テラーノベル
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デスクの上の資料を,桐島は静かに見つめていた。
事件概要。
被害者数。
経過報告。
全部,頭に入っているはずなのに,視線だけが紙の上を滑っていく。
5年前,初めて銃を撃った日の感覚だけは,消えなかった。
桐島は,子どもの頃から身体が弱かった。
大病をするわけではないが,人より疲れやすく,回復も遅い。
それでも,強くなりたくて柔道を始めた。
投げられて,立ち上がって,また投げられて。
慣れるまで,時間がかかった。
親は優しかった。
無理をするなと言い,出来なくても責めなかった。
だからこそ,自分で自分を追い込んだ。
警察官になってからも,最初の仕事は裏方ばかりだった。
現場の外。
補助。
書類。
それでも,分かっていた。
……いつか,銃を使う日が来る。
それが,5年前のある事件だった。
立てこもり事件。
刃物を持った犯人。
既に,被害者が出ていた。
現場は緊迫していた。
「このまま時間をかければ,被害者が増える」
判断は,正しかった。
銃を構えた瞬間,世界が静かになった。
銃口の先にいるのは,標的じゃない。
生きている人間だった。
それでも,撃たなければ,増える。
守るために,引くしかなかった。
引き金は,想像以上に重かった。
発砲の瞬間,反動が腕を貫いた。
身体が追いつかない。
手首が,一気に持っていかれる。
耐えきれず,関節が悲鳴を上げた。
……酷い捻挫だった。
でも,その場では痛みを感じなかった。
音。
倒れる影。
静まり返る空気。
全部が終わってから,ようやく手が震えていることに気づいた。
夜,一人になった時,遅れて痛みが押し寄せた。
手首の痛みよりも,胸の奥が重かった。
目を閉じると,5年前の光景が蘇る。
「正しかった判断だ」
何度言われても,心は追いつかなかった。
それからも,仕事は続いた。
また銃を使う現場にも出た。
怖さは,消えなかった。
慣れたわけじゃない。
ただ,耐えられるようになっただけだ。
今の桐島は,プロだ。
反動も制御できる。
あの頃のような酷い捻挫は,もうしない。
それでも。
引き金の重さだけは,5年前から,ずっと残っている。
桐島は,静かに息を吐き,資料に視線を戻した。
撃たなければ,被害者は増えていた。
それでも,忘れない。
それが,警察官として背負ったものだから。
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