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玄関先にはヤギ頭が崩れ落ちた残骸が、ボロボロと灰の様になっている。
「う~ん、どうしよう? 汚いなぁ…… それに残しておくと良く無い気がする……」
――――ホウキどっかにあったっけ? お清めに塩とか撒いた方が良いよね?
ホウキを探して辺りをウロウロしている時、灰の中で何かがキラリと光った。
怪訝(けげん)な顔をして拾い上げてみれば、半透明の赤い石の様である。
「何だこれ? 宝石? ヤギ頭が持ってたモノかな? あいつアクセサリー的な物付けてたっけ? 崩れ残ったのかなぁ?」
バケモノが持っていた若(も)しくは身に付けていたモノだと思うと気味が悪かった。
しかし、何か手がかりになるかもと思い、取り敢えず拾ってスウェットのポケットに入れておいた。
ホウキを発見し、掃き掃除をしていると、傍らにヤギ頭が手にしていた小汚い袋が落ちているではないか。
拾い上げ、中を覗いてみるが不思議な事に空っぽであった。
「あれ? 何か青い玉みたいなのを入れていた様な?」
コユキは自分の部屋へ行き、そこら辺にあったタウン誌をその小袋へ入れてみた。
「! 消えたっ?」
試しに、働く気も無いのにもらってきた求人誌を何冊も入れてみる。
……やはり消えた。
「これは良い物を手に入れたぞ!」
コユキは嬉しそうに、青カビが浮いたパンや、履き古した黄ばんだパンツを次々と入れてみた。
じゃぁこれも! と廃刊になり部屋の中に放置していたBL雑誌『ゲロゲロ』を手に取った。
今までどれ程『ゲロゲロ』に青春と情熱を捧げてきたことか。
様々な思い出がコユキの脳裏に蘇る。
コアなファンの一人であったコユキは創刊当初からこのマイナー雑誌を支えてきたのだ。
親のカードをそっと持ち出し、コミケへと向かったあの日々。
そして、共に歩もうと心に決めたにも関わらず、突然の廃刊宣言。
「くっ…… ちきしょうっっ!」
怒りにまかせ、袋の中へ次々と放り込む。
消えた……
「ほぅ~! 噂に聞くアイテムボックス的なやつかな? これもあいつに聞いてみよう」
袋の端をズボンのウエストゴム部分に挟み込みくくり付けた。
家の玄関に鍵を掛けて出かけるなんて、コユキの人生で初めての行為だった。
いくらコユキが一人部屋に篭ろうとも、いつも家には誰かいた。
皆がいなければ自分は今ここにはいないし、引き篭る部屋さえ無かったのだから。
今までずっと、三十九年間、図々しくも一人で生きてる様な気になっていた。
そんな勘違いを、いざ一人きりになってみて漸く気が付いたのだった。
「あっ! 生ゴミは片付けていこう、ニオイそうだもんね」
先程の便利袋に生ゴミを放り込んだ。
「なんとかしなきゃ! 今はアタシしか動けないんだから! 皆を助けなきゃ!」
と、何度目かの決意を自分自身に言い聞かせ、玄関に鍵を掛け、意気込んで家を飛び出してきたコユキであったが……
「ううぅぅ ……暑い ……暑すぎる」
コユキの太り過ぎの体に、その白く艶(なまめ)かしい、セルライトの浮かび上がる肌に、真夏の日差しがジリジリと容赦なく照り付けている。
殆ど部屋から出ない、常に日陰にいるコユキの生白い肌がみるみるうちに赤くなっていく。
照り焼き、あぶり焼き、天日干し…… まさにそんな状態であった。
「地球温暖化は本当だったのか。 まとめサイトにすっかり騙された…… ちきしょうネトウヨめぇ~」
普段はサンダル履きのコユキだった。
夏だからサンダル若(も)しくはゴム草履という訳ではなく一年中、春夏秋冬、暑い日も寒い日もサンダル履きだった。
今日、何年かぶりに履いたスニーカーは足に馴染むわけが無い。
まだ一キロも歩いていないというのに、踵(かかと)には靴擦れができ、足指には水ぶくれができていた。
「せめて靴下を履いてくればこんな事にはならなかったのに…… ? 靴下? ってあったっけ?」
靴下などそんな高尚(こうしょう)なものは、学生の頃以来履いた事が無かった、というか持っているかどうかも怪しい。
ジリジリと炙りチャーシュー化しながら、途中、道路脇に子猫の死骸を発見したコユキは何か思うところがあったのか、
「可哀想に…… 一人ぼっちでこんな所で死んじゃったのね……」
とその死骸を便利袋にそっと入れた。
やはり消えた。
「これで成仏してね」
両手を合わせるコユキだった。
それにしても、子供の頃だったらあっという間だった道のりがこんなに長距離に感じるとは、こんなに動けないものだなんて…… と、コユキは自分の体力を過信していた様だ。
「ううぅ、しんどいーこんなに遠かったっけ?」
もう少し運動しておけば良かった、とこの時ばかりは後悔した。
ふぅ~、ふぅ~と荒い呼吸をしながら、汗だくでなんとか目的地へ辿り着くのだった。