にじさんじBL、nmmn
hbkn ♦☕×🍝🍷
捏造、長い
地雷さん👋👋👋👋
結構下手です。
名前伏せません。
それではどぞ
今日もだ。ぱつん、ぱつん、という激しい音と、女の甲高い声が聞こえる。
薄い布団に寝転がって天井を眺めながら音に耳をすませる。
奏斗の住んでいるアパートは壁が薄く、隣の人の声や物音もよく聞こえた。 そして薄い壁越しに営みをしている、お隣の渡会さん。
顔は知らない。
声が昨日の人とは違うし、今日もまた別の人を連れ込んで行為に及んでいるらしい。
行為後は決まって女の泣き声や怒声が響くので、おそらくとんでもないクズ男なんだろうと思う。
とはいえ、自分も人のことを言えないくらいにはクズだと自覚していた。
隣人さんのように、ほぼ毎日違う女を招き入れて行為をしている。だけど怒らせたりは流石にない。
ご機嫌取りをするのは苦痛だが、怒られるのが一等嫌いな奏斗にとってご機嫌取りの方がまだマシだった。
目を瞑って隣の音を聞いていると、スマホがピロン!という音と共に震えた。
ぴかっと光るスマホの画面を覗くと、先日行為した女からの連絡だった。
はあぁ、と長いため息をつき眉をひそめる。
内容は火を見るより明らかで、「気持ちよかったからまだしたい」というもの。
正直あの人喘ぎ声デカいし、なんかハマらなかった。
なのでこれ以上の関係を持とうとは思っていなかったのに、いつの間にか連絡先を交換されていたらしい。本当に削除しますか?という文字を流し見て削除する。
スマホを布団に放り投げ、ズボンのポケットからタバコを取り出し、ベランダに出る。いつの間にか隣からの音は何もしなくなっていた。指に挟むタバコから煙が上がる。満月だった。煙と月が重なるところをぼーっと眺めていると、隣からベランダに出る音が聞こえた。やがて、ライターの音とタバコを吸う音。渡会さんタバコ吸うんだ、なんて思いながら吸い終わったタバコをベランダの灰皿に押し付ける。じゅうっと音を立ててタバコの光は消えた。
「…誰かおる?」
部屋に戻ろうとしていた足を止める。渡会さんの言う『誰か』はきっと自分のことだろう。いつも怒鳴られている時に謝る声だったから、すぐに渡会さんだと分かる。隣だし。
「僕、ですか?」
出した声は所々掠れている。声が喉に張り付いて出しにくかった。そういえば今日、水飲んでないや。
「えっと…お隣さん、ですよね?」
「はい、隣の風楽です」
ポケットからまたタバコを一本取りだし、火をつける。
「タバコ、吸うんすね」
「まぁ、それなりに吸いますよ」
「へえぇ、ベランダで一回も会ったことないの、奇跡ですね」
「たしかに?」
渡会さんの話す言葉のイントネーションが、自分とは少し違った。
もしかしたら関西の人なのかもしれない。自分が思っていたより悪い人ではなさそうだし、敬語も使えて腰も低い、普通の人だ。
じゃあなんで普段あんなに怒られてるんだ?生憎気になったことはすぐに聞きたいタチなので、煙をふっと口から吐き出しながら渡会さんに向けて言葉を投げかける。
「あの、なんでいつもあんな怒られてるんすか?」
「……あれ、聞こえてました?あはは、やかましくしちゃってすみません」
「いやいや!全然!お互い様だと思うんで」
そう。あんなに隣から声が聞こえるなら自分の部屋の声も届いてるはず。
もちろん、行為中の声も。
「お互い様?風楽さんの声一回も聞こえたことないっすけど…」
「えぇ!?嘘だぁ、まじかよ」
こんなに頻繁にヤってるのに、聞こえないわけが無い。気を使ってくれているのかな。
なんて思ったが、違う、話を逸らされているだけだ。
「ちょっと、話逸らさないでくださいよ」
「ありゃ、話戻された。…んまぁ、なんちゅーか、途中で飽きちゃうんすよね」
「飽きるって、何を?」
「セックス。飽きちゃって、急に我に返るんですよね、あれ俺今なにしてんだろ?って」
なるほどな、と思う。確かにそれは怒られる。突然やーめた!って放棄されたら誰でも怒るだろう。
「自分勝手なんすね、意外と」
「んは、まあたしかにそうかもしれないっす」
横からも、タバコを灰皿に押し付ける音が聞こえた。一本吸い終わったらしい。
「風楽さんって下の名前は?」
「奏斗です」
「奏斗って呼んでいい?俺んことも雲雀って呼んでよ」
「…わかった」
突然のタメ口に一瞬びっくりするも、特に咎めることなく奏斗もそれに合わせる。 距離の詰め方がすごい。
二人の間に沈黙が落ちた時、急に気分が悪くなってきた。散々タバコで誤魔化してきたけど朝からご飯も食べてない。雲雀に別れを告げ、「またな、奏斗」という声を背に部屋へ戻った。
最近は雲雀の部屋から何も聞こえなくなった。あの夜から二人は時たまベランダでタバコを吸い、雑談を交わす関係になっていた。
でも二人はお互いの顔を知らない。 ベランダに仕切りがあり、声以外、何も知らない。
彼の顔も、身長も、全て。でもそれぐらいの距離がちょうど良かったんだと思う。だから会おうなんて言葉は口にしたことがないし、されたこともない。別にそれでいい。
薄い布団に寝転がり、誰かも分からない女とヤって、雲雀とベランダで話す。いつの間にかこれが習慣になっていた。
でも、最近は一人でのタバコが多い。前まではタバコなんて一人で吸ってたはずなのに、雲雀と吸うようになってから、雲雀がいない夜というのは案外寂しいものだった。
今日も、ベランダに出てタバコを吸っていた。 ふと声が聞こえ、地面の方に目を向けると、何やら喧嘩をしている男女がいた。片方はメイクが濃くて足が細い女の子、片方は紫とピンクの派手な髪をした上背の男だった。
女の子は男に怒鳴りつけ、男はそれに無反応だった。ただ立っているだけの、置物のような、魂の抜けた何か。それに腹を立てたのか女はついには手まで出していた。平手打ちの音が、夜の闇に飲み込まれていく。思わず自分の頬を触る。絶対痛い。
やがて女は男を置いてどこかへ行ってしまった。男はその場に立ったまま動かなかったが、しばらくするとのろのろとアパートの方に向かってきた。あの人、うちのアパートの人なのか?一度も見たことない気がするけど。
ずっと男を見つめていると、視線に気付いたのか男がこちらを見上げて、視線がぶつかり合う。彼は奏斗を見て驚いたように目を見開いた。奏斗はどっかで会ったことあるっけ?と考えるも、見覚えがなかったので目をふいっと逸らし部屋へ戻った。後ろで男が何か言っている気がしたが、関わらない方が良いと思っていたから聞こえないフリをした。
再び布団にくるまり、耳にはイヤホンを入れて、適当に歌を流す。耳に影響が悪いと分かっていても、イヤホンをして音楽を流していないと、寝れなかった。
いつの間にか、寝れなくなっていた。いつからかなんて覚えてない。ずっと前のことのような気もするし、最近のような気もする。曖昧な記憶を頭から振り払い、自分の服を弱々しく握る。
寂しさと虚しさが少し混じったような、弱い力だった。
次の日、久しぶりに隣の部屋から物音が聞こえた。生きてて良かったという思いと同時に、今日は一緒に話せるかも、という期待が同時に膨らむ。ポケットからタバコを取り出して、ベランダに出る。
奏斗がベランダに出る音が聞こえたのか、隣もベランダに出る。
次に、ライターの音がして、期待が確信に変わった。
「久しぶりじゃん、雲雀」
「うん、ちょっと家留守にしとった」
「死んだかと思って心配したんだよ」
「それは、すまん。でも久々に話せて嬉しい」
互いに呼吸をする音だけが、二人だけの空間に響く。 会話はない、それでも仕切り越しに感じる気配が暖かく心地よかった。
不意に雲雀が息を吸う音が聞こえて、次に紡がれた言葉が、上手く脳に入ってこなかった。
「奏斗…明日、忙しかったらええんやけどさ、会わん?」
ぽと。近くで音がした。指の力が抜け、タバコが地面に落ちる。今、なんて?
「あ、もちろん嫌やったら平気、俺の勝手なわがままやから…」
仕切りの向こうで、雲雀が自分の方を向いて話しているのがわかった。反射的に仕切りから目を背ける。雲雀が今この瞬間、奏斗との小さな境界線を踏み越そうとしている。奏斗だって、雲雀と会うのが嫌なわけじゃなかった。雲雀の顔面くらいには興味がある。途中でセックスやめるくせに、なぜあんなにも女が絶えないのか。それはきっと顔面のおかげだろうから。
ただ、自分と雲雀の関係が大きく変わってしまうような予感がして、臆病な自分はその提案にうんともすんとも言えず、ただその場で硬直するだけだった。
「…ごめん、やっぱいいや。急に変なこと言ってごめんな。じゃあ、また」
悲しんでる。声色からそう分かった。
仕切りの向こうに、気配はもうない。一人残されたベランダでぼんやりと、呼吸をしていた。
次の日、ベランダには出なかった。
部屋が臭くなるのは嫌だから、部屋の中では吸わないと決めてたのに。部屋の中のタバコの明かりが嫌に眩しく見えた。次の日も、また次の日も、ベランダには出ない。雲雀とどう話せばいいのか突然分からなくなり、合わせる顔もなかった。隣の部屋から聞こえる物音だけで、雲雀の存在を認識していた。自分の息の跡が部屋中の酸素を腐らせる。
今日もまた、部屋で吸おうとポケットをまさぐった時だった。
重みのないポケットに薄々気付いてはいたが、タバコはなかった。そういえば、そろそろストックが無くなる頃だったんだっけ。
はあぁ、と長く深いため息をつき、渋々服を着替え、髪も軽く整える。
財布を持ち、玄関の扉を開けた。それと同時に、隣からも似た音が聞こえる。外のじめっとした空気に眉をひそめていると、隣の開いた扉から人が出てきた。
紫と、ピンクの、髪。びっくりして財布が自分の手から滑り落ちた。隣の部屋は雲雀で、派手髪はこの前外で怒られていた人で、一度に入る情報量をオーバーしていて、頭が混乱する。この派手髪の男が、自分がよく話していて、よく知っている雲雀、ということなのか。自分が避けていたこともあって、気まずい空気が漂う。雲雀は目を泳がし、明らかに慌てた様子だ。落ちた財布を拾い、雲雀に背を向けて階段を下がろうとする。
「あ、の!奏斗、!」
ぴたっと、足が止まる。だって、久々に聞いた声だったから。自分のよく知る、雲雀の声だったから。
「……なに?」
振り向かず、静かに返事をする。顔を見るのが怖かった。
「どこ、行くん?」
「コンビニ。タバコ買いに行く」
「お、俺もコンビニ行くんやけど、一緒行かん?」
雲雀の声には不安が滲んでいた。少しの沈黙の後、奏斗は小さく喉から声を出す。
「……いいよ」
階段を下り始める。後ろから雲雀も慌てて着いてくる音がした。道路に出て、歩道を雲雀と並んで歩く。
「…ごめん、嫌ったわけじゃない」
「…ほ、ほんまに?俺もう嫌われたんかと思って、不安で、どうしようって」
奏斗より少し高い頭が、下を向く。雲雀の方を見ると、雲雀も奏斗を見た。
初めてちゃんと、雲雀の顔を見た。思わず足を止めて、まじまじと見てしまう。切れ長のつり目、つり眉。唇は薄くて、八重歯が少し唇の間から見えた。一見キツめの顔をしているが、整った顔をしている。俗に言うイケメンだし、美人だ。
「そんな見られると恥ずいんやけど…」
雲雀が自分の手の甲を顔に当て、そっぽ向く。
「あ、ごめん。美人だなって」
途端雲雀はきゅっと唇を結び、顔がじわじわと赤くなっていった。案外可愛いところあるじゃん、と思った。
「じゃ、次は俺の番ね」
そう言うと今度は雲雀が奏斗を見つめる。顔のパーツを一つ一つじっくりと眺め、まるで宝石でも見ているかのような目だったので少しむずむずする。
「もういいでしょ、コンビニ行こ」
雲雀から顔を逸らして足を進めた。雲雀も一拍遅れて着いてくる。
「奏斗も、綺麗な顔してる」
「知ってる。僕がキューティーフェイスなことは周知の事実だかんな」
「俺は知らんかった」
「それはたしかに」
不貞腐れた顔の雲雀と、夜の道を歩く。自分から避けていたくせに、関係が終わらなくてよかったなんてことを思う。我ながらわがままだ。
タバコを買って、アパートへ帰った。部屋の前で雲雀に「じゃあね」と手を振り、自分の部屋へ入ろうとするところで腕を掴まれる。
「なに?」
振り向くと、雲雀の顔がすぐ目の前にあった。至近距離すぎて、思わず自分の顔を少し引いてしまう。
「え、ほんとになに?」
雲雀は答えない。ただじっと、奏斗の顔を見つめているだけだった。しばらくすると、雲雀の顔がぐいっと近付けられた。息が顔にかかるくらい近く、おでこがくっつくくらいの近さ。
目の前にいる雲雀の目を見ると、ギラギラと光っていて、心臓がどくんと鳴る。
雲雀の手が腰に添えられ、雲雀がまた近付く。 あ、やばい、これだめだ、近すぎる。きゅうっと目を瞑った。次の瞬間、唇に何かが触れた。触れるだけの優しいキス。
恐る恐る目を開けると、恍惚とした笑みを浮かべる雲雀が視界いっぱいに広がる。なんでそんな顔してんだよ、とどうしようもない気持ちになった。雲雀の大きくて節の目立つ手が、背中に回され、ふわっと抱きしめられる。
「じゃあね、またね、かなと」
耳に甘さの滲む掠れた声が吹き込まれた。体がぴくっと揺れ、みるみるうちに耳が熱くなる。雲雀が腕を解き、自分の部屋へ戻った。閉じられる扉を、ただ一人ぼうっとしながら眺めていた。
部屋に入る寸前、雲雀が呆然とする僕に向かって「かわいい」と言ったのは、幻聴だろうか。愛おしそうに僕を見つめて笑っていたのは、幻覚だろうか。ああ、嫌だ。捕まってしまう。あの男に。逃げたいのに、逃げられないくらい虜にされる。
頭をぶんぶんと振って、自分も部屋へ戻る。どうにも顔の熱が引いてくれなかった。こうなるなんて思ってなかった。クズ男だから、たまに話すくらいの距離がちょうどいいと思ってのに、顔なんて、見なくていいと思ってたのに。もう、あの顔を見たいと思っている自分がいる。会いたくなってる。話したくなってる。玄関で立ち尽くしたまま、髪をぐしゃっと握った。
「…さいあく、」
小さく零した、震えて情けない声は誰に拾われることもなく、タバコの匂いがうっすら漂う部屋に落ちて消えた。
奏斗は捨て子だった。親が誰かも分からなくて、しばらくは孤児院で暮らしていた。人と話すのは嫌いじゃないし、年下はみんな面白くて優しくて、孤児院の生活は全く苦じゃなかった。むしろ幸せで、ずっとこの幸せが続きますように、と願ったことすらある。
だがそんな幸せが長く続くはずがもなくて。 高校生になった奏斗は、下の子達の為にお菓子を買いに行き、袋いっぱいのお菓子を両手で持ちながら孤児院に帰っている時だった。煙が上がっていたのだ、孤児院から。両手から袋が落ちる。耳鳴りがして、体が震えた。頽れそうな体が、次第に燃えそうなくらい熱くなった。気付いた時には走り出していて、煙と火で充満している孤児院の中に入ろうとした。でも、無理だった。消防士に腕を掴まれ、どれだけ振り払おうとしても大人の力には勝てなかった。結果、孤児院の中から救出されたのは二人だけ。その二人も、全身やけどで長く生きれる状態じゃなかった。三十人ほどいた孤児の中から、たった一人。最年長の奏斗だけ、無傷だった。 院長は病気で入院していた。その間は奏斗に任せるから、よろしくねって言われたのに。僕は全員殺した。火の元は捨てられたタバコが原因だったらしい。孤児院の庭は草が生えていたから、それに燃え移ってそのまま建物にも燃え移った。タバコを捨てた犯人は見つかってない。孤児院の近くは閑静としていたから、監視カメラのようなものが一つもなかったのだ。 そして子供の燃えた体は、全員同じ場所にあったらしい。僕が帰ってくるまで外出ちゃだめだからね。出かける前にそう言ったのを思い出した。みんないい子だから言いつけを守って部屋の中で集まって遊んでいたんだろう。僕が帰ってくるまで、どこにも行っちゃいけない。絶対帰ってくるから。そう思いながら死んでいったのだろうか。考えるだけで後悔と無力感に苛まれて、火事があった日からしばらくは毎日吐いて、眠れなかった。
そして程なくして院長は病気で他界した。あの子達が生きていた証明ができるのは、奏斗の記憶のみになってしまった。
それから院長の名字をもらい、『風楽奏斗』として生きていった。今でも、涙が出るくらいの強い煙の匂いが鼻に染み付いて離れない。小さな腕をいっぱいに広げ、笑顔で自分に抱きついてきた子供達が、頭から離れない。
ビー。ビー。遠くから少し聞こえてくる音に、奏斗の意識は浮上した。何か、嫌な夢を見た気がする。全身は汗でびっしょりと濡れていて、呼吸が浅い。涙が顔を伝い、布団に落ちる。聞こえていた音は、呼び鈴の音だった。古いアパートなので、呼び鈴の音がピンポンではなく、ビー、という音なのだ。眠気まなこのまま、覚束無い足取りで玄関まで向かい、「はぁい」という声を出しながらドアを開けた。
「おはよぉ、かなと」
「…お、おはよ。何しに来たの?」
「いや、暇だし遊び行かね?って思って」 「あ、そ。ちょっと今日、無理かも。外、出れない」
足が震えていた。夢の内容なんて覚えてないが、こんな風になるのは決まって孤児院の頃の、あの時の夢を見た時だけだ。そういう日は布団にくるまってひたすらに寝るしかない。
「じゃあ奏斗ん家いてもいい?」
「ぼくんち?まあ、いいけど、僕寝るよ?」 「全然平気ー奏斗の横にいるだけでいい」
「ふうん、変なの。どうぞ上がって」
雲雀を招き入れ、その後は布団にくるまる。ただひたすらに、寝れるまで目を瞑って、歌を聞く。でもなぜだかいつまで経っても寝れなかった。横には雲雀があぐらをかいて座っている。心臓がどくん、どくんと徐々にスピードを上げ、鼓動の度に体の上に重いものを乗せられ、深い沼に落とされていく感覚。昔、火事があった後の夜と同じ感覚。怖くて、自分が何者なのかも、自分が今何をしているのかも、全部分からなくなってくるような。好きな音楽も耳に入らない。布団を握りしめて涙を流していた。
「…と、…なと!……かなと!!」
うるさい、うるさい。体、揺らさないでよ。胃が気持ち悪いの。震える手でイヤホンを取る 。
「大丈夫だから、息して。吸って、ちゃんと吐いて」
背中をさすられる。耳に届く声の通りに息を吸って、吐く。深い沼から持ち上げられ、目をゆっくりと開ける。
「…ごめ、」
瞬きをする度に涙が流れる。そんな奏斗を、雲雀は静かに見つめていた。
「寝れない?」
「……うん」
「んじゃ俺と話そうよ」
雲雀は泣いていた理由を聞くわけでもなく、ただ笑って、奏斗の体を起こす。奏斗は黙って雲雀に身を任せ、座る。不意に雲雀が口を開いた。
「呼吸、ってさぁ、割と体の機能的におかしいよな」
「…え? なにが」
「だって、心臓も、胃も、腸とかも、全部止めようとしても止められんし、動かそうとして動くものじゃないやん?」
「うん、そうだね」
「でも肺だけはそうじゃない。吸うのだって吐くのだって、意識すれば止められる。この時点でおかしい」
何が言いたいのか分からない。雲雀は自分の手を閉じたり開いたりして、ぽつぽつと話している。
「息を吐くって、めちゃくちゃ大事なんよ。俺にはお前がそんなんなってる理由もよく分からん。でも、多分息が詰まってるんよ。吸って吸って、吸いまくっても、吐いてないから苦しいまんま。まあ何が言いたいかと言うと深呼吸してこーぜってこと」
「えぇ、そんな長々と語っておいて最後それ? てか前半ほぼ関係ねーじゃん」
「なんか、昔誰かに言われたんだよな。そん時はもっと色々説明してくれてた気するんやけど…忘れたからもういいやってなっちった」
なんだっけなぁ、息が詰まる理由とかもっと言ってくれてた気すんねんけど…うわ、めっちゃモヤモヤする!雲雀は一人でうんうん唸っている。でも、確かにそうかもしれない。今までずっと、苦しくなったら必死に息を吸っていた。吐くことに重点を置いてなかった気がする。
「…雲雀ってもしかして頭いい?」
「ん?いや全然。俺漢字の読み書きもできんし勉強もほぼできんよ」
「そうなんだ、頭良さそうなこと言ってたからてっきりそうなのかと」
「俺が頭良かったら世界は崩壊する、確実に」
雲雀は真顔で言う。なんだかおかしくて、体の奥から笑いが込み上げてきた。ふふ、とずっと笑っていると、雲雀も次第に笑顔になって、最終的にはお互いがお互いの笑いにつられて笑いが生まれていた。
「は〜おっかしー、雲雀おもしろ」
気が付けば気分不快もなくなっていて、夢のことは忘れていた。雲雀と話すと、雲雀で頭がいっぱいになってしまう。
「んふ、そうっしょ?奏斗元気なった?」
「…めっちゃ元気」
「それが一番やわ」
雲雀は、魔法使えるんだと思う。人を元気にする、そんな魔法。いいなあ、僕も魔法、使えたらよかったのに。
「俺、魔法は使えんよ」
「っえ、なに? 声に出てた?」
「ばりばり」
まさか口に出ているとは。少し恥ずかしくなって、視線を落とす。
「…魔法、使えたらよかったんに」
「雲雀もそう思うような経験したことあるんだ。てか、雲雀の昔ってどんなんだったの?」
「ふふ、聞きたい? 俺、なんとなく奏斗に知って欲しいな、俺の全部」
「なにそれ…別に聞くけどさ」
雲雀は「ありがとう」と柔らかく笑って、記憶を辿るように目を瞑り、話し始めた。
俺の母ちゃん、夜職やってたんよ。まあそれだけやったら全然いいんやけどな?生きる為に金は必要やし、そん頃には父ちゃんが兄貴連れて家出てってたから、俺の生活費まで稼がんといかんかったし。でも母ちゃん、二人が出てってからおかしくなった。毎日俺に向かって、雲雀はお母さんを置いて行かないよね?ずっと傍にいてくれるんよね?って、毎日毎日、俺の肩掴んで言ってた。俺はそれに置いて行かないよ、ずっと一緒だよ、って返してた。だって、それ以外の言葉が見つからなかったから。必死に、これは母ちゃんからの愛情だからって言い聞かせてた。そうじゃないと、自分が壊れちまいそうだった。小学校のクラスメイトから聞くお母さんとかお父さんは、上手く想像が付かなかった。休日は一緒に公園に行ってくれたり、一緒にお買い物したり、そんなことばっか。愚痴だって、ゲームのやりすぎで怒られたーとかそんなん。俺はゲームなんてやったことがなかったし、別にやりたいとも思わなかった。それに、普通のお母さんってな、怒ってもゲンコツ食らわすぐらいなんやって。俺の母ちゃん、怒るといっつも俺の髪の毛引っ張って、床にゴンゴン叩きつけてた。今でもそん時の音と痛みは覚えてる。でもさぁ、母ちゃんのずるいところは、暴力した後、俺の事抱きしめるんよ。こんなことしてごめんね、優しいお母さんになれんくてごめんね、普通の生活させてあげられんくてごめんね、って、泣きながら言うの。ずるない?愛情に飢えてる子供が喜ばないはずないやん。そうやってずっとずっと虐待してたんよ。そのせいで俺の頭の形ちょっと変わったんよね、触る?ああ、いい?まあそりゃそうよな。…あと、母ちゃん、時々全然知らん男家に連れ込んで、セックスしよった。母ちゃんが女になってる時、俺はずーっと扉の前で体操座りして待っとった。あ、二つ部屋があったんよ。リビングと、寝室?和室?みたいなんが。話戻すけど、あん時は苦痛やったなあ、待ってなきゃいけなかったからさ。終わったら、母ちゃんが甘い声で雲雀、って呼んで、その声を聞いてからティッシュ箱持って部屋に入る。待ってる時、自分のこと石だと思ってた。そう思わないと、中から聞こえる声に吐き気と震えが止まんなくて、気絶しそうになる。最初の方はなんべんも吐いて怒られてた。今思い返してもサイアク!でも俺、今母ちゃんと同じ道辿ってるんだなあって思うと、血感じて自分のことが嫌になるわ。色んな女取っかえ引っ変えして、途中で自己嫌悪なって、怒鳴られて、叩かれる。結局チビの頃から何も変わっとらん。母ちゃんの生き方が正解だと思ってたあの頃から、なんにも。部屋で一人になった時、どうにかなりそうなくらい寂しいんよ。自分のせいで全員逃げてくのに、むしろ自分から遠ざけてんのに、いなくなったら寂しいって。わがまますぎるって自分でも思う。だから誰にも言わないで、一人で耐えてた。壁に寄っかかって、体操座りして、耳塞ぐ。昔みたいに、石だと思って必死に。そしたら母ちゃんが雲雀、って耳の奥で呼ぶ。それを聞いて、やっと石から戻れる。まあ母ちゃんなんておらんし、俺の幻聴やけど。でもこの前、初めてその声以外が聞こえた。奏斗が、ベランダに出る音。それを聞いて、俺もベランダに出たんだ。なんでか分かんない、引き寄せられたみたいに、タバコ持ってベランダ出た。誰かいる?なんて聞いたけど、ほんとはいるの分かっとった。名前は流石に知らんかったけどな。それから奏斗がベランダに出る音だけは聞こえて、それを聞いて俺も出てた。奏斗と話すのめっちゃ楽しかったし。…くそ長く話してたくね?俺。なんか恥ずいわ…。変な話長々と聞かせてごめん、これが俺の過去。不快にしたかもしれん、ほんまごめん。
言葉が、出てこない。どう話したらいいのか分からない。ただ目の前の雲雀を見つめることしかできない。
「カロリー高ぇ話よな、ごめん。別に哀れんで欲しいわけじゃないし、何かを言われたいわけじゃないから。ただ、俺が話したかっただけやから」
「いや、こちらこそごめん。言葉選びが、難しくて、反応できない」
「そうやろなぁ、俺も昨日初めて顔知ったような奴にこんな話されても受け止められないしどうすればいいのか分からんわ」
雲雀の顔が下を向き、まつ毛の影ができる。そっか、耳を塞いでいたから、こちらの行為の声も聞こえていなかったのか。でも、雲雀が自分の過去を言ってくれたのは嬉しかった。きっと、自分以外には言っていないだろうから。優越感が奏斗の心に顔を出す。
「僕、上手く雲雀に対してかける言葉が見つからないから、代わりに僕の過去も教えてやるよ。まだ誰にも言ったことないからスペシャルボーイだよお前は」
「ほんま? 別に無理して言わんくてええよ」 「無理してないよ。雲雀だから聞いて欲しいの。黙って聞きなさい」
半ば無理矢理雲雀を黙らせ、自分も語り始める。手の震えが煩わしくてぎゅうっと拳を握った。
「と、まあこんな感じ?つっても記憶曖昧なんだけどね」
「…なんか、すげぇなあ、ちゃんとここまで生きてきてるん、すげぇわ」
「何がだよ、意味わかんね」
雲雀がズビ、と鼻を啜った。話の途中で涙目になってたけど、どこに泣く要素があったのかは分からない。雲雀は変わったやつだし感受性高そうだから僕の立場になって考えて泣きそうになったのかな。だとしても変なやつ。優しすぎる。
「俺ら、変なの。まだ出会って一年も経ってないのに五年くらい前から話してるような気するわ」
「ちょっと思った。なんでだろうな、波長が合ったのかな」
「そうかも。俺、初めて人のこと好きになったし」
「…ん?」
「あ、そうやん、言ってなかった。俺奏斗のこと好き」
「……は? ちょっと、は?」
混乱して、上手く話せない。何でもないように言う雲雀が怖い。好きになったって、そんな突然に?
「やから、奏斗に好きになってもらえるよう頑張るな!」
屈託のない笑顔に、くらりとして倒れた。
「…ありゃ、バタンキューやんけ」
つい先程告白をしたばかりの想い人が、布団に倒れ、すやすやと寝息を立てる
。 初めてだった。自分のことをあれ程にも開示したのは。話してる時は不思議な感覚で、ふわふわと気分が高揚していた。医学には明るくないが、恐らくアドレナリンとやらが出まくっていたんだと思う。雲雀は奏斗の横に寝転がり、頭を撫でた。サラサラしていて細い金色の髪が、雲雀の手によって乱される。雲雀も気付いた時には、奏斗の頭に手を置いたまま眠っていた。
奏斗は、俺を置いて幸せになるんだね。奏斗兄ちゃん、私のことなんてもう忘れちゃったの?奏斗くん、僕らのことを殺したくせに、まだ生きてるんだ?
ごめん、ごめん。ごめんなさい。生きててごめん。幸せになんてならないから。ちゃんとみんなのこと、覚えてるよ。
「っ、は……あー、くそ、」
頭がガンガンする。こんなこと、みんなは言わない。全部、夢。今日はとことんダメな日らしい。雲雀に告白されて少し嬉しいと思っていた自分が恥ずかしい。そうだ、僕は、幸せになっちゃいけない。あの大きな罪を背中に背負ったまま、長く続く道を歩かなければならない。その重荷を誰かと共有して楽になろうなど、ましてや幸せになろうなどと考えちゃいけない。
「んぁ…かなとぉ?…って、汗めっちゃかいとるけど、平気?」
「うん、大丈夫。起こしてごめん」
「……変な夢でも見た?」
雲雀が心配と懐疑の目で奏斗を見つめる。雲雀は人の感情の機微に聡い為、僅かな奏斗の変化もしっかりと感じ取った。奏斗が、さっきよりも遠い場所にいる気がした。物理的ではなく、精神的に。
「夢? 夢、そうだな、夢かも」
「ハァ? なんなんその曖昧な感じ。夢じゃないならなんでそんなに落ち込んどるん」
「さあね、忘れちゃった。タバコ吸ってくる」
明確な拒絶。奏斗は雲雀を布団に残し、ベランダに出た。満点の空が広がっていて、オリオン座が見えた。こんな時でも爛々と煌めく星に、奏斗は薄い笑みを浮かべる。手に持つタバコは一度も吸われることなく、灰だけが灰皿に積もっていった。
なんで、タバコ吸い始めたんだっけ。あんなに憎くて嫌いだったのに。道に捨てられたタバコを見る度に、踏みつけてしまうくらい、嫌いなはずなのに。自分の行動に矛盾と疑問が湧いてきて、最終的にはそれが怒りへと変わる。自分への、強い怒り。
タバコでも食ったら、死ねるかな。分かってる、死んで楽になろうとするなんてずるい。罪の重さに耐えきれないで死ぬなんて、情けない。でもいいかな、もう寂しいよ。みんなに会いたい。迎えてくれなくても、元気に過ごしてる姿を見たい。
気付けば口の中にタバコが入っていた。異物感と気持ち悪い苦味が口内に広がり、唾液が出る。反射でえづくも、奏斗はもう止まれなかった。熱い灰が喉を通り、咳と吐き気が止まらない。
「…おい奏斗? 何しとんの」
「う゛……げほっ、」
「お前、口からなんか灰色の……もしかして」
焦った顔の雲雀が視界の端に見えた。腕を強く引っ張られて、トイレまで連れて行かれる。目の前で揺れる紫色の髪の毛が急くように強く揺れていた。
「吐いて」
「むり、できない、怖い」
「…指、入れるからな」
怖くて、気持ち悪くて泣いていると口の中に雲雀の指が入り込んでくる。舌の上をなぞって、喉の奥の方で雲雀が指を曲げ、喉奥を押した。その刺激に嘔吐感が増して、胃の奥から何かが迫り上がってくる感覚。
気付けばタバコは胃の中から出ていて、奏斗は唾液と涙とでぐしゃぐしゃになった顔のまま、便器の前に座っていた。頭の上には雲雀の手が置かれていて、ぬるい体温が伝わる。
「…タバコ食うって、どういう発想よ」
雲雀は奏斗を立たせて、布団へ行くよう促す。さっき話していた時は昼だったのに、いつの間にか十時を回っていた。布団に座り込んだ奏斗に、雲雀は何も言わずにキスをする。
「ん……ふ、っぅ…」
「…にっが」
奏斗の口の隅々まで舌で蹂躙し、口の中に残る胃液と唾液を雲雀が奪う。口を離した雲雀は舌をべ、と出して苦いと言う。
「今日もかわええよ、おやすみ奏斗」
「…なにそれ……おやすみ」
奏斗は突然のキスに驚いて少し顔を赤く染めながら、雲雀を少し見て布団に寝転がった。雲雀は、奏斗が寝るまで隣に座っていて、奏斗はそんな雲雀の気配に妙に安心して、音楽を聞かずに寝れた。雲雀もいつの間にか、奏斗の隣で寝ていた。
ふうっと意識が浮上する。
外で鳥が鳴き、太陽が登る頃だった。奏斗は隣に眠る雲雀をぼんやりと眺める。奏斗の傍で、小さくなって寝ていた。
ずっとこうして寝ていたんだろうか。 子供のように小さく頼りない姿をぎゅうと抱きしめ、奏斗はもう一度目を瞑る。
雲雀が自分のように、悪い夢を見ませんようにと願いながら。
前につくったのを添削しました
長すぎ
近々もう1作品あげます☻
コメント
8件

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え、え、普通に泣きました……😭 ひばもかなてぃーも 自分の世界では自分が 1番辛かったはずなのに 他の人まで考えられる 優しさとか色々 考えちゃって泣きました😭😭 こんなお話作れるなんて 天才ですか…… ほんとに憧れます! これからも頑張ってください😭
なんか、もう、好きです! 楽しみにしてます!!