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赤×水《 水さん女性設定、水さん視点 》
『 恋しき人よ、今空の彼方に 』
__太平洋戦争末期、とある若き夫婦の記憶より。
春の光は、微かに煙に霞んでいた。
焼け残った町の片隅。
まだ誰もが戦争の終わりを願いながら、
終わらない事を知っていた時代。
その町の一角にある、傾いた木造の一軒家。
そこに、私達2人は暮らしていた。
大神赤、22歳。
私の旦那様で、人を笑顔にするのが得意な人。
私達は小学校の同級生だった。
一緒に帰った坂道、手を繋いだのは中学の卒業式。
そして、戦火が広がり始めた時期に、結婚をした。
祝言は質素な物だったが、私達の心には確かに灯っている。
誰よりも強く温かな『 家族 』の灯りが。
彼が召集の通達を受けたのは、静かな午後であった。
入籍してから数えて、三十一日目の午後。
空襲警報が途絶えた静寂の中、玄関の扉がコトンと鳴る音がした。
差出人は、『 帝国陸軍 特別作戦部 』。
『 貴殿は本国を守るため、来月一日より特別作戦部への召集を命ず。指定された訓練場にて一ヶ月の訓練の後、速やかに前線に赴くこと。
天皇陛下万歳。忠誠を尽くすべし。 』
私は手紙を持ったまま、声にならない息を吐いた。
奥の部屋から赤が出てくる。
赤「………来た?」
水「うん……来ちゃった…」
赤は手紙を受け取り、眉を下げながら、穏やかに微笑む。
読み終えた刹那、私の手は震えていた。
紙を落としそうになった私を、赤がそっと抱き締める。
その胸の鼓動が酷く穏やかで、けれどそれ以上に哀しかった。
赤「……行かないわけには、いかないだろうね」
水「うんッ…。でも、帰ってきて……ちゃんと」
赤「勿論、絶対ね。……水と一緒に、歳重ねるって決めてるから」
私は声をあげて泣いてしまった。
そんな私の頬に、赤はキスを落とす。
まるで、全部忘れさせてくれるかの様に。
その日から、私達はまるで最初で最後の春を過ごすかの様に、生きた。
朝は味噌汁を分け合い、
昼は洗濯物を干しながら並んで空を見上げ、
夜は布団の中で手を繋いで眠った。
時折、灯火管制の合間に、耳を澄ませて未来を想った。
赤「ねぇ、水。……もし、戦争が終わって、ちゃんと帰れたら」
水「………うん」
赤「小さな家、建てよう。俺が板張りも窓枠も、作るからさ」
水「……じゃあ、私は……花を植えるねッ…」
赤「子供も……出来たら、いいね」
水「……そうだね。きっと、貴方に似て、よく笑う子になる」
そんな言葉を交わしていた。
まるで、全てが叶うかの様に、何の疑いもなく。
訓練に出る前夜、2人で質素なご飯を囲んだ。
おかずは梅干しと、お米を薄く炊いた粥だけ。
けれど、その夜は何処よりも温かかった。
水「赤ちゃん……怖いよ、本当は」
赤「水、俺もだよ。正直、怖くて仕方がない」
赤「でも……、水が家で待ってるって思ったら、俺、前向けるかも」
水「………離れたくない」
赤「大丈夫…、離れないって誓う」
赤「心はさ、どんな距離でも繋がってるんだよ。だから泣かないで……?」
この夜、私達2人は静かに、何度も抱き締め合った。
水「……命を懸けてまでお国を守るなんて偉いよ。私なら到底、出来ないなぁッ……」
赤「…帰ってきたら沢山褒めて。そうすれば心底やって良かったなぁって思えるから」
水「うんッ、勿論」
最後にしたキスは、お互い泣き笑いだった。
そして、訓練に赴く日。
赤は、白いシャツの上に軍服を重ね、肩に革鞄をかけた。
その姿はいつもの彼のままで、
けれど、もう戻らぬ事を確信させる程遠かった。
赤「……絶対に帰ってくるから」
水「うんッ、約束ね…?」
赤「水……、行ってきます」
振り返らずに言ったその言葉が、彼の最後であった。
焼け落ちた町並みの中にぽつねんと佇む我が家には、
いまだ赤の気配が残っている様に思えてならない。
風が吹けば障子が鳴き、箪笥の奥から彼の着物の裾がはらりとこぼれ落ちる。
茶碗の欠片に手をやれば、
指先に残るのは彼がいつも触れたあたたかさ
――そんな錯覚に囚われる。
………赤。
貴方はもう、此処に居ないのに。
彼が訓練に行ったあの日から半年。
連絡は途絶えたまま、私は毎夜、彼の寝巻きの襟を握り締めて眠った。
そしてある日の夕刻、家の門を2人の軍人が叩いた。
『赤兵曹のご家族の方ですか?』
水「……はい、そうです」
男性1人が帽子を取り、深く頭を下げる。
『……特別攻撃隊、作戦中に殉職されました。立派な戦死でありました』
言葉の意味を、心が理解するのに時間が掛かった。
男性の手には、霞んだ軍帽と、畳まれた軍服。
そして、一通の封筒。
『此方が、最後の手紙です』
その瞬間、私はその場に崩れ落ち、何度も、戻らぬ彼の名を呼んだ。
夜が更けても、手紙を開ける勇気は出ない。
漸く蝋燭に火を灯し、封を切ったのは深夜二時。
そこには、赤の癖字で、こう綴られていた。
“ 水へ
此れが届く頃、俺はもうこの世には居ないと思う。
本当は、もっと伝えたい事も山ほどある。
声で、手で、目で……全部、伝えたかった。
訓練の間、ずっと君の事を想ってた。朝目覚める度に隣に君が居ない事が辛くて、ご飯を食べる度、君の作ってくれる味噌汁が恋しかった。
夜は夢の中でしか君に会えない。
あの日言った様に、俺は本気で小さな家を建てたかった。君と肩並べて、子供を育てて、老いていきたかった。
戦争なんか、なければ良かった。
けど、こんな世の中だから、俺が君を守れる方法は、これしかなかったよ。
__それでも、本当はもっと、生きたかった。
君と、生きたかった。
泣いていいよ。けど、それ以上に笑って生きてね。
俺の分まで、幸せになって。
君の側に居させてくれて、有難う。
悔いがないとは言えないけれど、君を守る事が出来て、俺は幸せです。
最後に、もう一度だけ。
水、愛してる。
最後の最後まで、水の名前だけを想ってた。
心の底から、本当に愛してるよ。
何があっても、君が俺の光です。
__また、逢える日まで。
赤より “
私はその場で声もなく泣いた。
声が出なくなる程、嗚咽を堪えた。
静かな声に響くのは、
自分の鼓動と、
紙を濡らす雫の音だけ。
手紙の最後には、小さな箱が包まれていた。
中には、金色の指輪が二つ。
彼がこっそり作っていた、手彫りの、2人だけの指輪だった。
今でも私は、毎朝、小さな仏壇に手を合わせる。
そこには赤の軍帽と共に、一対の指輪を並ばせて。
一つは私の薬指に。
一つは、彼の位牌に。
私は今も、生きている。
彼と夢見た未来を、一人で歩いている。
けれど、彼はずっと、私の隣に居る。
そして今日もまた、祈る様に呟くのだ。
水「……貴方、行ってらっしゃい」
コメント
8件
ふつーに泣く😭 この、ハピエン版とか…🫶
もうっ!ほんっとに😭 辛すぎるよ😭😭 けれど、そんな赤ちゃんを失いながらも前をむいていく水ちゃんはすごいよね👏✨ 赤ちゃんもほんとに頑張ったんだね、