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何度も何度も繰り返し見る夢がある。
眠るのが怖い。何度も同じ夢を繰り返しても慣れる事は無い。夢の中でも涙が溢れて止まらない。僕が悪い事は分かっている。お願い…何でもするからもう許してよ。どうしたらまた笑ってくれるの?
尚人…。
◆◆◆◆
泣いている自分の声で目が覚めた。
目が覚めた事がわかっても、すぐに喉を押し潰される感情に、現実でも飲み込まれてしまう。
「う…うー……。」
頭を抱えながら自分を守る為に小さくなる。
内側からの攻撃に太刀打ち出来ずに、また今日も泣く事しか出来なかった。
・・・・
母から連絡があった。
『久しぶりに帰っておいでよ。』
正直地元には帰りたく無かった。
自分を捨てておきながら調子良く連絡をしてくる無神経な母や、尚人との思い出からも逃げ出しても完全にそこを離れる事は出来ない。地元へ帰ると、ある一定の場所で境界線の様なものが見える。ここから先は地獄。そう思いながら、他の人には見えない境界線を超えてその先へ進んでいく。駅からバスに乗り、20分程の場所に今の母が住む実家がある。実家とは到底思えない。普通に他人の家。
皮肉な事にバスから降りると、かつての恋人と過ごした思い出の場所が多くある見慣れた道のりを歩かなくてはいけない。
『あ、ここの公園…。』
夜中になら誰も見られないので、尚人と手を繋ぎながらコンビニへ行って、帰りに寄り道をした公園。そこで何度もキスをした。今でもあの時の手の温もりや繋ぎ方の癖が思い出される。切ない思い出に飲み込まれそうになってしまう自分を現実へ引き戻した。ボーッとした中途半端な気持ちに引っ張られながらも顔を上げると、その公園で家族連れが楽しそうに遊んでいる姿が見えた。
今日って厄日だったかな…。一瞬で身体が凍りついて動けない。忘れる筈がない。後ろ姿だけで誰だか分かってしまう。目の裏側、脳の奥深い細胞のひとつひとつが彼だと叫んでいた。
……そこには、砂場でしゃがみながら小さい子どもと遊ぶ尚人の姿があった。尚人は…幸せそうに笑っていた。キャッキャ楽しそうに遊ぶ男の子。尚人の子どもなのは明らかだった。笑顔が彼にそっくりだ。
どうしようもなくこの場から消え去りたい気持ちになった。『なんでこんな時に、なんでこんなタイミングなんだよ。なんでなの…なんで…。僕はどうしてこの光景を見せられているんだろう。』一気に現実逃避した。これはフレームの中の世界で、僕はそのフレームの中の出来事を鑑賞しているだけの傍観者なんだ。
・・・・
実家には行かずそのまま歩きながら駅へ向かい、家に帰った。帰るのと同時にトイレへ駆け込むと大量に吐いた。気持ち悪い。足も痛い。身体の痛みが、あれが現実だと突き付けてくる様だった。
あぁ…悪夢だ。いっその事、あれもこれも生きている事さえも悪夢だったら良かったのに。寝ても覚めても救いが無い。その夜熱が出てもっと動けなくなった。
・・・・
保育園には暫く休む連絡を入れた。頭も身体も痛い…。今が何時なのかも分からない。何度も玄関のチャイムが鳴る音がする。「う、るさ、…」なんとか目を開け、壁伝いに玄関へ行きドアを開けた。
「都希?!!おいっ!!大丈夫か?!」
「ち、かげ?」足に力が入らず座り込んでしまう。
「マスターから熱で休んでるって聞いて、心配してたから代わりに来たんだけど、だいぶヤバいな。」
「今日、平日…なんでいるの?…帰って…。病院行って無いから、何の病気かわかんないから…。」
「そんな事は良いから、いつも行ってる病院ってどこ?!連れて行くから教えろ!」
千景に付き添ってもらいながらタクシーで病院へ行き検査をした。あまり上手く説明出来なかったけど、疲労からくる風邪との診断だった。
身体が熱い…。熱が高いのが分かる。目を開けてもあまり焦点が合わない…。
『苦しい…。いつになったら楽になれるの…こんなに辛いなら早く死にたいよ…。ねぇ神様…いつになったら死ねますか?…』
・・・・
どのくらい時間が経ったのだろう。目を開けると部屋の天井が見えた。どこだここ…。僕の家じゃないのは分かった。
「やっと起きた…マジで心配したわ。」かろうじて声のする方を向くと千景が心配しているのか困った顔でベッドの傍に座っていた。
「千景…。」
「大丈夫か?かなり辛そうだったから、看病する為に病院の後そのまま俺の家に連れて来たんだ。その方が俺も看病しやすいからさ。」
何故か涙が溢れた。
「おい、大丈夫か?泣く程辛かったのか?」
誰かが傍に居てくれた事がこんなに嬉しい事だったなんて…。今まで感じた事がなかった。
「…ありがと…。」
千景の困った様な笑顔を見て、次は涙で前が見えなくなった。
「千景…。」
「どうした?良くなるまでちゃんと面倒見てやるから安心しろよ。」
涙で千景の表情は見えなかったけど、優しい声でどんな顔で僕に話しかけてくれているのかは充分に伝わって来た。
「おみず…。」
「ほら、身体少し起こしてやるからストローから飲め。」そう言ってゆっくり起こして飲ませてくれた。
「な、んで…(こんなに良くしてくれるんだ…僕はただのセフレだよ。)」言葉が出なかった。
「辛そうにしてたら心配するのは当たり前だろ。」
僕の身体を支えながら布団に戻してくれた。千景に優しくされた事が嬉しいのか悲しいのかどっちつかずな感情がポタポタと涙となって溢れて止まらなかった。
僕はなんて弱いんだ。この体調不良の原因は僕の弱さだ。身体がまだ重くて痛い。いつか事痛みが思い出になる日が来るのかな…。
その夜も高熱にうなされた。起きると笑顔の千景が居て、眠ると冷たい尚人が現れた。公園で子どもと遊ぶ尚人の笑顔を思い出しては、夢の中の尚人にも笑っていて欲しい。そう思った。
◆◆◆◆
きっとまた兄貴の夢を見ているのだろう。都希くんの様子から、頻繁に兄貴の夢を見ている事がよく分かった。さっきも起きた時に泣いていたし、今は眠りながらまた泣いている。都希くんと兄貴の事を知っているからこそ、余計に今の都希くんの姿を見ていて辛かった。早く元気になって欲しい。もし、都希くんに今の兄貴の話しをしたら悪い夢を見なくなるのだろうか…。それには俺の正体を明かさなくてはいけない。都希くん、ごめん。君がどんなに泣きながら眠っていても、俺はまだそんな君の傍にいたいんだ。