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世界中を巡り、邪神の影響を受けて荒れていた地上を元通りにしたのが私の女神としての始まり。
それから地上に降り立ってハーモニクスを解除した私たちだが、周りに数えきれないくらい大勢の人が押しかけてくるものだから、あたふたしてしまったのはよく覚えている。
そしてみんなと一緒に人の波にもみくちゃにされる中、助けてくれたミーシャさんやヨハネス団長、ライゼさん、そしてティアナなどには今も感謝している。
大変だったのはその後だ。
私たちの力で自然環境は元に戻せて、平和な世の中になったとはいっても、この数年でボロボロになった国々の基盤はどうにもできない。
しかし、ラモード王国やグローリア帝国などの大国が積極的に他国の復興に力を貸してくれたのはありがたいことだった。
グローリア帝国の方はまだまだ微妙な立場だが、疲弊しきっている現状では周辺国も手出しをする気はないようだ。
それに折角、邪神の軍勢との戦いに終止符が打たれたというのに、また戦争なんて起こすのは世論的にも避けなければならないのだろう。
後はどこまでイルフィが上手くやれるかどうかだった。グローリア帝国は国内も国外も問題がまだまだ山積みだ。
そんな国の皇帝であるイルフィとは公の場でも何度か会っているが、毎度疲れも顔に出さず気丈に振舞っている。
私的な場も設けては少しずつ個人的な交流を重ねているのだが、これもまた意外なことに彼女とは随分と気が合った。
最初は呼んであげているという感じが強かった愛称も、今では自然と口に出ている。
出会いとしては最悪の部類だが、交友関係とはわからないものだ。
私とイルフィが随分と仲良くしているものだから、それにティアナは少し嫉妬しているらしい。
でも苦手意識を持っていたはずのイルフィにも対抗意識からか物怖じすることなく話せるようになったので、結果的には良かったのだろうか。
そこにラモード王国の王女ショコラも加わった関係性を構築できたので、どうにかこれを支えにイルフィには頑張ってもらいたいものである。
そんなこんなで復興問題が解決する目途が立ったことで、今度はミンネ聖教団の在り方も考えなければならなかった。
それまで崇めていたミネティーナ様が亡くなったから、私という新しい女神に鞍替えします……なんて言うほど簡単にはいかない。
教団外部だけでなく、内部からも反発が起こることを想像するのは容易だ。
それにこれまでは魔泉の異変や邪魔という存在があったからいいが、容易に他国に干渉することができる立場や戦力を持つ聖教団の在り方はいずれ不和を呼ぶことになるかもしれない。
世界の警察官のようなシステムをこれまで通りに続けていくべきなのかも、他国とよく協議して決めていかなければならないそうだ。
だがどうも私が考えていた以上に、救世主が新たな女神となったという事実を人々は好意的に捉えてくれているらしい。
こんな庶民的で威厳もなく、頼りない女神で本当に良いのだろうかと思わないでもないが、受け入れてくれているというのは決して悪い気分ではない。
それにこの結果は私たちがみんなで頑張ってきたからこそ掴み取れたものであると考えれば、誇らしいものへと変化する。
それに精霊信仰はしっかりと人々の間に生きているため、私が女神としての求心力に欠けていたとしてもどうにかなるだろうと少し楽観的にも考えていた。
失ってしまった霊堂の再建も考えなければならない。
あれは精霊信仰が続いていく限り人々の心の拠り所にもなるうえに、魔素の安定にも繋がる大切な場所なのだ。
でもまだすぐに対応する必要もない。それはまた追々考えていけばいい。
とはいえ、それ以外の問題は今も聖教団の人が協議に明け暮れている。
女神とは言っても私は運営する立場とも全く関係がないうえに、宗教的な思想とか教義とかはさっぱりなのだ。
名前は使ってもらってもいいし、個人的な協力や応援もするがこちらから何かを望むことはない。
だが教団にはこれまでお世話になった分、どうにか上手い立ち位置に収まってくれたらいいなと思っている。
そんな人間の問題は概ね人間たちが中心となって解決していくので、私たちにとっては大変なことではない。
私たちが重きを置いて考えなければならないのは、女神と精霊の役割の方にある。
引継ぎも何もあったものじゃないので、手探り状態で始める必要があった。
しばらくは神界にあるミネティーナ様の屋敷にある資料を端から読み漁っていた私たちだが、そこで得た結論は1つだ。
――思ったよりも大変じゃなさそうだな。
女神である私と精霊であるコウカたちの役割は世界の安定を維持することなのだが、いつかミネティーナ様が自慢していた世界の調整機能というシステムが優秀で、大体のことはこれに任せればいいらしい。
それでも大きな変化が訪れるであろうここ数年から数十年の内は注意深く見守っていく必要はありそうだが、それも頻繁に気にする必要まではなさそうだ。
またここ最近で早速訪れた世界の変化として、魔素の質の変化が上げられる。
少しずつではあるが、魔素の純度が増している場所があるようなのだ。神界は特に顕著で、みんなも過ごしやすく感じているという。
このまま行けば近い将来、再び世界に精霊が生まれ始めるかもしれない。
魔素の質が変化しているのは私の影響が大きそうだし、それなら精霊が生まれるために重要となるマナだって少しずつ魔素の中に溶け込んでいるだろう。
精霊の存在は魔素を安定させてくれるから私たちとしてもありがたいし、純粋にみんなの後輩ができるのは楽しみなのだ。
その先で人と精霊がどのように関わっていくのかもしっかりと見守る必要がありそうだとは、あの子たちとも話している。
精霊と言えば、精霊としては半人前とレーゲン様が言っていた通り、みんなはまた1度ずつ進化を果たした。
種族としてはスピリチュエールスライムというらしい。きっとあの子たちがスライムであることはこれからも変わらないのだろう。
だがこの進化で彼女たちはスライムと精霊の特性を兼ね備えた完全なハイブリッドと化した。
分かりやすい変化としては、全員がそれぞれの魔法属性とその派生属性への完全な適性を手に入れたこと、そして出し入れ可能な半透明の羽を手に入れたことで自由に飛べるようにもなったことだ。
後は魔素の制御能力も飛躍的に向上している。
ただ外見的には全く成長しなかったので、一部の子が非常に残念がっていた。ダンゴとか……ダンゴとかだ。
実力としては技術的な面でまだまだ未熟だとしても、能力的にはただの大精霊を凌駕した彼女たちの新たな呼び名も考えておかなければならなくなりそうだ。
みんなはいずれ、精霊たちを統べる立場となるはずなのだから。
長、将軍、王――いや、姫か。うん、可愛いあの子たちにもピッタリだ。
「あっ、この花ってこの辺りにも咲いてるんだ」
「ダンゴちゃん~なんて花なの~?」
「えへへ、えっとね――」
「……雛菊」
「あっ! 何で言っちゃうんだよぉ!」
これからはこの世界も、人々も、そして私たち自身にも様々な変化が訪れるだろう。
でも変わっていくことは決して怖いことではない。
きっと変わっていく中でも変わらない大切なものがあるはずだから。
「こうなったら……へへっ、もーらいっ!」
「あっ、アンヤのチョコレート……! 返してっ……!」
「別にいいだろ、1個だけなんだから」
「姉さんはいつもそう……! 塵も積もれば山となるってことわざがある」
私のそばにはみんながいる。
だったら何も恐れることなんてないのだ。
「もう~ケンカは駄目ですよ~。ほら~ダンゴちゃんも~返してあげて~?」
「えっ、吐き出せってこと!?」
「……それは……ちょっと……」
そんな私たちは今、大きな門出を迎えている。
――新たな旅を始めたのだ。
「あの子の冗談は冗談って分かりにくいのよね」
「もう、相変わらずですね。……ねぇ、地図によると少し道を逸れた先に湖があるみたいですよ。寄っていきませんか?」
「良いわね。どうせならそこでお茶にしてもいいし」
「あたしも賛成。匂い的にも多分、結構きれいな場所だと思うからゆっくりできそうだね」
ミネティーナ様に言ったこととは違うが、この旅には明確な目的はない。強いて言うのであれば、みんなと一緒に世界を巡るための旅だ。
そこではきっと様々な出会いだってある。行ったことのない場所ややりたいと思うことだって出てくるだろう。
「さて、ここに3票が集まったわ」
「えっと~何の話~?」
「近くに綺麗な湖があるんですよ。シズクのお墨付きです」
「わぁ~すてき~」
気の向くままに旅を続ければたくさんの思い出もできて、自然と好きなものは増えていくのではないかと私は考えているのだ。
「はい、そこに行きたい人」
「えっ、行きたい行きたい!」
「……アンヤも行きたい」
「はい、決まりね。……と言いたいところだけど、まったくもう……あの子ってば」
私の視界の先に誰かの足が映り込む。
何事だろうかと視線を上げようとしたその時――私は地面から少しだけ顔を出していた岩に躓いてしまった。
何とか堪えようとしたが無理だ。傾いた体が地面へと倒れ落ちていく。
これから襲い掛かってくるであろう衝撃と痛みに身を固くしていた私であったが――いつまで経っても痛みは襲ってはこない。
それはみんなが咄嗟に私のことを支えてくれたからであった。
「び、びっくりした……」
「主様、大丈夫? ケガしてない?」
水、風、植物、影なども纏わりつき、何とも頼りない格好で支えられている私。
「ボーッとしながら歩いているからよ」
「お姉さまってば~すっかり〜のんびり屋さんですものね~」
呆れられた目や微笑ましいものを見るような目を向けられるのは本当に恥ずかしい。
今の私の顔は真っ赤になっているに違いない。
「……足元には気をつけて」
「深く考え事をするのはいいですけど、それなら危なくないようにわたしたちの手を握っていてください」
恥ずかしすぎて何も言えない私はただその言葉に頷くだけだった。
「――さてと、これから湖に行こうって話なんだけど」
「あたしの感覚的に綺麗な場所だと思うよ」
みんなの手で体を起こしてもらった私にヒバナが問い掛けてくる。
問われるまでもないことはこの子たちだって知っているだろう。
私は改めて彼女たちに向かって手を差し出した。
「もう……私がみんなと一緒に行くってことくらい、分かってるくせに」
みんなに腕を引かれながら私は歩いていく。
思えば随分と遠いところまで歩いてきたものだ。
ミネティーナ様に導かれたことでこの世界に来て、みんなと出逢えた。
最初は冒険者をやって、何時しかスライムマスターなんて呼ばれるようになって、様々な出会いや経験だってした。
そして救世主と呼ばれるようになったかと思えば、今は世界を見守る女神になって――本当に人生というものは分からないものだ。
辛いことがあっても、今この道を歩めているのはみんなが私の道を照らしてくれているからだ。
本当の家族というものの条件がいったい何なのか、その基準は人それぞれだろう。
でも、私たちの抱いている想いやみんなと過ごす中で心の内に生まれる熱は絵空事などではなく、本物だ。
だからきっと、私たちはもうずっと前に本当の家族としてのスタートラインを切っていたのだ。
「一緒に歩いていこう。いつまでも、どこまでもずっと――」
どこまでも広がる青い空に輝く太陽に見守られながら、私たちの旅は続いていく。
確かな熱をはらんだ眩しい陽射し、恵みをもたらす豊潤な源、頬を撫でる温かい風、歩んでいく私たちを支える広大な大地、夜道を照らす月。
その全てが私たちの行く道を示し、支えてくれる大切なもの。
――この旅もまた、私たちにとっては序曲に過ぎないのだろう。
人生という名の永い旅路はまだまだ始まったばかりで、これからも続いていくものなのだから――。