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51 「君が」
ーーー
2日ほど前は雪なんか降っていなかったのに辺りはもうすっかりと白い雪に覆われていた。
こんな雪の日でも、駅前の商店街は喧騒が行き交っている。
空気が肌を刺すように冷たい。
バサッ
突然、頬に雪玉が直撃した。
「…った」
「うわぁ!すみません!!ほら、お前も謝れって」
雪合戦でもしていたんだろう。子供達が焦ったように僕を見ている。
「……」
…子供の相手は苦手だ。
僕は何も言わず、その場を後にした。少し歩いたところで振り返ると子供達は雪遊びを始めていた。その光景に、ぼんやりと過去の記憶が蘇る。
「佐藤見て!雪うさぎ作ったよ」
「ぐちゃぐちゃじゃないか」
「え…結構上手く出来たと思うんだけど」
「それのどこが」
「えい」
「ちょっ、おい。何がしたいんだ」
自分で上手く出来たとか言っていた雪うさぎを投げつけてくるのはどうかしている。
「あはは」
僕が先に歩きはじめると、君が僕の隣を歩く。
いつの間にか、1人だった僕の隣に君が居ることが多くなった。
僕には、友達がいない。
友達なんか必要ないし、欲しいとも思ったことは無い。
それは今も変わらない。
考えているうちに、目的地に到着していた。
唾を飲み込み、敷地に足を踏み入れる。
線香の匂いが鼻をくすぐった。
中に入ると、泣き崩れる女の人の姿が見えた。彼女の事は知っている。彼の母親だ。その隣で、父親が人に頭を下げていた。
訪れた人ほとんどが涙を浮かべている。
ドンッ
肩がぶつかる、というかぶつかって来たと言った方が正しいだろうか。相手はそのまま倒れてしまった。
「、ごめん」
セーラー服を着た少女。顔は酷く暗く、涙でぐちゃぐちゃだった。
「…こんなの、聞いてないよ」
少女は、その場で顔を覆い、泣き始めた。
僕のせい、ではないだろう。
どうするか戸惑い、顔を上げると1枚の写真に目が止まった。
遺影、か。
やっぱり泣かせたのは僕じゃなくて、君だ。
そのまま、真っ直ぐと足を運ぶ。
大量の花に囲まれた棺。
「……」
棺の中で眠る君。
「本当に、もう、君、は…」
普通に話したつもりが、声が震えてしまった。
ここには、気持ちの整理をつける為に来た。
君が亡くなったと聞いたとき、意味が分からなかった。でも、今こうやって動かない君を見て、やっと分かった。
君が、亡くなったこと。
突然、酷い吐き気に見舞われ、トイレに駆け込む。
「…っ、う」
不思議と涙は出ず、ただ苦しかった。
だんだんと記憶が蘇ってくる。
あの日も、雪が降っていた。
君は、中学2年の冬突然引っ越して来た。クラス中がその姿に釘付けになったと言ってもいいほど、人目を引いた。
その日からクラスメイトに囲まれ、人気者となった。君はとても、キラキラしていたから。
僕にはとても遠い存在だった。
「佐藤。及川に勉強を教えてやってくれないか?」
その時の担任のその一言が、僕と君の接点となった。
「…嫌です」
「そこをなんとか!ほら及川も」
「お願いします…」
こうやって先生に頼まされてるということは、相当点数が悪いのだろう。
「何点?」
「え?」
「今回のテスト」
「あー…2点」
「はぁ!?」
覚えている。馬鹿でも半分は取れるほど簡単なテストだった。何がどうしたら2点になるんだ。
「ちなみに佐藤は100点だぞ」
「へ!?」
先生の余計な発言に青い目を見開く君に、僕はため息をつくしかなかった。
「絶対嫌です」
「佐藤!そこをなんとか…!」
…断れなかった。
それから始まった勉強時間。
「…君、まさか不登校だったとか言わないよな」
「ちゃんと毎日通ってた」
本当に?と聞き返したくなるほど、知識というものが一切ない。
「佐藤は勉強するの好きなの?」
「別に。早く解いてくれ」
「ハイ」
放課後、教室に残り勉強を教えたり、ある日は彼の家に連れてこされた事もあった。
正直、放課後残った事も、同級生の家に行くのも初めてだった。
「勉強するって言ってなかったか?」
「ちょっと休憩!」
すぐにゲーム機を手に取る姿を睨むと、君は笑いながら僕にそれを手渡す。
「何?」
「スタート」
「は?」
「あははは」
「やった事ないのにできる訳ないだろ」
操作方法が分からず、画面の中のゾンビに食い殺されると、君は声を上げて笑った。
「ほらここにも」
「うわっ」
結局その日、勉強はしなかった。
「楽しかった」
「どこが」
君は僕が無視をしても、冷たい態度をとっても離れて行く事はなかった。
君はいつも、笑顔だった。
傷つくこと、暗い感情なんか知らないというように。
でも、ある日僕は見かけてしまった。
冬休みに1人、吹雪の中に立ち尽くす君を。今にも壊れそうな、見たこともない表情をして。
気がついたら僕は、そんな君に傘を傾けていた。
「何、してるんだ」
自分でも、自分の行動に驚いてた。
「…なんでもない」
声を掛けたのはいいものの、どんな言葉をかければいいのか思いつかず固まってしまう。
「…今日は寒いね」
「当たり前だ」
君は雪に打たれ、服も濡れていた。
「!」
ドサッ
「っおい」
突然、雪の上に倒れたが、それがわざとだと気がつく。
「君は、凍死したいのか?」
「…そうかも」
「馬鹿か!!聞いた僕も悪かったが、冗談でもそんなこと言うな」
驚いた顔をする君の手を掴む。その手は、凍っているんじゃないかと思うほど冷たかった。
「…佐藤」
「…」
「ねぇ、佐藤」
「……」
「…ごめん」
僕が何を思ったかは分からない。でもその後、そのまま家に送り届けたことだけは覚えている。
自問自答を繰り返しても、この感情だけは理解できない。
君は、僕を友達だと言っていた。友達の定義はなんだとか考えても、結局は個人の考えにすぎない。でも、僕は君を、1度も友達だと思ったことは無い。
家に帰り、自室でコートを床に落とし、メガネを枕元に投げそのままベッドに突っ伏する。
だらしない、とは思っても体は鉛のように重く、起き上がる事ができなかった。
君が亡くなった。
ただそれだけだ。やっと、面倒なことから解放される。
目に見えるものが全てぼやけていて、全てが遠く感じた。
目を瞑っても、瞼の裏に君の姿が焼き付いている。
「…ゆき」
たったの1度も名前で呼んだこと、なかったな。
ゆき、という名前は、とても君に似合っていると思う。だからこそ、言えなかった。過去の僕が余計なことを言ったから。
本当は、同じ高校を選んだのだって、もう少しだけ君を見ていたいと思ったから。
「……こんなの、あんまりだ」
ゆきは、どれだけ僕を困らせたら気が済むんだろう。本人が、そんな気は無かったとしても。
君のために泣くのは、今日だけだ。
僕は明日から立ち直る。立ち直れる。
でも、今日だけは君を想う事を許して欲しい。
これは「ただの友達」に向ける感情じゃない事くらい分かっている。
涙が溢れ、嗚咽が漏れる。僕は枕に顔をうずめた。
ゆきは素直じゃないし、強がりだし、僕の言うことを全く聞かない。
それでも、ゆきは綺麗だった。
青い瞳も、黒い髪も、雪のように白い肌も。輝くような笑顔も、全て。
僕は、そんな君が。
君の事が。
雪を見ると、君を思い出す。
僕は医者になった。
そして、一つだけ分かった事がある。
ゆきの病気は、病気なんかじゃなかった。
「…君を救いたかった」