仕事や学校、進路、金銭問題、人間関係、これからの生活、その他諸々。年齢に関係なく、誰にだって色んな悩みや疲労を抱えながら日々を忙しく過ごし、ある日急にぐったりと疲れ切ってしまう時があると思う。そんな時は決まって身体に力が入らず、色々やる事をやらなきゃと思っていても、何もしたくない、だらだらしていたい、甘やかされたいと頭の中は煩悩だらけ、なかなかやる気は出ない。
そうして時間だけが過ぎていって、結局倒れたまま何も出来なかったりする。
現に今、私が今そのような状態でソファの上に寝転がり、無気力感に包まれながら天井をぼーっと眺めている。悩み事を考えるのも嫌だし、本当はやるべき事はいっぱいあるし…、とモヤモヤする時間もまたストレスなのだ。
「しかめっ面してどうしたの?」
ソファに倒れた私の顔を覗き込む私の彼氏はスマホのゲームがひと段落したようで、気まぐれに私に話しかけに来た。
高校生の時に知り合った私の彼氏の凪誠士郎は、今ではもうプロのサッカー選手だ。そんな彼もマイペースでかなりの面倒くさがりな性格だが、忙しいながらブルーロックの経験を糧にサッカーに熱意を持って練習や試合に明け暮れた日々を過ごしている。
「えっ?特に何も無いよ大丈夫〜」
私はへらへらと平然を装い、虚勢を張りながら誠士郎に軽く返事をする。変な所で無駄に意地を張るのは、私の悪い癖だ。
私は、誠士郎に甘えたい気持ちを我慢している。
誠士郎は、サッカーの練習や試合で疲れて帰ってきた時、「疲れた〜ねえ癒して〜」とこちらに擦り寄って私に甘えてくる。
そんな所がまた可愛いのだが、案の定私はいつも甘えるよりも甘やかす方が圧倒的に多いし、彼自身も鈍感な所があるため、自分から、それこそ面倒くさがりな誠士郎にべったりと甘えにいく勇気が無かった。
彼もサッカーで忙しいと思うから気は使わせたくないし、逆に甘えにいったとして、誰に対しても良く言えば素直、悪く言えばデリカシーの無い男、凪誠士郎。
「うわ、めんどくさ」
そんな事を言われたら終わりである。立ち直れる自信がないし、確実に落ち込む。
それでもやはり少し寂しい気持ちはあって、本当は大好きな誠士郎に沢山甘えたい。
誠士郎の「どうしたの?」という問いかけ。
なんか色々疲れたから甘やかして!!などと、小心者な私の口から言えなかった。
しかし彼の帰ってきた言葉は意外なもので。
「〇〇、なんか我慢してる感じがする。」
思ってもみない誠士郎の返答に、私はだらけて寝転んでいた身体を起き上がらせた。
「えっ、な、なんで?」
「何となく。」
ちょっと疲れてる感じもするし…と、誠士郎は私の頬に手を添えた。そして、真っ直ぐな目で私を見つめて、今度は優しく頭をなでる。
「ねえ、俺言ってくんないとわかんない。」
お前の心の中なんかお見通しだ、とでも言っているようだった。
私の事に気づいていて尚、私の口から話させようとする所がまたずるい。ずっと我慢してたのに。
その真っ直ぐに私を見つめるライトグレーの澄んだ瞳は、こんな甘える事に不器用な私を逃がすつもりなどさらさらないらしい。
だんだんと、心臓の音が高鳴っていく。
「せ、誠士郎。」
「うん。」
「あのね、私」
今まで溜め込んでいた本音が少しずつ零れていった。
誠士郎はゆっくりと相槌を打ってくれる。
「本当は私、せ、誠士郎に甘えたくて」
「うん。」
「いつも甘やかす側だったから、どうやって甘えたらいいかわかんなくて」
「うん。」
「誠士郎に気使わせたくなかったし」
「うん。」
「もし甘えても、誠士郎にめんどくさいって思われたらどうしようって」
「…うん。」
「ずっと我慢してたんだけど…やっぱり私…」
「そっか。話してくれてありがと。」
そう言って、誠士郎は私を抱きしめてくれた。私を抱きしめる誠士郎の大きな身体は、優しくて温かかった。
「俺〇〇が甘えてくれるの全然めんどくさくないよ。」
「ほんと?」
「うん、俺も〇〇の事ずっと甘やかしたかったから。」
顔を上げると、普段眠そうであまり表情は豊かではない誠士郎が、少し嬉しそうな顔をしていた。
「でも俺もあんまり甘やかし方分かんないから、〇〇がして欲しいこと言ってよ。俺何したらいい?」
「いいの?…えっとね、じゃあ…」
こうして私は誠士郎に今まで我慢していた分、沢山甘やかしてもらうことにした。頭をよしよししてもらったり、背中をさすってもらったり、いっぱい抱きしめてくれたり。
恥ずかしかったけれど、誠士郎がしたいと言って引き下がらなかったので、キスも沢山してもらった。
色々誠士郎も頑張ってくれたのだが、その中で私が嬉しかったのは、
「〇〇頑張ってて偉い」
「お疲れ様〜」
「よしよし」
と、甘やかす時に些細な短い言葉ながら、誠士郎なりに、私に優しい言葉をかけてくれたことだった。普段滅多に聞かない優しい一言一言は、疲れきった私の心と体に染み渡る強力な薬みたいなもので、大好きな彼氏の言葉の力は計り知れないのだと心の底から思い知った。思わずボロボロに泣きそうになったし。
時間はあっという間に過ぎ、もう寝る時間になってしまった。沢山甘やかされた私は、誠士郎に添い寝をしてもらっている。いつも一緒に寝ているが、やはり大好きな彼氏のそばに居るのは本当に落ち着く。
「ねえ、〇〇。」
「なに?」
「俺、〇〇に甘やかされるのも好きだけど、〇〇を甘やかすのも結構楽しかったよ。」
「ほんと?」
「うん、楽しかったし嬉しかった。あと可愛かった。」
「かっ…!?」
「そうやって動揺する所も可愛い。」
「ちょっ、ちょっと!!」
「好きだよ〇〇」
「はっ恥ずかしいから急にやめて…!?」
「なんで?彼氏なんだからいいじゃん。」
急に人を照れさすような言葉をぶち込んでくる所がまた誠士郎らしい。
誠士郎は大きな手で私の頭を撫でる。
私がうとうとと幸せな眠気に襲われる中、誠士郎は穏やかな表情で私を見つめた。そして、一日を終える一言を添え、そっと唇にキスをする。
「甘えてくれてありがと。おやすみ。」
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