「好きに使って」
用意された部屋は、十分過ぎる広さだった。
「ありがとうございます」
そこから沈黙が走る。
出ていくかと思われた立花がずっと居座っているためだ。
「…寝ないんですか?」
「寝るわよ。でもお泊まりって言ったら寝る前のお喋りが定番じゃない」
まだ話したかったらしい。
そうなのか?と疑問を浮かべつつ、ベッドに腰を掛ける。
「何を話すんですか?」
「うーん、恋バナ?」
「…したことないし、話せることも無いですよ」
隣に腰掛ける立花が驚く。
「したことないの!?」
「はい」
「誰かに昔告白されたとか、好きな子がいたとか…」
「ないですね」
「えー、つまんない」
そんなこと言われても。
そう言いつつ楽しそうに立花は続ける。
「あ、でもこの間隣のクラスの瀬戸と一緒にいるとこ見たわよ」
思わぬ名前が飛び出たことに驚く。
「仲良さげだったけど、付き合ってないの?」
「ないですよ。瀬戸は…ただ委員会が同じなだけで」
「へぇ。でもこれから発展する可能性はあるんじゃない?」
「いや、ないでしょ」
どう考えてもない。
しかし「分かんないでしょ」と楽しげに雪乃の肩を小突く立花。
「立花さんは?何か無いんですか?」
話を変えるようにそう聞き返せば、「あるっちゃあるかな」と目を閉じる。
「私に言い寄ってくる男は五万といたわ。全部突っぱねたけど」
「…だから変な噂が流れてるんですかね」
お昼に現れたあの女子たちの話でも出ていたが。
「ほんとに。作り話ばかりで反吐が出るわ」
そう言った瞬間、雪乃はここしかないと、口を開いた。
「そうですよね。人の彼氏奪ったとか、ポケモンを傷付けたとか、嘘ですよね?」
笑顔で問いかければ、「当たり前でしょ」と返ってくる。
「私そんなに暇じゃないから。もしかして、疑ってたんじゃないでしょうね?」
眉を顰めながらそう詰め寄られ、仰け反る雪乃。
「う、疑う訳ないじゃないですか。ちょっと聞いてみただけですよ」
「…ふーん。なら良いけど」
離れる立花に息をつく雪乃。
良かった、やはりポケモンを傷付けた容疑者は立花ではないらしい。
となると、後は立花をどう守っていくかだが。
「…草凪さんって、何か弱みとかあるの?」
突然そんな事を聞かれた。
「何ですか、突然」
「いや?私と同じで隙がなさそうだったから、何か弱点とか無いのかなって」
「…ないですよ」
「嘘。あるでしょ何か。私も話したんだからあなたも話しなさいよ」
「無いです弱点なんて。私は無敵です」
「そんな人間いるわけないでしょ。虫が苦手とか、怖い物とか、嫌いな食べ物とか、これだけはダメってもの、何かあるでしょ」
そう言われパッと思い浮かんだのは1人の人物。
2年の教室の前で会った、あの緑色のパーカーを着た男子生徒。
思い出しただけでゾワッと鳥肌が立ち、首を横に振った。
「無いです。何も怖いものなんてありません」
そう言い張る雪乃を、立花は疑いの目で見ていた。
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