この作品はいかがでしたか?
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初めて彼女の存在を知ったのは中学三年生の五月だった。
たまたま給食を運んでいる姿を見たのだ。
「はい!どーぞ!」
随分美しい声だと思った。私とは正反対できっと色んなことに恵まれて育っているのだろうと、どうせこいつも私みたいな人間を見下して生きているのだろうと心底思った。
捻くれた性格を持った私は友人など出来るはずもなく、いつしか隅にいるようになった。
恋愛に関しても好きな人くらいは出来たことはあるが叶ったことなどなく、私には無縁であると小さい頃から知っている。
周りが恋人やら親友やらを作っている間に夏休みも明け、秋になり、合唱コンクールの季節に変わっていった。
例の彼女は実行委員になったのか遅くまで学校に残ることが多かった。
教室から合唱コンの歌を口ずさむ声が聞こえる。
明るくて優しくて暖かい声だった。
思わず教室を覗くとあの彼女だった。
ふと、目が合った。綺麗な瞳。吸い込まれるような瞳とはこの事だろうと思った。今まで興味も無かったが、よく見ると彫りが深く鼻筋が通っていて、整った輪郭をしていた。唇も程よい厚さで淡い色。そして透明感のある綺麗な肌だった。
「あー、聞いてた?」
「うん、聞いてた」
「ごめん!勉強してたよね?静かにするから気にしないで!」
少し残念だと思ってしまった。
彼女の音は嫌いじゃなかったから。
「そっちのクラス合唱コンの歌何になったの?」
静かにすると言っていた割には元気に質問してくる。
「わかんない」
「決まったら教えてよ!」
私の素っ気ない返事にも明るく返すような、太陽みたいな子だと思った。
彼女が教室の花を整えている姿に正直、見惚れてしまっていた。
気がつけば家に帰ってもう布団に入っている状態だった。
思えば今日一日彼女の事ばかり頭に浮かんでいる。
自分で自分のことを気持ち悪いと思いながら眠りについた。
今日の放課後も彼女が教室にいるだろうと、彼女のクラスに走っていった。
彼女は不在で、クラスの女の子が音楽室にいることを教えてくれた。
音楽室のドアを開けると彼女がピアノを弾いている。
「、、、今日は教室じゃないんだね」
やっとの思いで言葉を出した。
「うん!合唱コンのピアノ担当になったんだ!」
彼女はピアノを弾いた。ぎこちなく、正直に言うと下手っぴなピアノだった。それでも愛おしく感じていた。彼女は指使いが綺麗だった。背筋も表情も、どんな女性よりも美しいのだ。
彼女はその日も、外が真っ暗になるまで1人で練習していた。1人っきりで。
彼女は同性に好かれる存在では無かった。
勉強も運動も人並み以上に優秀で、先生や周りの生徒からの信頼も厚く、整った容姿と裕福な家庭に生まれ、誰がどう見ても「恵まれている子」だったと思う。
“お金持ちで可愛くて羨ましい”
そう思う子も少なくは無い。
事実だから。
でも彼女に人がよってくるのは、礼儀正しく謙虚なところ、いつもニコニコしているところ、誰にでも平等なところ、努力家であるところ、
どれも彼女自身の頑張りなのでは無いかと思った。
彼女が教室で作業をしていたあの日、私が校門を出たあとも教室に灯りがついていたことを私は知っている。
箸の使い方や食べ方が綺麗なことも知っている。
自分の話はあまりせずいつも受け身になっていることも、担当でもないのに係の仕事を手伝っているところも知っている。
彼女はあの日から毎日ピアノを弾いていた。
まだぎこちないピアノである。
何度も何度も聞いたピアノの音。彼女が鍵盤に布を被せ、蓋をする瞬間はいつも寂しくなってしまう。
今日もピアノを弾いていた。
彼女の音は嫌いじゃ無かった。
『これからも、私の隣で毎日ピアノを弾いてくれたらいいのに』そんなことを思ってしまった。
そんなの叶うはずがないのに
「おーピアノ弾いてんの?」
彼女には恋人がいるからだ。
「俺そろそろ帰るわ!練習頑張れよ!」
私も帰ろうと荷物をまとめていた。
「まって!」
彼女は恋人の彼ではなく、私に話しかけた。
「もうちょっと、もうちょっとだけ聞いてかない?」
私は浅く頷き、席に座った。
彼女は鍵盤に手を置いて、またピアノを弾き始めた。
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