に襲われた。
肺が痙攣して、酸素が入らなくなって、あの後──“心停止”した。
そう。
心停止。
──それは、まるで必然のようでもあった。
彼の身体は、生まれつき弱かった。
早期出産の影響で、肺の成長が追いつかなかったのだ。
医師からも何度も言われていた。
「寒冷環境や酸素の薄い場所では、呼吸困難を起こす危険がある」と。
けれど、それでも彼は、逃げなかった。
自分の手で“光”を止めようと教会まで走ったのだ。
誰よりも幼く、誰よりも勇敢だった。
そして──あの少年は、確かに天国へ登った。
父と母のもとへ、還っていった。
……だが、その小さな手を、繋ぎ止めた者がいた。
──キルシュ・ワイミー、彼である。
大火傷を背負った状態で彼に心臓マッサージを行った。
その時の衝撃は今でも覚えている。
まさかだった。
“寿命が来ていなくても死ぬことがある”とは思わなかった。
だが──同時に思う。
あの時、少年が持ってきたドライアイスが無ければ、爆弾内部の熱はさらに上がり、金属は暴走していたはずだ。
冷却によって、臨界は遅れた。
だからこそ、放電も、退避も、命の救出も、小さく──間に合った。
結果、爆弾は5つのうち3つが爆発した。
でも──世界は、それ以上に驚愕した。
正体不明の8歳前後の少年が、命を懸けて最後の一発を止めた──その事実が、世界中を震えさせたのだ。
なぜ、あれほど派手に動いたのに、いまだに“L”の性別も年齢も不明なのか。
それは、このウィンチェスター爆弾魔事件の時、緊急避難命令が発令されていたからだ。
電磁パルスの影響で監視カメラはすべて死に、誰一人としてLをLだと認識して姿を目撃した者がいなかった。
人々が知るのは、ただ──“光を止めた子供がいた”という伝説だけ。
しかし、もちろん死者は出た。
怪我人も多かっただろう。
でも、それでも──
想定より遥かに、遥かに少なかった。
“都市の消滅”まで言われていたあの爆発は都市半分の被害で収まり、むしろ、あの爆発はちょうど良かったのかもしれない。
「ルミライトの危険性」を、不足なく“見せつける”には。
人類は初めて、「科学は万能じゃない」と知ったのだ。
火を生み、電気を得て、原子を割り、光さえ操ってきた人類が──その手に握った“光”が、どれだけの影を落とすかを──ようやく、思い知った。
世論は変わった。
世界も変わった。
彼の名前が、世界に輝き出したのは──この事件の、直後からだ。
……そう。
“ウィンチェスター爆弾魔事件”。
その名が付けられた頃には、彼の存在はすでに、“国家”ではなく、“世界”に手を出していた。
それにしては、「ウィンチェスター爆弾魔事件」なんて──まるで世間が付けた雑なラベルは彼の活躍と相応しくない。
爆弾に手を伸ばし、燃えるケーブルを停め、その身を呈してまで奔走した事件だ。
だから、勝手な解釈だが、この事件はこう呼びたい。
Light Up the Change the World──と。
世界を照らし、世界を変える。
……ん?
ダサい?
──その通りだよ。事件名なんて、いつだってダサい。
ロサンゼルスの事件だってそうさ。
誰が名付けたか知らないが、“藁人形事件”だの、“BB連続殺人事件”だの。何がどう連続で、どこがBBなんだ。そもそもBBなんて、誰のこと言ってる?
──事件の名前だけが一人歩きして、中身なんて見ちゃいない。
そこに何があったのか。
誰が起こして、何が起こって、動悸は何か。
そんなこと、誰も知らない。
知っているのは、“その時、そこにいた人間”だけ。
事件というものは「事実」である以前に、「語られる物語」なんだ。
人に届けるには、ただ起こったことを並べても駄目だ。
強烈な“インパクト”と、“主張したいこと”がなければ、誰も振り返らない。
だからこそ──最高の事件名というのは、最高のプロポーズに似ている。
だからもう一度言おうか。
“Light Up the Change the World”。
──ああ、やっぱりイマイチだ。
だけど、この世界で一番、輝いてる。
あなたのように。
目が眩むほど、眩しい──
❅❅❅
ヴォクスホロウ研究所・第六実験室。
それは今や、ひとつの廃墟だった。
壁には焼け焦げた痕、床の一部には溶けたタイル。
それでも、中央の実験台だけは──奇跡のように、形を残していた。
「……」
少年は、歩を進めた。
あの時の光の記憶。
あの時、誰かが庇ったあたたかさ。
その全てが、この部屋に焼き付いていた。
──まだ、“彼らの影”はそこにある。
ワイミーは、背を向けたまま立ち尽くしていた。
白衣は歳月に黄ばみ、眼鏡の奥の目は、かつてよりも沈んでいた。
それでも、彼はそこにいた。
「……ワイミーさん」
少年の小さな声。
そして、ぐい、と白衣の裾が引っ張られた。
ワイミーがゆっくりと振り返る。
その顔を見上げる少年の目は──もう、あの日の幼子ではなかった。
親を求めず、愛を知らず、ただまっすぐに“願い”を伝える瞳。
「名前が──ほしいです」
ワイミーは一瞬、返す言葉を失った。
その子の足元に、二つの影が重なっていた。
一つは、ドヌーヴのもの。
もう一つは、コイルの影だ。
焼き付いたまま消えなかった──命のかたち。
そこで確信した。
(やはり、この子は……彼らの息子だったのか)
ワイミーは、ゆっくりと目を閉じる。
(この子はもう、光の意味を知っている。影の暗さも、正義の代償も、すべて背負ってきた。ならば──私が名を与える理由は大いにある)
確かに、ワイミーは言った。
「……ああ。君に、名を与えよう。君の名は──L(エル)だ」
少年は、驚いたように目を見開いた。
その瞳に、光が灯る。
「それは、正義を継ぐ者の名前だ。世界が再び闇に呑まれるとき、人々が希望を失ったとき──その名は、きっと、誰かの“光”になる」
「……L……」
少年は、胸元に手を添えて、その名を抱くように呟いた。
「ありがとう、ワイミーさん。これが……《無償の愛》ですか?」
問いかけに、ワイミーはほんの一瞬だけ、目を伏せた。
それからゆっくりと少年の頭に手を置き、頭を撫でた。
「そうかもしれない。いや──君が、それを“そうだ”と思うなら、きっとそうなのだろう」
愛と正義を受け継ぎ、世界を照らす子供達──そんな子供達で溢れたら──世界は変わっていくと思うんだ。
そして──
Lはワイミーズハウスで育ち、あのウィンチェスター爆弾魔事件から、幾年の年が流れた。
世界が新たな時代を迎える頃、ひとりの青年Lが、闇に沈む数々の事件を己の“光”によって照らし始めた。
L──そう呼ばれる彼は、年齢も、国籍も、素顔すらも公には明かされていない。
だが、その名が記されれば、戦争すら止まると噂される存在となった。
無数の殺人事件、密室トリック、国家規模のテロ計画──どんな絶望の渦中にも、Lの名はあった。
彼は、正義の代弁者ではないけれど、誰かの復讐でも、誰かの代行でもない。
ただ──自分で選んだ信念に従って、答えを探し続けている世界最高峰の探偵だ。
“照らすために、生きている”青年──
そして、2002年の今──
Lの伝説の事件のひとつ──
『BB連続殺人事件』という超難解事件に足を踏み入れていた。
爆弾ほどの派手さはない。
世界に向けたメッセージもない。
これは、BがLに挑戦したパズルだ。
第4の事件まで──あと、もう少し。
──生まれてすぐに授かるものを、“無償の愛”と呼ぶのならば、
この“目”は──
この“名前”は──
父と母からの無償の愛だったのかもしれない。
この目を授かった事で不幸だったなんて思わない。
ただ少し、少しだけ──
生きずらかっただけだ。
失礼。
──無駄話は終わりだ。
そろそろこの《遺書》は閉じよう。
でも、それでも、
次に“語ることができるなら”──
“Aが自殺するきっかけとなった、あのバイオテロ事件”──それでも語るとするか。
──Lの名を継ぐものへ。
この事件の真相と“L”の物語を──
──“ニア”、君に託す。
Lの名を継ぐということは──Lが抱えた“無償の愛”を受け取るということだ。
それは、決して重荷ではない。
進む道を照らす“光”になるだろう。
以上、ウィンチェスター爆弾魔事件。
“Beyond Birthday”より。