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一歩目の踏み出しと同時にギレスラとペトラを両手で抱き上げ、無言のまま全速力で駆け続ける。
一年前にバストロから魔解治療を受け、それまで有していた『走る』スキルを失ったレイブであったが、足の運びや速度感まで忘れ去ってしまった訳では無い。
当時と比べて遜色無いスピードで草原を疾走するレイブ。
ただし以前と違い呼吸は苦しいし体のあちらこちらから急激な疲労が襲い掛かってくる。
しかし立ち止まり体を休める訳にはいかない、振り返り確認する余裕こそ無かったが、真後ろから迫る跳躍音が化け物ウサギの追跡を確かな物だと告げていたからだ。
速度を落とさないように、転倒してしまわないように、体の悲鳴と激しい動悸に襲われながら、レイブは両手に抱いた弟と妹の体を引き寄せて、胸の所で重なり合わせた。
「はっはっはっ、えっ! か、神様? はっはっはっはっ」
不意に不思議な事を口にしたレイブは続けてこちらも聞きなれない言葉を発する。
「う、うん、『ロードランナー』、うわぁっ!」
発声直後、レイブは速度を数倍に上げてあっと言う間に草原の先に姿を消したのである。
巨大な化け物ウサギは悔しそうな表情を浮かべた後、舌打ち一つを残して元来た道を引き返して行くのであった。
秋の陽は一日毎(ごと)に自らの姿を西の稜線(りょうせん)に隠す時刻を早めていく。
この日も谷の中程、鍾乳窟(しょうにゅうくつ)の入り口は真っ赤な夕日に染められ始めていた。
一日中、ここ何日もの間に集め捲ってきた、守護獣の血に向き合って、ジグエラやヴノからの問い掛けに答えつつも、それ以外の殆(ほとん)どの時間で黙々としながら、純化、濃縮、瓶詰めと繰り返し続けてきた血清造りの作業の手を止めて、差し込んだ夕焼けを見つめて呟くバストロ。
「何やってんだアイツ等…… 狩れなきゃ狩れなかったでサッサと帰ってくりゃあ良い物をぉ…… 全くぅ」
ヴノは夕方前、谷に分厚く降り積もっていた落葉を食べ過ぎたようで、鍾乳石の柱に大きな鼻先を擦り付けながら仮眠中だ。
代わって言葉を返したのは入り口近くで寝そべりながらも、外への警戒を怠っていなかったジグエラの声である。
『もうっ! そんな事言う位ならとっとと迎えに行けば良かったんじゃぁないのよ! 本当にアナタったら…… きっと、せめて一匹だけでも捕まえてみせるんだいっ! とか思ってしまって意地になっているんだと思うわよ? どうするのバストロ、あの子達が手ぶらで帰って来た時、アナタ、何て声を掛けるの? まさか? 叱ったりしないでしょうね~』
言い終えたジグエラはその微笑と対照的な灼熱の息吹を口から溢れさせている、どうやらガチ怒り、マジ切れ寸前状態の様だ。
バストロもその迫力を本気と見て取ったのか、珍しく慌て捲りながら答える。
「お、おいおいぃ! そんな、叱ったりする訳無いだろうがぁ! 首尾良く一匹でも取って帰ってくれば褒めてやるに決まってるし、残念ながらボーズ、不発に終わった時には苦労を労(ねぎら)った上でさ、教えてあげるつもりだったんだよ、ほら、あれだっ! 『食べる物、それは掛け替えない命、存在を頂いているんだぞ? 判ったらこれからはもっと一口一口、一噛み一噛みに深い感謝を込めて食べなさい』、ってやつだよ! 覚えてんだろうジグエラァ、昔師匠が俺に言った言葉だぞ? どうだ?」
ジグエラは大きな真紅の頭を僅(わず)かに傾げ、金色に輝く瞳をそっと伏せて答える。
『勿論よ…… 忘れる訳無いじゃないの…… じ、じゃあ、あの時のアナタと同じに…… 落ち込んで帰ってきたレイブを…… ちゃんと迎えて頂戴よ! 坊や、ううん、バストロ……』
「ははっ、任せとけぇ! んっ?」
ドサッ! ドサッ! ドサッ!
バストロが軽薄な感じでジグエラに答えた直後、鍾乳窟から程近い場所で、重そうな物を放り出した、いや、落下させたような音が響き、軽く地面を振るわせたのである。