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「……お願いだから」
その言葉が、残る。
息が荒い。
泣き声が、まだ途切れない。
静まり返った空間に、それだけが響いていた。
桃は、何も言わなかった。
ただ、見ていた。
ぐちゃぐちゃに崩れたままの、紫を。
「……っ、は」
紫の呼吸が乱れる。
それでも、目を逸らさない。
逃げる気なんて、もうなかった。
その時。
「……ほんと」
桃が、小さく呟いた。
「ずるいわ」
次の瞬間——
強く、腕を引かれる。
「……っ!?」
勢いのまま、体ごと引き寄せられて、逃げ場を塞ぐみたいに抱き寄せられる。
距離なんて、一瞬で消えた。
そのまま——
乱暴に、唇が重なる。
「……っ、ん」
押し付けるみたいなキス。
息を奪うように、深く。
顎を軽く押さえられて、逃げる方向すら塞がれる。
拒む余裕なんて、与えられない。
一度離れても、
すぐにまた引き戻される。
抱きしめられたまま、逃がさないみたいに、何度も唇が重なる。
「……っ、は」
息が続かない。
どこで呼吸すればいいのか分からない。
頭が真っ白になる。
なんで? その事しか思い浮かばなかった、
気づけば、桃の服を掴んでいた。
離れないように。
「……泣くなって言っただろ」
やっと離れて、低く落ちる声。
でも、腕は解かれない。
「……っ、うるせぇ」
言い返す声は、崩れたまま。
でも——
離れられない。
むしろ、胸元に引き寄せられて、さらに距離が詰まる。
「……離せねぇよ」
腕に込められる力が、さらに強くなる。
さっきよりも、はっきりと。
逃がす気なんて、最初からないみたいに。
「……は……」
何言ってんだよ。
さっき、自分で言ったくせに。
「重いとか」
桃が続ける。
「面倒とか」
「全部、俺が言ったのに」
言葉が、少しずつ崩れていく。
「……っ」
「それでも無理だわ」
はっきりした声。
でも、余裕はない。
「……お前があんな顔すんの」
短く息を吐く。
そのまま、首元に顔を寄せられる。
逃げ場がなくなる。
「見て、離れられるほど余裕ねぇ」
低く、すぐ近くで落ちる声。
「……だから」
腕の力が、さらに強くなる。
抱き込むみたいに、体ごと固定される。
「行くなとか言うな」
「……無理になるだろ」
矛盾してるのに、
止めようとしない。
「……置いてくなとか」
「……言われたら」
一瞬だけ、言葉が止まる。
それでも——
「……置いてけねぇだろ」
低く、落ちる声。
「……っ」
何も言えない。
ただ、掴む。
今度は、自分から。
服だけじゃなく、そのまま背中に手を回す。
離れないように。
「……お前さ」
桃が、顔を寄せる。
「ほんと、ずるい」
さっきと同じ言葉。
でも——
もう責めてない。
むしろ、受け入れてる。
「……そんな顔で」
「引き止められて」
「離れられるわけねぇだろ」
小さく、息を吐く。
「……我慢とか、意味なかったわ」
ぽつりと落ちる本音。
「……だからもう」
距離が消える。
抱きしめる腕が、少しも緩まないまま。
逃げ場なんて、完全になくなってる。
「無理だって言ってんだろ」
そのまま——
また、唇が重なる。
今度はさっきよりも深く、強く。
引き寄せられたまま、逃げられない。
言葉を塞ぐみたいに、
何度も、何度も。
「んっ、ぁ……」
息が乱れる。
でも——離れない。
どっちも。
抱きしめたまま、離す理由なんて、もうないみたいに。
「……ほんと、終わってる」
桃が小さく呟く。
「……」
否定できない。
できるわけがなかった。
「……それでもいい」
かすれた声で、返す。
「……もう、いい」
抱き寄せたまま、
さらに強く抱きしめ直される。
逃げられないように。
「……どこにも行かせねぇよ」
耳元で、低く落ちる声。
「……逃げんなよ」
追い打ちみたいに、もう一度。
背中に回った腕が、最後まで緩むことはなかった。
それでも——
それでいいと思ってしまった。