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街に着くまで、私はずっとルイスの胸の中にいた。
初めは悲しさで胸が締め付けられそうだったが、段々と安らいでゆき、それは眠気へと変わった。
「ロザリー、着いたぞ」
ウトウトしていると、馬車が止まった。
御者が馬車の扉を開く。
「おや、マリアンヌさま……、眠ってしまわれたのですか?」
御者が私たちの様子を見て、心配そうな表情を浮かべていた。彼の眼には婚約者ではない男に身体をゆだねているマリアンヌと映っているのだから。気が緩んでいるのではないかと心配されても仕方がない。
「ルイスさま、その――」
「支えていないと頭を強く打ちそうだったので、つい……」
「本当ですね?」
「はい。誤解させるようなことをしてしまい、申し訳ございません」
「……なら、よいのです。では、行ってらっしゃいませ」
御者はルイスに疑惑の視線を向ける。
御者にとって、マリアンヌは主人の娘であり、苦言は呈するものの注意は出来ない。ルイスはそうではないので強めの言葉で警告される。
これ以上言われたくなかったので、私たちは早々に馬車から出て、御者から離れた。
「ロザリー、落ち着いたか?」
「ええ。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」
密室で誰にもバレないと気が緩んでいたのかもしれない。
あと数分もすれば、街の大通りに入る。
大通りに入ったら、先ほどのような失態はマリアンヌの悪印象につながる。
マリアンヌには迷惑をかけられない。
私はすうっと息を吸い、気持ちを切り替える。
私はマリアンヌ、私はマリアンヌーー。
「さあ、チャールズさまのプレゼントを買いに行きましょう!」
「……凄いな。マリアンヌにそっくりだ」
「ルイスはどんなプレゼントがいいと思う?」
「えーっと」
私はマリアンヌが言いそうなことを口にする。
ルイスは私の演技力に圧倒されていた。
私の演技について行けないのか、それとも行き先を考えているのかよく分からない返事をしている。
「アクセサリーはどうだ? うん、それがいい」
「じゃあ、お店に行きましょう! 案内するわ」
私はルイスに微笑む。
ルイスは苦笑を浮かべていた。
こうして、マリアンヌに変装した私とルイスのデートが始まったのだった。
☆
私がルイスを連れて行った店は、以前マリアンヌと訪れた事のあるアクセサリー店だった。ここで三人お揃いのネックレスを購入した。
「三人でここに来たとき、あなたとロザリーは言い争いをしていたわよね」
「マリアンヌに『いい加減にしなさいっ』って怒られたよな」
「だって、人が集まってくるほどの喧嘩をしていたんですもの。見ていて恥ずかしかったわ」
私とルイスは三人で出掛けたときのことを話しながら、この店に来た。
「ねえ、ルイスはどれがチャールズさまに似合うと思う?」
「王子様に似合うもの……、か」
店内に入り、私とルイスはアクセサリーを選び始めた。
チャールズへのプレゼントを選んでいる設定だが、本当は私たちのものを選んでいる。
「ここでいいのか?」
私の耳元でルイスが囁く。
視線は店員の方へ向いており、彼らに都合の悪い話題だと言うのが感じ取れた。
「ルイスと一緒に選んだものが欲しいの」
小さな声でルイスに告げた。
ルイスが心配しているのは、プレゼントがこの店のアクセサリーでいいのかということだ。
私たちがいる店の客は主に学生で、お小遣いを貯めて購入するくらいの価格帯だ。
ルイスはライドエクス侯爵家の従者だった時の貯金と士官学校内で働いて貯めたお金がある。普通の学生よりもお金を持っているのは確かだ。きっと、大人が利用するアクセサリー店の商品も買える財力はあるのだろう。
王女である私が安価なアクセサリーで喜ぶのか。
ルイスはそれを心配していた。
「わかった」
私の答えを聞き、迷いが無くなったルイスは店内からあるものを選んだ。
「これにしよう」
ルイスが指したのは、指輪だった。
「でも、私……、マリアンヌだし指のサイズが――」
「お前のはもう分かってる」
「えっ!?」
指輪を選んだくれたのは嬉しい。
でも、指輪のサイズが分からないから候補には入らないと思っていた。
一緒に来ているけども、今の姿はマリアンヌ。
小声でルイスと会話は出来るけど、この場で指輪を付けることは難しい。
私はそう思っていたのだけど、ルイスは違った。
どうやって私の指のサイズを測ったのだろう。
眠っているときにこっそり?
「前に、ここで指輪をはめただろ?」
「あっ」
答えは簡単だった。
以前、三人でこの店を訪れた時、ルイスが私の薬指に指輪をはめたことがある。からかいの延長線だったから覚えていなかった。
「どのデザインがいいんだ?」
「……これがいい」
私は一つの指輪を指した。
ルイスはそれと、対になる指輪を取った。
「俺の相談にのってくれてありがとうな」
「ルイスのプレゼント、恋人に喜んでくれるといいわね」
「チャールズさまのプレゼントは見つかったか?」
「……いいえ。別の店で探しましょう」
私とルイスは、一つ演技をして買い物を終えた。
店を出て、私は安堵する。
「用事は終わった。帰ろう」
「……うん」
もっと一緒に街を歩きたかったが、すぐに屋敷に帰ったほうがいい。
街を歩く兵士や騎士の人数が明らかに多くなっているからだ。
捜索の手がクラッセル領までのびている。
これは早く屋敷に戻ったほうがいい。
御者がいる場所へ帰ろうと、歩を動かしたその時――。
「マリアンヌ・クラッセルさま、ですね」
「っ!?」
一人の騎士が立ち止まり、私に声をかけてきた。
「ルイス、お前もここにいたのか」
「カズンさま……」
私に声をかけてきた騎士は、ルイスの元主人、カズン・パワー・ライドエクス侯爵だった。