テラーノベル
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料理と花は、少し似ていると思う。
どちらも、なくても生きてはいけない。
腹を満たすためなら、簡単な食事でいい。
部屋を飾るだけなら、造花でもいい。
それでも人は、手間をかける。
誰かのために。
誰かに喜んでもらうために。
そういう無駄を、大事にしている。
「酒寄」
また、その声だった。
最近ではもう、店のベルより先に気づく。
渚はいつも少しだけ遠慮するように店へ入ってくる。
自分が邪魔ではないか確かめるみたいに。
「今日は花じゃない」
「分かる?」
「顔に書いてある」
「そんなに分かりやすい?」
「分かりやすい」
渚は苦笑した。
「じゃあ今日は、客じゃないってことで」
「勝手に決めるな」
「友達」
「……」
「駄目?」
そう聞かれると、断りにくい。
ずるい聞き方をする男だと思った。
渚はいつもそうだ。
押しつけない。
相手が断りやすいようにする。
なのに、なぜか断れない。
「……で」
「うん」
「何しに来た」
「ご飯作る」
「は?」
意味が分からず、聞き返した。
「酒寄、いつもちゃんと食べてなさそうだから」
「食べてる」
「それ、コンビニのおにぎり見ながら言える?」
「……」
言えなかった。
図星だった。
花屋の仕事は朝が早い。
仕入れ、水替え、店の掃除、接客。
気づけば昼を逃していることもある。
「料理人なんだろ」
「一応」
「その“一応”やめろ」
渚は少し驚いた顔をした。
「気になる?」
「……別に」
反射的に否定してしまう。
けれど。
気になっていた。
渚がどんな料理を作るのか。
どんな顔で包丁を握るのか。
どんな場所で働いているのか。
知らないことが増えていることに、少しだけ気づいていた。
その日、店を閉めた後。
渚は小さな鍋を持ってきた。
「簡単なものだけど」
蓋を開ける。
湯気と一緒に、優しい匂いが広がった。
クリームシチュー。
派手な料理ではない。
でも、丁寧に切られた具材が均等に並んでいた。
「……」
「どう?」
「普通」
「またそれ?」
「褒めてる」
「酒寄の褒め方、分かりにくい」
渚は笑った。
スプーンで一口すくう。
温かかった。
ただ、それだけなのに。
妙に安心した。
「うまい」
口にすると、渚の手が止まった。
「今」
「何」
「ちゃんと褒めた?」
「……」
「録音したかった」
「するな」
渚は嬉しそうに笑った。
その顔を見て。
胸の奥が少しだけざわついた。
花を渡した時も。
誰かの話をする時も。
渚はいつも、相手の反応を気にしている。
自分がどう見られるかじゃない。
相手がどう感じるか。
そこばかり考えている。
「ねえ」
「ん?」
「渚」
「うん」
「自分の好きなものとか、ないの」
渚は少し考えた。
「あるよ」
「何」
「料理」
「それ以外」
渚は黙った。
すぐ答えられないことが、妙に引っかかった。
「……花」
「え?」
「花も好き」
渚は店の隅に置いた花瓶を見る。
そこには、数日前に俺が残した白い花があった。
「綺麗だから」
「それだけか」
「それだけじゃ駄目?」
「いや」
駄目じゃない。
でも。
こいつはいつも、誰かのために好きなものを選ぶ。
自分のためのものが少なすぎる。
「酒寄は?」
「俺?」
「好きなもの」
考えたこともなかった。
花屋だから花が好き。
そう言えば簡単だった。
でも、本当にそれだけなのか。
「……この店」
気づけば、そう答えていた。
「母親からもらったから」
渚は何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
「大事なんだね」
「……うん」
「じゃあ、俺も大事にする」
「何を」
渚は少し笑う。
「この店に来る時間」
その言葉が、なぜか残った。
帰り際。
渚はいつものように「また来る」と言った。
俺はいつものように「勝手にしろ」と返した。
でもドアが閉まった後。
店の中が、少しだけ広く感じた。
静かすぎると思った。
前までは、そんなことなかったのに。
白い花を見ながら思う。
名前もない感情は。
花よりも扱いが難しい。
水をやるべきなのか。
枯れるまで待つべきなのか。
俺には、まだ分からなかった。
コメント
1件
第3話、読み終わりました。料理と花の共通点から始まる静かな空気感がすごく好きです。渚が作ったシチューを「うまい」とだけ言う酒寄さんの不器用な優しさと、その一言に渚が「録音したかった」って笑うところ、胸がじんわりしました。最後の「名前もない感情」の比喩、切なくて美しい。二人の距離がゆっくり縮まっていく感じが、ちゃんと描かれていて続きが気になります。藤森さん、素敵な時間をありがとうございます。
夢汰🌩️

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