「えーとっ、寝るのはソー、結婚するのはキャップ、殺すのはアイアンマンかな!」
落ち着きのない生徒が行き交う中で知り合いの声が聞こえ、ピーターは思わず飲んでいたコーラを吹き出してしまった。話題が話題だけに彼が気になってしまうのは仕方ない気がする。
「大丈夫か?ピーター、タオル持ってくるから。ベティのあれは今に始まったわけじゃないだろ?」
「うん、分かってる。分かってるけど…」
「ところでさっき何で吹き出したの?」
「だってさ、MJも聞いたでしょ?アイアンマンのポジションおかしくない?」
「そういうゲームでしょ」
そうだけど、納得出来ない」
横目でちらりと様子をうかがってみると、ピーターはあきらかにふて腐れていた。口元がぬれいているから余計に子供っぽく見える。面白いなぁと思っていると、ピーターと目が合った。
「MJならなんて答える?」
肘をついたピーターはそう尋ねる。ふて腐れたままにほうを膨らませるのは無意識なのかな。あんた本当に高校生?と訊きたくなるのは、
秘密だ。残念ながら私の答えは決まっている。
「寝るのはスパイダーマン、結婚するのはピーター・パーカー、殺すのはトニー・スターク」
「なんで!?」
「あ、いや、嬉しいよ。うん、嬉しい」
ワンテンポ遅れて顔がジワジワと赤くなる。耳まで赤くなるとピーターはそっぽを向いた。こっちまで熱くなるよ。そのままこっち向かないでね。
「なんで、みんなスタークさんを殺したがるの?」
「ベティの理由は知らないけど、私は嫉妬がほとんど」
そう、私はスターク・インダストリーズのインターンを理由に、ピーターが数々の活動を辞めたのを未だに引きずっているのだ。我ながら器の小ささには肩身が狭くなる。それほど好きだってことなんだけど。自分で考えてさらに恥ずかしくなってきた。ふう、と息を吐き出すと、いつの間にかピーターが真っ直ぐこっちを向いていた。
「嫉妬……って、スタークさんに?」
「他に誰がいると思ってんの……」
ただでさえ赤くなってるのに、じっと見つめられるとどこかに逃げてしまいたくなる。身を乗り出して訊いてきたピーターの様子は顔が赤いままで目が泳いでいて、今の私とどっちが恥ずかしい状態なのか分からないくらいだ。行き場のない羞恥の熱をトレーに載せていた水の入ったカップで冷やしてみると、ピーターから「あ、ズルイ」と聞こえてきた。
「ズルくない。……だったら、あんたはどう答えるの?」
斜め向かいに座っていたのに、気がつくとお互いが真正面になっていた。最早赤い顔はお互いのデフォルトとして、私がまだピーターの答えを聞いていないのはアンフェアである。
「えー……」
しどろもどろになるピーターの視線はあちこちに動き回る。そのうち何回か覗いてきたのは気のせいじゃないと思う。
「ね、寝るのも結婚するのも君がいいし……、殺すのはよくないから、えっと…」
さっきのテンションはどこに行ったんだか、そういえばどれだけ空気が軽くなったか。私はそこまで肝が据わってる訳じゃないし、何より既に何かを言い返せるほどの余裕はなかった。大好きな人から貰った言葉が何より嬉しくて頭が回らないのだ。
きっとそれは、ピーターも同じだ。余裕がなく目の前に精一杯だと言わんばかりに目を泳がせて、結局目が合うと逸らすことを忘れてしまう。だから、彼の喉が震えると私も目を逸らせない。
「死ぬまで一緒にいたいとかじゃ、ダメ?」
ああ、もう。今ので完全にノックアウト。さっきのピーターより真っ赤になってる自信がある。
「……ダメじゃない//」
「なら良かった」
赤くなりながらはにかむ彼を見て、じんわり暖かいものが胸に広がるのを感じた。羞恥の熱なんかじゃない、ずっと柔らかくて優しい温もり。ピーターも同じ気持ちになってるといいな。だって私、今とても幸せを感じてるから。
「あんたのそういうところ、好きよ///」
呟きほどの小さな言葉は、人間離れした聴力の彼にきっと届く。少し恥ずかしいから今はこんなアプローチしかできないけど。お互いが真っ赤にならないくらいの時間を一緒に過ごして、あんたが優しいヘンテコなままでいたら、もっと大きな声で愛を伝えてやるつもり。
自然と頰を緩ませてそう考えてると、ピーターもへにゃりと力の抜けた笑顔を見せた。どうしようもない愛おしさが込み上げてくる。まったく、もう。両手を柔らかい栗毛に伸ばしてくしゃくしゃにしてやる。そうして私が両腕を彼の頭上に伸ばしたときだった。
「なあお前ら、そういうの2人だけのときでやってくれない?」
真っ白で清潔そうなタオルを持ったネッドがいつの間にかピーターの隣で呆れていた。今度こそ恥ずかしさの熱が全身に広がっていく。
ピーターと揃って上げた奇声は、周囲の視線を引くほどだ