空気が重い。
しかし、不思議なことに、大して気にはならない。
なんだろう、懐かしいような、寂しいような、この感覚は。
綺麗だった。薄暗く、ジメジメとした雰囲気ではあるのに、どこか、幻想的で、神秘的で、とにかく綺麗だった。
そんな雰囲気だから、必然的に身体が動く。もっと見たいって、そう叫ぶかのように、身体が前へ、前へと進む。
そんなだから、一瞬、地面から手が生えてきて、ゾンビみたいなのが現れた時、俺は全く気付かなかった。
普通だったら俺は叫んだだろう。怯えただろう。逃げただろう。だが、その時の俺は目の前の景色に見惚れ、うっとりとそれを眺めながら進むだけの人形のような状態だった。
だからゾンビの鳴き声も、絡んでくるのも”ウザイ”としか思わず……
不意に気がついた時には、ゾンビは地面に這いつくばっていた。
「……は?」
その異様な光景に、流石に目が覚め、驚き、叫んだ。
「うわぁぁぁぁぁっ!! びっくりしたぁ!」
俺は地面を這いつくばるゾンビから距離を取った。
途端に、モニターの電源をつけたような、ピッ、という音が鳴る。
俺がそれに反応して顔を上げると、映写機で写したかのような映像が、目の前に映し出されていた。
「やぁ、ひまじん君!」
画面の向こうから、俺を呼ぶ声がした。
しかし知らない声だ。いつもなら「こういう事をするドッキリ好きなおっさん」の声がするだろうが、今回は違った。
どちらかというと、爽やかな、若い男の声がした。
青年が、画面に現れた。俺は驚いた。
その画面にいた男は、この世界にいるはずの、いやいるのはいるがその年ではないはずの男だった。
「ああ、ロナウドではないよ。見間違えるだろうが、ほら、微妙に違うはずだ」
そう言われて目を凝らすと、確かに自分の知る、21歳のクリスティアーノ・ロナウドとは違う、少しアジアンに近い顔色をしていた。
「流石に人種までは真似できないからね。……ふっ」
「な、何がおかしいんや」
「いや、少しね……」
そういうロナウド似の青年の表情は、懐かしむような微笑みと、少しの寂しさを含んでいた。
「……さて、説明をしようか。ここが何であるか、君はどうしてここにいるのか」
彼は、そう言って淡々と説明を始めた。
「この場所は……『メメント・モリ』。◯を体現する場所。ここには、忘れられた、つまり事実上◯んでしまった記憶が眠る場所だ」
「君には、君が失ってしまった記憶を取り戻しに行ってもらいたい」
話がよくわからん。
どういう事だ?正直、俺としては記憶を失ってなどいないと主張したい所だ。
「……あー、ひまじん君。今日は何月何日何曜日だ?」
「あん?……8月21日水曜日やと思うけど」
「……はぁ。そう言うと思ったよ」
「今は、12月18日の水曜日だ」
「……え?」
「はぁ!!?」
「君は、実に4ヶ月程度の記憶をすっぽり無くしているのだ。この波乱の4ヶ月の記憶をね」
「え、いやちょい待てや、なんやその限定的な記憶消去は。何があったんや?」
「……君達は、とある戦いの末に、俺以外全員が4ヶ月分の記憶を失ってしまっていたんだ」
「……はぁ、ふむ……」
「……だから君は僕の事をよく知らないわけだ」
「……ふ〜む。……じゃあ、まずは安全確認やな」
「テメェは敵か?味方か?」
「……僕は味方だ。君達と同じ50人クラフト及びニート部所属のプロクラフターさ」
「……おぅマジか。て事はその4ヶ月のうちに入ってきた新参者で、尚且つニート部入るくらいにゃキャラ立ってるやつちゅう事やな」
「というか、そもそもこの顔ならなってもおかしくないだろう?」
まぁ認めたくはないが、間違いなく参加は出来るだろう。だってほぼクリスティアーノ・◯ナウドみたいな顔の奴がそこにいるのだから。
「……んでお前は、あれか。一応奇跡的に免れたわけか」
「……いや。僕はある人に庇ってもらってここにいるんだ。……」
悲しいような、寂しいような、それでいて少し、嬉しいような。そんな表情を◯ナウド似の青年は浮かべた。
なんやコイツ。
「……誰や。このか、あーけんか、どっちや」
「さぁね。当人から聞きたまえ」
「……だーっ!なんやムカつくな!!惚気かテメェ!!」
「はっはっは」
「……でもなんつーか、懐かしいような気分になるな。どっちにしろそんななげー付き合いでもないってのに」
「……そうかい?」
「……楽しかったのかねぇ」
「……かもね」
「まぁええわ。そういう事ならちゃっちゃと記憶取り戻してくるわ!んで、武器とかは?」
「ああ、不要だよ」
「は?不要なわけないやろアホか」
「……不要だよ。その代わりに、そのマップ「メメント・モリ」だけで使える特殊な能力をあげたからね」
「……能力?」
「そう。「パラレルテクニック」と僕が名付けた、似たようなキャラの技を使える力さ」
「ひまじん君。君の場合は「医療」だ。君の両手をメスに変化させ、切り裂く力はもちろん、肉体でなく内部の筋肉、神経、経路系のみを切り裂く事も出来る技だ」
「誰がカ◯トやねんこら」
「あぁ……まぁ、外見が似てるなと思ってね。理由はテキトーだよ」
「……まぁ?確かに似とらんでもないが」
「僕から言える事は以上だ。僕は他の所にも接続しなくちゃならないから、また会える時に会おう。それでは!!」
「……おう」
モニターの電源を切るようなカチッ、という音がする。
俺は何を思ったか、一言
「……ちゃんと取り返してやんよ!」
と、言った。
モニターが消える前、あいつは寂しさと嬉しさの混じった、なんとも言えない顔をしていた。
「……なんやようわからんけど、あんな顔するんやから仲は良かったんやろな」
「……ま、いっちょやってみますか」
俺は失われた記憶を取り戻すため、
薄暗く、それでいて美しいその場所を、進み始めた。
コメント
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勉強になります。