テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
※失恋
ご本人様には関係ありません。
———ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
四季。 後編
———ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
別れを切り出した日のことを、僕は今もはっきり覚えている。
季節は春の終わりで、桜はもう散っていた。
病院の白い天井を見上げたあとだったから、
外の色が少しだけ、眩しすぎた。
君の隣を歩きながら、
僕は何度も「本当のこと」を口にしかけた。
でも、そのたびに未来の君の顔が浮かんで、
言葉は喉の奥で形を失った。
治らない、と医者は言った。
進行はゆっくりだけれど、確実で、
「うまく付き合っていく」という言葉は、
希望というより、整理された絶望みたいだった。
君の人生に、
その説明をする資格が、僕にはないと思った。
一緒にいる限り、
君は僕の時間の減り方を、
どこかで気にしてしまうから。
「嫌いになったわけじゃない」
そう言った瞬間、
君の目が少しだけ揺れたのを、僕は見逃さなかった。
あの言葉が残酷だと知りながら、
それでも他に選べなかった。
本当は、
好きなままだった。
だからこそ、離れるしかなかった。
僕たちは、静かに壊れていった。
連絡の頻度が減ったのも、
会う約束を先延ばしにしたのも、
全部、君を遠ざけるための準備だった。
君は気づいていたと思う。
それでも、何も言わなかった。
その優しさが、
何度も僕の決意を鈍らせた。
最後の日、駅まで一緒に歩いた。
どうでもいい話をしながら、
この数分間が、
僕の中で永遠になればいいと思っていた。
ホームで電車を待つあいだ、
君の横顔を、記憶に焼き付けた。
少しだけ、時間が足りなかった。
ドアが開いて、
僕は一歩前に出た。
振り返って、
「元気でね」と言った。
あれは嘘じゃない。
君には、ちゃんと笑って生きてほしかった。
僕のいない時間を、
後悔で埋めてほしくなかった。
電車に乗ってから、
手が震えた。
病気のせいか、
別れのせいか、
もう区別はつかなかった。
君からもらったものは、
今も捨てられない。
マグカップも、本も、
眠れない夜に届いた短い言葉も。
それらは全部、
僕が生きていた証拠で、
君と確かに未来を考えていた痕跡だった。
夜になると、
君に言わなかった真実が重くなる。
もし知っていたら、
君はきっと、
隣にいようとしただろう。
それが、いちばん怖かった。
愛されながら弱っていく自分を、
君に見せる勇気が、
僕にはなかった。
朝は来る。
体は少しずつ言うことを聞かなくなる。
君の名前を口にしなくなった頃、
少しだけ、楽になった。
それが、
君を守れた証だと、
信じたかった。
忘れたわけじゃない。
忘れるつもりもない。
ただ、君の未来に
僕の終わりを混ぜなかっただけだ。
桜の木を見るたび、
もう咲いていない枝を見上げる。
そこに、
君と過ごすはずだった季節を、
勝手に重ねてしまう。
君のいない季節を、
僕は少しだけ先に歩いている。
戻れないと知りながら、
それでも後ろを振り返り続けている。
君がこの真実を知らないままで、
幸せでいられるなら、
それでいい。
それが、
僕にできた、
最後の嘘で、
最後の愛だった。