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今より1200年程前のファナリア。
エインデル王国からずっと離れた場所に、『グランヴェラドニア』という国があった。
ファナリアの中でも、特に魔法技術が発展していた国家であり、歴史上最大級の軍事国家でもあったという。
しかし『グランヴェラドニア』はある日、突如滅びを迎える事となる。
王族は城ごと消滅し、貴族達は軍事施設ごと燃やされ、民衆は巻き込まれていった。
そんな厄災の上空で、1人の男が高笑いをあげているのを、生き残った多くの人々が目撃していた。
後に危険因子として他国より討伐命令が出され、勇敢な魔法使い達によって居場所を突き止められる。
その男は自らを魔法の王…「魔王」ギアンと名乗り、1人で魔法使い達を圧倒したという。
戦いは、広きに渡って災いをもたらし、長きに渡って続いたが、決して諦める事のなかった魔法使い達によって、ついに魔王ギアンは打ち倒された。
これはファナリア人ならば、子供の頃によく聞かされるおとぎ話である。
「何かをこじらせた気がするような国の名前なのよ」
「ですね……」
「真面目な顔で出てくる最初の感想がそれ!?」
(なんだなんだ? なんの話だ?)
現れた魔王ギアンに関する話を聞いたパフィとオスルェンシスの意見は、一致していたようだ。
ここでコッソリ用を足しに行ったアリエッタが戻ってきた。黒一色で土が分かりにく過ぎたせいで、埋めていい場所に困り、話が終わるまでかかってしまったのだ。
「無駄に尊大な感じがする名前で、おまけに軍事国家ですからね。負ければ危険視されて他国から消されますし、勝てば領土と一緒に軍事に不満を持つ民が増えて暴動起こしますし、そりゃいつかは滅びますよ」
「何でシスは、そんな変な悟り方してるの……」
何故か意味の無い勝手な結果予想を語るオスルェンシス。早速本題ですらない。
「そうじゃなくて、魔王ギアンについては理解した?」
「なんとなくは分かったのよ。でも1200年も前なのよ?」
「そこはほら、ドルネフィラーのやることだからねぇ。それくらいの時に、夢を回収しちゃったんでしょ」
ドルネフィラーという神にとって、夢を見る生き物であれば、それが小動物だろうと人だろうと、そこには些細な差すら無い。
魔王と呼ばれ恐れられた存在も、ファナリアという世界で偶然拾った夢の、ほんの1つでしかないのだ。
「……よく考えたら、とんでもない悪夢に出くわしてません?」
「あらミューゼ。そこは気づかなくてもいいのよ? わたくしもどうしようか困ってるから♪」
「やけにのんびりしてると思ったら、現実逃避してたんですか」
浮かんで待っている魔王をチラリと見ると、無表情で自分達を見ているのが分かった。
「アレって、もしかして怒ってない?」
「やっぱりそう見えるよねーどうしようかしらーうふふー」
ネフテリアは心底逃げ出したかった。本物の魔王の夢かどうかは証明するのは難しいが、そうとしか思えないような威圧感をひしひしと感じる。だからこそ素直に、名乗られた魔王ギアンのおとぎ話を語っていたのだが。
「話は終わったようだな」
本格的にどうしようか考えはじめた所で、ついに魔王から声がかかってしまった。
大きくビクッと身を震わせ、改めて魔王の顔をご拝見。
(ひいいいい!? なんか笑ってらっしゃるううう!!)
髭の濃いオジサマの黒い笑顔を直視してしまったようだ。
そんなネフテリアの反応を面白いと思ったのか、魔王は威圧感を弱め、静かに話しかけた。
「娘達よ。今の話、1200年前と言っていたようだが?」
「は、はひ。子供の頃に聞かされる、有名なお話でございまして、ハイ」
「グランヴェラドニアが滅んだというのは本当か?」
「はいっ」
恐怖からか、素直に答えていくネフテリア。古い歴史ではあるが、寿命の長いハウドラント人と付き合いが深い為、おとぎ話が真実だということも知っているのだ。
いくつか質問を終えた魔王は、静かに目を閉じた。
「そうか……ククク、数日後に滅ぼすつもりであったあの国は、無事に俺が滅ぼしてあったか。ハハハハ……」
愉快そうに呟いてはいるが、ミューゼはその声に虚しさを感じ取っていた。
(急に目標を失うと、こんな感じになるのかなぁ。なんだか怖いね)
「それにしても、よく本人?がこんな話を信じたのよ。1200年とか普通信じないのよ」
「それもそうですよね」
自分自身が夢であり、今が遥か未来である事は、ただ告げられただけでは信じようが無い。しかし魔王はそれを納得したかのように受け入れている。
「ふん……この死後の世界のような白き場所。これまで何かを無限に繰り返していたかのような幽かな記憶。グランヴェラドニアのある世界ではないと知ったからには、むしろ納得がいったわ」
「ここはシャダルデルクという影のリージョンです。死後の世界とは失礼な」
「シスはちょっと黙ってて」
当時はハウドラントとの交流も、一部の国家のみの内密なもので、軍事国家であるグランヴェラドニアは総じて危険視されていたこともあり、その近くにいたとされる魔王ギアンも『異世界』を認識していなかった。
リージョンという多世界の為のカテゴライズや、異なる世界がある前提の思考でなければ存在しない『ファナリア』という自世界区別の名称など、想像だにしていない。
納得はした様子だが、本人にとっては唐突な情報量。頭を整理する為か、空中に浮かんだまま、ブツブツと1人で呟き始めた。
「……しばらく待つしかないかな」
「なのよ」
情報過多で混乱するのは、ミューゼ達もよ~く知っている。明らかに危険極まりない相手に下手に手を出すよりも、話し合いという可能性を期待しての待機行動である。
「さて、おいでアリエッタ」
しばらくかかりそうという事で、パフィはミューゼが出した太い蔓を椅子にし、膝をポンポンと叩きながらアリエッタを誘った。「おいで」の意味は分かっているので、素直に従うアリエッタだったが、すぐに動きを止めた。
(出した直後に膝に座るのはヤバいよね……履いてないから余計に!)
「どうしたのよ?」
「だ、だいじょぶ」(でも『おいで』されてるのに座らなかったら怒られるかもしれないし……)
短い時間で必死に考えたアリエッタが取った行動は……
「おいでぱひー」
パフィの隣に座り、パフィの真似をして誤魔化す事だった。
予想と違う行動を取られたパフィだったが、そんな事はどうでも良いとばかりに即行で破顔し、何も言わずにアリエッタの膝へと顔面から突撃した。
(ってこれもっとヤバイじゃん! 座った方がまだマシだったじゃん! 今捲られたら終わりじゃん!)
完全なる作戦ミスに、アリエッタは大いに焦る。こうなったら太腿の根元に来るのだけは阻止しなければと思い、何故かパフィの耳を撫で始めた。
「くふふっ、くすぐったいのよぉ♡」
どうやらまんざらでもない様子。
そしてそんな2人の様子を見ていたミューゼは、心底悔しそうに歯ぎしりしていた。
「クリエルテスでも膝枕してたじゃないのよっ。なんでパフィばっかりっ」
「どうどう、落ち着いてミューゼ……」
「とか言いながら、しれっとミューゼさんの太腿に突撃しないでください」
丁度良い所に差し込まれたネフテリアの頭に、何度も拳が叩きつけられた。半分はセクハラへの制裁、もう半分は悔しさの八つ当たりである。
しばらくイチャついていると、ついに魔王ギアンが顔を上げた。
「貴様等、良い度胸だな。この俺の前で遊びおって」
「あっ、スミマセン……」
ジンジンする頭を押さえながら、ネフテリアは素直に謝った。ミューゼに絡んでいた事で、ちょっと忘れかけていたようだ。
「なにやら考え事をしていたようですが、これからどうするつもりですか?」
オスルェンシスが問いかけると、魔王はニィっと笑みを浮かべる。そして……
ドンッ
『!?』
「ひあっ!?」
衝撃音が響き渡り、アリエッタが転がりそうになった。パフィも衝撃を感じ、アリエッタを抱える。
「ちょっ、あたしの杖っ」
横に置いていたミューゼの杖が転がり、慌てて拾い上げた。
「ほぅ……こけおどしとはいえ、今の魔力解放で平然としていられるとは」
(……たしかに音は凄かったけど)
杖は転がったものの、ミューゼ、ネフテリア、オスルェンシスは、何も感じていなかった。しかし魔王本人から感じる精神的な威圧は、しっかりと受け止めたまま。
何かがおかしいと思いつつも、魔王が何をするか分からない以上、目を逸らすわけにはいかない。
「貴様等の話が本当かどうかを確かめるのも悪くない。しかしあのような場所に未練など無い」
魔王を見上げるミューゼが眉をひそめた。
「ならば新たにこの世界とやらで、魔王として君臨するのもいいだろう」
「うわ迷惑な……」
オスルェンシスから思わず本音が漏れた。
「だが、今の一瞬で、貴様等がそれなりにやるという事は理解した」
「照れるのよ」
パフィが何かを感じ、アリエッタの前に立つ。
「喜べ! 貴様等を生まれ変わった俺の最初の犠牲者にしてやろう」
「一番最悪な展開になったああああ!」
やっぱり魔王は魔王だったと、ネフテリアは頭を抱えながら悲鳴をあげた。
直後、周囲で小さな火柱が数本燃え上がる。魔王の魔法によるものである。
「生き延びたくば、全力で抵抗するがいい。はーっはっはっはっは!!」
おとぎ話で語られていた高笑い。本人にそのつもりがあるのかは分からないが、ネフテリアにはその再現に見えていた。そして再度、魔王が魔力を放出した。
「んきゃあ!?」
「アリエッタ!?」
「えっ!?」
衝撃をほとんど感じていないパフィの真後ろに隠れていたアリエッタが、その衝撃を食らい、後ろへと吹き飛んだ。
「あっ……」
この時パフィの脳裏に、アリエッタと初めて出会った時の事がフラッシュバックした。
警戒するあまり、ミューゼを守った無害な少女に攻撃を加えた事。そして別の衝撃によって吹き飛んでいく小さな体。
絶対に忘れられないであろうその記憶は、アリエッタを追う自身の体を硬直させる。しかし……
「……え゛ぇっ!?」
大きなリアクションと共に、その硬直が解けた。
そのまま地を蹴り、頭から地面に落ちる所だったアリエッタを自分の上に引き寄せ、代わりに自分が背中から滑り込む形でクッションになり、辛うじて受け止める事に成功した。
自分の胸の中で、アリエッタの無事を確認するパフィ。衝撃で気を失ってはいるが、傷一つ無い。
安心したが、パフィは別の事で気が動転していた。硬直が解けたのも、それで驚いたからである。
「大変なのよ! アリエッタが……」
その瞬間、アリエッタが怪我をしたと思ったミューゼから、魔力がほとばしる。絶対に許さないという意思を込めて、先立って魔王を睨みつけた。
アリエッタの状態がハッキリすると同時に魔法を撃つべく、攻撃態勢へと移行する。そしてパフィが叫んだ。
「アリエッタがパンツ履いてないのよ!」
『なんだってええええ!?』
前方にいた全員が、思わず振り向いて叫んでいた。