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『でっけ……! ここまで育ったのは初めて見ますわ!』
地面に落ちている最中だと言うのに、モンスターがそう叫ぶ。
その声に導かれるように、俺は眼の前にいる巨大な鬼腫キシュを見た。
1つ目のモンスターが言った通り、でかい。とにかくでかい
数十メートル。いや、下手をすれば百メートル近くある巨大な岩から十メートル近い人間のような真白い足が六本、生えている。
『ここまで肥大化するなんて尋常じゃあないですぜ……!』
「でも、第五階位なんでしょ!」
『そりゃあそうですが……!』
モンスターが困ったようにそう言うと、ぎちり、と物凄い音がした。
見れば、岩壁が引きちぎれるようにして6つの巨大な瞳が開いている。
その瞳孔は全て俺たちを見ていた。
「……っ!」
息を飲む。飲んだ瞬間、その視線が俺の後ろに飛んだ。
遅れて俺も後ろを見れば後ろから飛んできた『導糸シルベイト』がぐるぐると巻きつく。
見れば後ろからアヤちゃんが俺に向かって『導糸シルベイト』を伸ばしていた。
そんな彼女が『導糸シルベイト』を伸ばしているのは俺だけではない。ニーナちゃんや、1つ目のモンスターにも同じように結び付けられている。
「イツキくん。後はお願い!」
「ありがとう、アヤちゃん!」
俺はアヤちゃんから託されると『導糸シルベイト』を巨大な鬼腫キシュに向かって放った。
先端を『形質変化』。鋭く尖らせ岩肌に打ち込むと、全員を引っ張り上げる。
ぐん、と重力に打ち勝ち俺たちの身体が空中で反転。
モンスターの身体に向かって飛び上がる。
その瞬間、モンスターの岩肌を破るようにして内側から人間の唇が現れた。
そして、ばかっ、と開くと舌っ足らずの言葉を吐き出す。
『こ、こ、こんにち……わぁ!』
「こ、こんにちは……」
それに律儀りちぎに挨拶を返すアヤちゃん。
別に返さなくても良いけどな……と思いながら俺はモンスターの瞳に向かって魔法を放った。
「『焔蜂ホムラバチ』」
ごう、と魔力が渦巻いて俺の手元に生み出された炎の槍が巨大な瞳に向かって飛ぶ。
外しようのないほどの巨体。外さないほどの大きさ。当然、必中。
爆炎が弾け、目を潰す。
『ばちばちだ〜!』
だが、それでは祓えない。瞳を1つ潰され、黒い涙を流す鬼腫キシュモンスター。
しかし大きな口元が歪むと、笑い声が轟く。
『もっかいやって〜!』
楽しそうにモンスターは側面に新しく巨大な腕を生やすと、俺たちに向かって手を伸ばしてきた。
それに掴つかまれるのはたまったものじゃないので俺は岩肌を蹴って再び空中に。
この前、ニーナちゃんと一緒に遊園地に『仕事』をしに行ったときに、観覧車で同じようなことをやったなと思いながら俺は『導糸シルベイト』を自ら千切った。
「お、落ちちゃう! イツキくん!」
「大丈夫」
俺はそう言いながら今度は地面に向かって『導糸シルベイト』を打ち込むと、加速しながら落下。
頭上を巨大な腕が通り過ぎたのを確認してから、その真白い腕に向かって『導糸シルベイト』を打ち込み上に向かって自分たちを持ち上げる。だが、持ち上げるようなことはしない。
俺がやりたいのは着地なのだ。
そうやって谷底に向かったのだが、そこには大きな声をあげて泣き続ける枯れ木の老人たちがいて、
「『風刃カマイタチ』」
何をされるか分からないので、近場にいたモンスターたちをまとめて薙ないだ。
ざぶ、と複数重なった音が耳に響くと、周りが一気に黒い霧に包まれる。
それを手で払いながら、俺たちは着地。
そして、1つ目のモンスターに尋ねた。
「あれも燃やさなきゃいけないの?」
『へい。仙境の“魔”は燃やさなきゃなんねぇんです。死なずですからね』
その言葉を裏付けるように、俺が潰した鬼腫の瞳がぼこりと泡立つ。
その泡が、ぶつ、と弾はじけるやいなや完全に治りきった目が俺たちを見下ろした。
そして、再び口元が歪むと笑い始める。
『あんね、あんね! 楽しいね〜!!』
無邪気に笑うモンスターの声が仙境に響き渡る。
なるほど。一部を燃やしても駄目らしい。
やるなら全部を燃やし尽くすほどの高火力の魔法が必要なのか。
「あ、あれも燃やせるの? イツキ」
「できないことはないけど……」
ニーナちゃんにそう返しながら頭の中で考える。
相手を貫き爆破させる『焔蜂ホムラバチ』は1体を相手するには優秀な魔法だ。
だけど制圧力……というか範囲が劣る。
なので相手を面で捕らえる『焔蜘蛛ホムラグモ』あるいは、相手を包んで焼き祓う『焔繭ホムラマユ』を使った方が良いんじゃないかなと色んな魔法が頭の中を駆け巡るのだが……。
「ちゃんと中まで燃えるかな……?」
問題は、そこだ。
別に小さなモンスターで良ければ手持ちの魔法で良いだろう。
それで徹底的に燃やすことが出来る。
ただ、今回のモンスター……全長が百メートル近くあり、体周も数十メートルあるような巨大な岩の塊が俺の手持ち魔法で燃やし尽くせるとは、ちょっと思えない。
その問題をどう解決しようかな、と考えていると隣にいたアヤちゃんが提案してくれた。
「砕いてから燃やすのじゃ駄目かな」
『お言葉ですがお嬢さん。そいつぁ無理でさぁ。仙境の“魔”には炎がトドメ。それ以外じゃたちどころに治されちまいますぜ』
「そ、そうなんだ」
しかし、すぐさま1つ目のモンスターが否定する。
『隕星ながれぼし』を落として砕いてやるのも手かと思ったんだけど、どうやらそれでも駄目らしい。
だとすれば、
「ねぇ、1つ聞きたいんだけどさ」
『なんでしょう』
「あのモンスターが身体を治してるのって『治癒魔法』だよね?」
『へい。仙境の香り立つような濃い魔力がありゃあ、どんな“魔”も法術を使って身体を治しちゃうんですわ』
「ありがとう」
つまり、方法は2つあるわけだ。
1つはこれまで通り燃やして相手を祓う方法。
そして2つ目は、『治癒魔法』を使・わ・せ・ず・祓う方法。
だとすれば……別に、わざわざ広範囲の高火力魔法を放つ必要などない。
「アヤちゃん、ニーナちゃん。近づいたら駄目だよ」
『あっしは!?』
「僕、君の名前知らないから……」
心外だと言わんばかりに勢いよく振り向いてきた1つ目のモンスターに、俺はそう返すと『導糸シルベイト』を五本、用意した。
『あそぼ、あそぼ〜!』
無邪気な声とともに、鬼腫キシュは勢いよく腕を振り下ろしてくる。
「みんな、近づいたら駄目だからね」
用意するのはこれだけで良い。
というか、これだけ的が大きいのだから外す心配もしなくて良い。
手が伸びる。それを俺が『焔蜂ホムラバチ』で木っ端微塵にする。
空いた隙に、五本全てをモンスターに向かって放つ。
そして、『複合属性変化』を与えた。
「――『朧月おぼろづき』」
その瞬間、ぎゅるりと世界が渦巻いた。
『あえ〜?』
生み出した純黒の球体がモンスターの巨体、その中心に向かって生み出されるとその瞬間、鬼腫キシュモンスターの身体がバラバラになっていく。粉微塵になっていく。その全てが淡く光り、漆黒の球体が仄ほのかに照らされる。
『いや! これ、や!!! 飲まれる、飲まれる。吸い込まれる〜!!!』
モンスターの叫び声と、その身体を削る轟音が混ざり合って響き渡る。
ありとあらゆる魔法を使えなくし、抵抗もできず、ただ飲み込むことしかできない一方的な暴力の化身。
それを見ながら、俺は改めて言葉にする。
「近づいたら、アレに飲まれちゃうからね」
『ひぇ……』
それを初めて見る1つ目の小僧は喉の奥から小さな悲鳴を漏らして、眼の前のモンスターが物言わぬ粉塵になっていくのを眺めた。
『坊っちゃんと出会った時、よくもあっしは祓われなかったもんですわ……』
「……あの時は僕も車乗ってたから」
『これからずっと車乗っててもらえませんかね? こんなの見せられたら、あっしとしては生きた心地がしませんぜ』
「それはちょっと……」
モンスターにそう返している間に、鬼腫キシュはすっかり姿を消し――晴れ渡る晴天だけが、そこに残った。
「……やっぱり、すごい魔法だね。イツキくん」
「ありがとう、アヤちゃん」
アヤちゃんに褒められたことに嬉しさを覚えつつ……俺は空を見上げる。
その遥か頭上には1つ目のモンスターが作り出した元の世界への穴があって、
「これ、僕ら帰れるの?」
『もちろんでさぁ。坊っちゃん、下がって下がって』
シンプルな問いかけを1つ目のモンスターに返したら、彼は意気揚々と頷いて両手を掲げた。
モンスターが地面に向かって綺麗な円を描く。その瞬間、景色に切り込みが入る。
そのまま、ぺらり、とそのまま剥げて元の世界に繋がった。
『ほら、この通りですよ』
そういって自信満々に穴をこちらに見せてくるモンスター。
もしかして、こいつとんでもなく優秀なのでは……?
なんてことを俺が思いながら、アヤちゃんとニーナちゃんに視線を向ける。
「先に2人から行って」
「良いの?」
「うん。僕が最後に入るから」
何しろまだやり残したことがある。
しかし、それは匂わせずにそう言うと、アヤちゃんは頷いてから先陣きって穴の中に入っていった。
「イツキ、一緒に……」
「……多分、2人は入れないと思うよ」
いくら俺たちが小学生とはいえ、穴のサイズ的に2人同時は入れそうにない。
ニーナちゃんもそれが分かっているのか、しぶしぶと諦めたように穴の中に入った。
そうして、2人がちゃんと現実世界に戻ったのを見ながら俺は1つ目のモンスターに向き直った。
「1つ、教えて欲しいんだけど」
さて、ここからが本題だ。
『今ですかい? 別に戻ってからでもええんじゃないですか?』
「ううん。あの2人がいる時に話して良いか分からなくて」
俺はそこで区切って、続けた。
「『仙境の桃』って知らない?」
そう言った瞬間、1つ目のモンスターが大きく眉を顰ひそめた。