オメガバ
3700文字以下
二週間ほど春千夜は学校に通わなかった。理由は勿論明確に分かるだろう。あの厄介な灰谷兄弟にΩということがバレたから。それは春千夜にとって屈辱的で、一番バレたくない秘密だった。それも相手はαであり、兄弟という共通の関係性。これほど厄介な相手は他にいないだろう。
しかし、流石に理由もなく学校に行かないと次は学校の者たちにも怪しまれてしまうのが事実。せめて1日だけでも顔を出せば怪しさは緩和されると思った春千夜は嫌々学校の門に足を踏み入れた。周りはβ、もしくはα。Ωなど、春千夜みたいな大事な事情がない限り居ない。春千夜は入学初日とは違い緊張感を持って教室に向かった。教室に入ると担任がおり、久しぶりに顔を出したものだから、少々嬉しそうに春千夜の名前を呼んだ。流石に問題児であろうと先生にとっては大事な生徒の一人だ。一人が欠けると先生にとって問題児でも嫌ではある。それが一般の先生だ。
一、二時間目の授業は難なくクリア。春千夜は朝よりも少し心を落ち着かせて自分の椅子に体重をかけた。しかし、それは一瞬で儚く終わる。
「あ、学校来てる。
兄貴ー、春千夜学校に来てるー!!」
「まーじー?」
聞き覚えのある声、そして声の方を見ると見覚えのある顔。今一番会いたくない人物で間違いない。春千夜は学校鞄を直様持ち、とりあえず教室の扉から出るのは不可能に等しいと感じた為、窓から出る事にした。教室は二階。春千夜は柵や、パイプを上手く利用して降りることに成功した。
「あーらら、逃げられちゃった。」
「…よいしょ。」
蘭はベランダから春千夜に向かってある物を投げた。それは春千夜の服の中へと入って行き、それを確認した蘭はニヤリと不適な笑みを浮かべる。何を投げたのか、それは何の役目があるのか。蘭は実の弟にしか言わなかった。
「さっすが兄貴。
悪趣味だなー。」
「良い趣味って言えよ竜胆。」
春千夜は家に帰ると、全く走ってないはずなのにどっと疲れが襲ってきた。そして玄関で身を丸める。今すぐにでもあの学校をやめたいと思ったのだろう。
春千夜はΩでのトラウマを持っていた。中学の頃、まだヒートというものが出ていない年頃な為、Ωの怖さや辛さを知らない時期。その時期にトラウマの芽がで始めた。放課後に委員会の仕事で体育倉庫の掃除を春千夜ともう一人の生徒で掃除をしていた。仲は良くも悪くもなく、ただの委員会仲間と言ったところだろう。しかし、その時だった。不注意なのだろう。春千夜がいきなりヒートが起きてしまったのだ。相手は運悪くもαでその匂いは直ぐにバレてしまい、手首を捕まれいとも簡単に押し倒されてしまう。相手の顔は理性など全くなく、まるで飢えてる猛獣のよう。なんとかそばにいた先生が止めてくれて、幸いにも項は噛まれなくて済んだ。しかし、その代償か春千夜がΩという事が学校中に広まり、彼の居場所はいつの間にかどこにもない始末。結局中学は不登校、そして中3になると遠くに引越し、転校した。
そして、今。顔見知りの人なんているわけもない高校を選び、新しい学校生活を始める幾度とないチャンス。春千夜がΩの事なんて一人たりともいない。その筈なのに、神はどうやら春千夜の味方を最後までしてくれなかったらしい。早くもΩという事がバレ、居場所を探す前に閉鎖させられた。それがどれだけ春千夜にとって辛いことか。悩みを相談できる人を探せず、大きな不安を抱えながら学校生活を送ることになる。
疲労が溜まった体を起こし、春千夜は自分の部屋へと向かった。春千夜は一人暮らしだ。高校で一人暮らしなんて少々早いと思うが、そもそも春千夜と家族はあまり上手くいってないらしい。その証拠は分からないが、何処の部屋にも家族との思い出やら物が見当たらなく、まるで一人っ子のようだ。部屋は何処も綺麗で、整理整頓されている。雰囲気も全く派手ではなく、ほぼ白で統一されていた。
「あつ………そういえばあと少しだったな、ヒート…」
カレンダーを見てヒートの周期を確認する。やはり、後少しでヒートの時期らしい。また学校を休まないとと思いながら春千夜は薬を一錠飲んで、部屋に向かった。
静かになった家に一回のピンポーンというインターホンの音が響き渡った。何か頼んだか?と心当たりのないものを頑張って思い出そうとしながら春千夜は玄関の扉を開いた。
「はー、ぃ……は?」
「「やっほー❤︎」」
「なん、で…らん…りんど…」
自分の家の筈なのに、まるで他人の家のように感じた。いつの間にか恐らく自分の部屋に連れて行かれ、ベッドに倒される。見慣れてる景色の筈なのに見慣れていない景色。どうして灰谷蘭と灰谷竜胆が自分の家にいるのか。そもそもどうやってここを特定したのか。春千夜の頭は謎と不安、そしてΩの欲が上手く混ざらずにグルグルと回っていた。今から何をされるのか。この欲を何処かに逃がしたい。春千夜の頭は情報処理が追いつかず、ただただ前にいる二人を不安そうな目で見詰めた。
「春千夜こわい?
まあ、無理もないか〜」
「てか、兄貴も兄貴だよな。
あの一瞬でGPS入れるとか、敵に回したくないランキング第一位だよ。」
「は…?」
何をそんな簡単に日常的に話しているのかが理解できなかった。目の前に繰り広げられる信じられない暴露を怯えた目で見ている春千夜。知りたそうな目をしていると思っている蘭は、不適な笑みを浮かべて春千夜のシャツの中に手を入れた。
「お、おい!!」
「はいはい、暴れなーい
えーっと…あ、あった」
蘭は春千夜のシャツの中から小さくて丸い黒い物を取り出した。他から見たら本当にただの黒くて丸い物。それ以上でもそれ以下でもない。
「これは春千夜が帰ろうとしてる時、俺の天才ピッチャーで春千夜の衣服に入れたGPS。」
「は、…何言って。」
「これを追跡したら、それはもう春千夜の家なんて一発だよねー。」
ただただ春千夜は怯えていた。何をどうして此処まで自分に執着してくるのかが理解できない。いや、自分がΩだからという理由も全然、むしろそれが第一の理由だろう。しかし、住所を特定して家に凸るほどまでには普通のαでは流石にないはずだ。なら、灰谷だから?この二人だから此処まで逃げようとしても繋がっている縄を話さないのだろうか。春千夜は息を荒げた。それはΩのヒート、そして今の状況の恐怖が理由だ。体は熱くなるが、手足の震えが止まらない。今から何をされるのか、そしてどうして執着するのか、聞きたくても聞かないことで一杯だった。
「あー、春千夜…もうヒート近い?
甘い匂いさせて、誘ってる?」
「ち、ちがっ…くんなっ!!!」
「そんな否定すんなよ。
大丈夫、怖くもねぇし痛くもねぇよ。」
蘭と竜胆は徐々に春千夜に近づき、手首を握る。思いの外優しく、痕がつかない程度に握られていた。いや、今は痛さの感想など然程どうでも良いこと。灰谷二人のフェロモンを同時に当てられて春千夜は先程よりも少し浅い息をあげた。顔は火照り始め、ヒートは高まるばかり。
「あは、もっと甘くなったぁ」
「春千夜、良い匂いさせるじゃん
いいこ、いいこ。」
「や、ぁっ…!」
竜胆は顔を近づけ、春千夜の頬にまるであやすかのように軽く唇を落とした。春千夜は抵抗しているつもりなのかもしれないが、体が正直とはこの事。逃げるのならば、出来るだけ後ろに下がる筈なのに、春千夜は下がっていなかった。手首を掴まれているのに対して抵抗してはいるのだろうが、それは表向きの春千夜の意思であり、本当の春千夜ではなかった。それは当の本人でも知らない、知りたくもない事実。恐らく、Ωの欲が抑えられないのだろう。
今までの春千夜はヒートが来た時、抑制剤というあまり世界で推奨されないやり方で乗り越えてきた。そんな者がいきなりαのフェロモンに当てられて正気でいられるだろうか。少なくとも前のヒートよりも辛くはあるだろう。しかも相手は二人だ。ヒートは強くなる一方で、春千夜にとってそれに比例して状況がまずくなっていく。
「だいじょーぶ。
噛みもしねぇし、中にも出さねぇよ。」
「やめ、っ…こわ、ぃっ…!」
「平気だから…あーマジで匂いヤバいな。」
「竜胆、ちゃんと抑えろよ? 」
「わかってるって、」
春千夜は蘭と竜胆に挟まられ、逃げられないようにされる。もう春千夜は二人の蜘蛛の巣にまんまと引っかかった。頑張って振り解こうとしてもその糸は春千夜の事なんて一切離す気なんてない。蜘蛛二匹は今からかかってきた蝶を大事に迎える。小さくて綺麗な蝶。それは蜘蛛二匹にとって貴重で些細な獲物であった。
「んじゃ、春千夜。」
「「ちょっと頑張ってみよっか」」
今、蝶の羽の切れた音がした。
コメント
5件
楽しんで
蘭チャン竜チャンの例えを蜘蛛にするなんて、、流石です👍春千夜、、楽しめよ😌