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「 未来への歩幅と、ひとつの誓い 」
あれから、季節は少しだけ巡った。
発作の回数は減ったわけではない。
むしろ、ある日突然戻ることもある。
でも、俺の周囲には、もう“ひとりぼっちの
空間”はなかった。
ジェルはいつも隣にいてくれた。
ころんは冗談を飛ばして笑わせ、
るぅとは実用的な工夫をして負担を
軽くしてくれた。
莉犬は、絵本だけでなく、録音した
「子守唄」まで作ってくれた。
なーくんは、「大丈夫。君の代わりはいない」と言い切ってくれた。
みんなが、いる。
ある日、発作が起きなかった日があった。
その日俺は、初めて自分から「リハーサルに出たい」と言った。
「もちろん無理はしないでくださいね?」とるぅとが言った。俺は笑って返した。
「大丈夫。今日は、“お兄さん”の気分だから」
ジェルはその横顔を見て
ぐっと胸が熱くなった。
彼はもう、ただ守られる存在じゃない。
“自分の弱さ”も、“子どもの自分”も、
まるごと抱えて、未来に進もうとしていた。
その日のリハーサル後、さとみとジェルは
ふたりで夜の街を歩いていた。
人通りの少ない並木道。蝉の声が遠くで響く。
「ねぇ、ジェル」
「ん?」
「俺さ、“治す”って言葉、 最近使わないでいいように頑張ってるんだ」
「……それ、どういうことや?」
さとみは、空を見上げながら答えた。
「“治る”んじゃなくて、“付き合っていく”っていうのが、正しいのかなって思った。子どもの俺も、大人の俺も、どっちも俺で……どっちも必要だったんだよ」
ジェルはゆっくり頷いた。
「せやな……俺もそう思う。どっちも、お前や。俺は、その全部を好きになったんやから」
「……ありがとう。あのとき、言ってくれてなかったら、俺……壊れてたかも」
「違うで。それでもさとみは立ち上がった。俺が言葉をかけたのは、きっかけにすぎへん。お前が自分で歩いたんや」
言葉を重ねるうちに、さとみの目に光が宿っていた。 迷いのない、未来を見つめるまっすぐな瞳。
そして、夜。
ふたりは静かにベッドの上に座っていた。
照明は落とされ、カーテンの隙間から月の光だけが差し込んでいる。
「……ねぇ、ジェル」
「ん?」
「……キス、してもいい?」
小さな声だった。でも、それは紛れもない
“本人の意思”だった。
ジェルは何も言わず、そっと頷いた。
そのまま、互いに顔を寄せ、唇を重ねた。
短く、優しいキスだった。
でも、すべてがそこに詰まっていた。
過去の痛みも、弱さも、寂しさも。
そして、未来への希望も
翌朝。
カーテンを開けると、まぶしい朝日が差し込んだ。
「……おはよう、ジェル」
さとみの声はしっかりとした“大人”のトーンだった。
でも、その瞳の奥には、かすかに“子ども”のやわらかさも残っていた。
「おはよう、さとちゃん」
ジェルが笑う。
「今日も、一緒にがんばろうな」
「うん、一緒に生きていこう」
ふたりの手が重なった。
その手は、弱さを認め合った者同士の、何よりも強い結びつきだった。
エピローグ
数ヶ月後、活動の合間に行われた
ファンイベント。
さとみは、いつものようにステージに立っていた。
けれど、その表情は以前よりもずっと穏やかで、優しかった。
「……実は、俺……ちょっとだけ、病気持ちなんです。」
突然の告白に、客席が静まる。
「でも、怖がらなくて大丈夫。俺には、支えてくれる仲間がいるから」
その言葉に、横にいたジェルが そっと肩を
抱いた。 ころんがウィンクし、莉犬とるぅとが小さくガッツポーズを決め、なーくんが
深く頷いた。
「だから、これからも、俺たちのこと──ずっと、見ててくれよな」
客席に、あたたかい拍手が鳴り響いた。