テラーノベル
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午前3時、どうにか寝る準備が整い、おぼつかない足取りでベッドまで辿り着いた。
グループ仕事ののち長丁場のラジオ仕事を終えての帰宅。
その前日も翌朝まで続くロケ、レッスン、前々日もリハーサル…。
…仕事量で還元率が決まる世界、忙しい日々にとてつもない感謝はある。
唯一の問題は体が持たない。
モゾモゾと入るとすでに布団は温まっている。
なんせ、一足早く返ってきた勇斗が先に入眠していたから。
深い寝息を立てて眠り込むその顔を眺める。
端正な顔立ちながら幼さの残る寝顔に見入ってしまう。
…今週、こうしてまともに顔合わせてないな。
偶然個人仕事の割合の多い週だったせいか、入れ違いが続いていた。
グループ仕事で会うのと、この関係で会うのとではやはり違う。
…そう言えば、とふと思い出した。
今日のバラエティ出演時、勇斗と共演していた女優さんがいたな。
やたらめったら距離近くて覚えていた。
…なのにあの野郎、ニヤニヤしやがって。
天然キャラで売ってるのか知らんけど、鼻の下伸ばしてたな。
…まあ仕事ですから?気にしませんが。
はあ、と息をついて仰向けになると徐々に瞼が重くなってきた。
『ごめん、仁人。色々考えたけど、もう付き合いきれないわ』
胸の内が急速に冷却されていくのを感じた。
『別れてほしい』
『俺もどうかしてたんだ。もっといい人いるって。しかも、俺らじゃ結婚も子どもを授かることだってできない』
振ってる人の顔とは思えないほどの泣き笑いは、ある近代有名画家の作品のように歪で残酷で、美しかった。
『今まで縛り付けててごめん』
沼から這い出るように気持ちの悪い寝起きだった。
…勇斗は…先に出たのか。
横にいない人影を見てそう判断した。
…あいつ、今日仕事入ってたっけ?
なんもいってなかったけど。
…まあこの後のグループ仕事で顔合わせるし。
頭を掻きながらため息をついて洞穴から抜けだしたその時。
「いっ………!!!」
サイドテーブルに足の小指が衝突事故を起こした。
一瞬出かけた悲鳴は小指から足全体まで一本の線を引いたようにジーーーンと響いた痛みにかき消されてしまった。
もうこの時点で察していた。
…今日多分落ちる日だと。
朝から酷い目に遭った。
1時間早くついた楽屋でぼんやりと座っていた。
…まあ、たまにはこんなこともあるだろうが。
ガチャ、と扉の開く音にもたれていた体勢から素早く姿勢を前傾に戻す。
「おはよ」
「うす」
イヤホンをむしり取って登場した勇斗だった。
「今日仕事入ってたっけ」
「いや、柔太朗と飯食ってきた」
「ああ、そう…」
へえ、柔太朗とね。
まさか俺に何も言わないで。
俺だって何もなかったの知ってたでしょうに。
さぞかし楽しかったんでしょうね。
…って、やさぐれにも程がありすぎる。
「何食べたん」
「内緒」
「は?」
思わず吐き出すように笑いながら返した。
本当に笑えてたかはわからない。
「お疲れ…おはよう仁ちゃん」
「おはよぉ」
「おはようございまーす」
続々と現れるメンバーたちに「おはよ」と返す。
勇斗も顔をあげて「おはよ」と返す。
…お前さっき俺にはもっと短い文字で返してただろ。
「太智…おおすごい扉噛んでる扉噛んでる…お前さあ…」
勇斗が今日初めての満面の笑みを見せた。
…すごいな。自分じゃ到底引き出せない顔だ。
俺と過ごしている時の勇斗は、もっと落ち着いている。
自分ではこうして笑わせたりすることも出来ない。
…さっきからペンでぐちゃぐちゃに書き殴った何かが胸中で騒めいている。
「柔太朗、何食ってきたん」
「え、勇ちゃんから聞いてない?」
柔太朗に同じ質問をすると意外そうに答えた。
「え、聞いちゃいけないことだった?」
思わず聞き返すと「どこにそんな要素あるん」と柔太朗がクールに笑った。
「焼肉だよ、焼肉」
「はえー、真昼間から?」
「普通に食うでしょ」
ていうかさ、と柔太朗は勇斗の方を向いた。
「勇ちゃんもそれぐらい答えてあげればいいのに」
「柔太朗を連れていきたかったからさ」
黒いモヤモヤは密度を増した。
「別に大した話してないだろ…」
柔太朗は苦笑いした。
その顔は一の字のようにも思えた。
それからちら、とこちらの顔も見て。
…今気遣われたな。
それがさらに重くなった心を奥へ沈めた。
冷や汗を隠しながら口角を上げた。
…情けないな。
「いや、別にいいよお前らが食ったもんなんか興味ねえし。聞いといてなんだけど」
「は?だったら聞くなよ」
柔太朗が笑いながら言った。
勇斗は何も言わない。
太智は…ハナから興味ない。
スマホいじりながら「喧嘩しやんと仲良くせえやー」とだけ言った。
その時、ちょうどメイクから戻ってきた舜太が「勇ちゃん次やで」と声をかけた。
「はいよー」
目もくれず外に出ていく。
…今日一度も目合ってないな。
嫌なことに気がついてつかんだ服の裾に深く皺が刻まれた。
「僕たちは」
『M!LKです!!』
いつもの円陣を組んでそれぞれの持ち場へ離れていく。
バラエティで好評だったこのワンチャンスで全てを成功させる無謀な挑戦をまさかYouTubeでもやるとは。
「アッハッハッハ!!」
太智の底抜けに明るい声が聞こえれば失敗の合図になる。
勇斗はすぐに駆け寄って組み敷き、2人もそれを見て笑っている。
「あーーーーッッッ!!!!」
「うっわ…っとにまじで最悪」
次は柔太朗が悔しそうに上を見上げれば勇斗が駆け寄って肩を叩いた。
「ドンマイドンマイ、次決めよう」
必ずこういうものには『ハマる時期』というものが来る。
それは後半10分に差し掛かって自分に降りかかってきた。
「また仁ちゃんやったわ!!」
舜太の楽しげな声に肩身が狭くなった。
「仁人早く〜、みんな待ってっからさあーー」
勇斗の不満げな声に青筋立てそうになった。
…お前さっきまで他のメンバーには茶化したり励ましたりなんだりしてたくせに。
「ごめん!」
心の中に湧き上がってきた黒い泥のようなものを飲み下して、大きな声で3文字の言葉を放った。
「ちょっと待って、何してんの?」
その後笑い声と混じって続く勇斗の、中々に辛辣な言葉が、ずぶり、ずぶりと心臓に深く刺さる心地だった。
…仮にも好きなやつにここまで言うか?
…他のメンバーには甘い顔して、やってること気持ち悪いんだよ。
悲しい気持ちの裏にふつふつとした怒りの感情が湧くのを感じた。
…まあそれもそうか。
顔の表っ面の皮は必死に上に口角を引き上げつつも、声が詰まって発せなくなっていた。
仕事中だ。
取り繕え、笑顔になれ、自分が不安定になってどうする。
…そりゃあそうだ。
舜太みたいに可愛げなけりゃ太智みたいに笑わせるようなことも出来ず、柔太朗みたいな優しさもない。
…現にこうして大衆に愛されている彼を、独占することなんて。
笑っている周りの大人たちと空間がマーブル状に渦巻いて飲まれそうな心地になる。
その厚い面の皮にパンチを入れたい気持ちを制御するように、カメラの向けられない背面の服を空いた手で握りしめた。
…もうこれ以上は俺のメンタルが持たんな。
その時カンペが俺に向けて出された。
「終ーーー了ーーー!!」
早く逃げたい一心で、高らかに宣言した。
「お疲れ様でしたー」
各々スタッフに挨拶をして楽屋まで戻る道中で時計を確認した。
21時。
早足で廊下を急ぐ。
「…、仁人!」
後ろから勇斗の声が聞こえる。
わざと聞こえないふりをして更に足を早めた。
もう自分でもなぜこんなにダークサイドに落ちているのかわからなかった。
「待てって!」
肩を掴まれてこちらを向くように誘導された。
顔は見れない。
上から降ってくる声色は、いつもよりも低く耳を震わせた。
「お前今日どうしたの?何かあった?」
…どの口が。
吐き捨てそうになったのを飲み込む。
何もないよ。
それだけ返そうとして顔をあげて、言葉に詰まった。
眉間に皺を寄せた勇斗の目が僅かに細められている。
…ああそうか。
こんなくだらないこと考えていたのは自分だけか。
「…はぁーーーーーーーーーーーー……」
「え、え、大丈夫かよ」
大きなため息をついて頭に手を当てる。
勇斗が慌てたように肩を支えた。
なんかもう、自分が恥ずかしいよ。
こんなことでうだうだしていたのが。
「大丈夫。なんかごめん、情けない人間で」
「はあ?なんの話…とりあえず帰ってから話そ?ね?」
「無理、ごめん、今がいい」
楽屋目前の廊下の壁の前で身も蓋もないことをいった。
勇斗が思案のためか数秒間を開けて、支えた肩をそのまま胸の方に引き寄せて寄り掛からせる。
久しぶりの温もりにじんわりと心が解けてくる。
「あ、スタッフさん。すいません、あのー…仁人帰れないぐらい体調悪いみたいで。どっか部屋借りられたりしないですかね。…あ、俺見とくんで大丈夫です。ありがとうございます」
許可が取れたのか勇斗が耳打ちした。
「一応体調不良ってことにしといたから、文句なしね」
もうどうでも良くなった俺はあれよあれよという間に勇斗の背中に乗せられた。
しばらくすると勇斗がギョッとした声を上げた。
「肩あつっ!え、うそ、泣いてんの?」
「ああそうだよ自分の情けなさに俺涙ちょちょ切れてるよ」
「本当にどうしちゃったの…ねー仁人」
最後は聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいた。
微かに聞こえた声は、やたら寂しそうに思えた。
「…どうしたら信じてもらえるかなあ」
スタッフさんからの依頼で、とある部屋の前に荷物を置きに向かっていた。
楽屋を閉めたいが体調不良者が出たので届けて欲しいと。
おおかた予測はついていた。
『もう俺、今までどう接してきたかわかんなくなってきた…』
今日の飯で頭を抱えながらそう呟く勇ちゃんに、なんとなく兆しは感じていた。
『確かに最近勇ちゃん仁ちゃんに若干甘くなってきたよなあとは思った』
鉄網の上に赤い肉を並べながら本音を言った。
『やっぱそうだよね。あーーー…でも仕事の場だからさ、いつも通りしないとって思ったから、付き合う前の動画見返したりしてるんだけど感覚思い出せなくて。もうちょっと厳しめに言った方がいいのかなあ』
『いいんじゃない、だって2年でしょ?もーーーーーわかるよ、流石に。こんなにわかりやすく好き好きオーラ出しまくってるんだからさ』
勇ちゃんが肉をひっくり返す手を止めた。
滴り落ちる肉汁を眺めながらつぶやいた。
『どうなんだろうね。まだ信用されてない気がする』
作業を再開しながら、
『俺は添い遂げる自信あるよ。たぶん仁人も同じように思ってくれてる。でもたまに魘されてるところ見るんだよね。起きてきてすぐに俺のこと探してたりするし。わかるまで伝えていくしかないよね』
苦笑いしてそんなことを話していた。
多分今日「内緒」と答えたのも、本人の気遣いだったと思う。
該当の部屋に辿り着き、ノックをしようとして手を止めた。
扉の窓から勇ちゃんと…その膝の上にやけに山のように盛り上がった上着。
その山のようなものを眺めながら柔らかく撫でているようだ。
おそらく顔隠しでその上にはよっしーが横たわってK.O.されているんだろう。
ふと、勇ちゃんと目が合った。
置いといた、とジェスチャーで床を指し示すと勇ちゃんはグットサインを出した。
自分の仕事は終えたのでそのまま離れることにした。
…よっしーには今日のこと連絡しとこうかな。
…いや、いいか。
こればっかりは自力で解決してもらわないとね。
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なんか時々動画でのお互いの少し強くなる(?)言動はこれだったのかーと解決できました🤣もても胸がキュンとする素敵なさのじんありがとうございました❗続きます…か?ドキドキ🩷💛続きあったら嬉しいです