テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第十話「それでも、離れたくない」
放課後。
教室には、もうほとんど人がいなかった。
窓の外では、桜が揺れている。
静かすぎて、少しだけ息が詰まりそうになる。
⸻
帰る準備をして、立ち上がる。
そのまま教室を出ようとした、その時。
⸻
「……秀一」
⸻
足が止まる。
振り返る。
⸻
みゆきが立っていた。
⸻
昨日までと違う。
逃げる気がない目だった。
⸻
「ちょっといい」
⸻
拒否できる空気じゃなかった。
⸻
「……なに」
⸻
できるだけ、平静を装う。
⸻
みゆきは、一歩近づく。
⸻
「もう無理」
⸻
いきなりだった。
⸻
「え…?」
⸻
「無理だから」
⸻
声が震えている。
でも、止まらない。
⸻
「我慢するの、やめた」
⸻
その言葉に、胸がざわつく。
⸻
「避けられても、無視されても、もういい」
⸻
一歩、また近づく。
⸻
「でもさ…」
⸻
言葉が詰まる。
唇が震えている。
⸻
「このまま終わるのだけは、やだ」
⸻
その一言が、重く落ちる。
⸻
「ちゃんと聞かせてよ」
⸻
目が、まっすぐ向けられる。
⸻
「なんでなの」
⸻
答えられない。
答えられるはずがない。
⸻
「私のこと、嫌いになったの?」
⸻
「違う」
⸻
即答だった。
⸻
「じゃあなんでよ!」
⸻
声が強くなる。
⸻
「なんでそんなこと言うの!?」
⸻
あの日の言葉。
“無理”って言ったこと。
⸻
「前みたいにできないとか、意味わかんないし!」
⸻
涙が、こぼれる。
⸻
「そんなの勝手じゃん…」
⸻
震える声。
⸻
「こっちは…」
⸻
言葉が途切れる。
⸻
でも、もう止まらなかった。
⸻
「こっちは、ずっと一緒にいたいって思ってんのに…!」
⸻
その一言で、呼吸が止まる。
⸻
「離れたくないって思ってんのに…!」
⸻
涙が止まらない。
⸻
「なんでそっちが勝手に決めるの…!」
⸻
胸が、締め付けられる。
⸻
「ねえ…」
⸻
近い。
手を伸ばせば、触れられる距離。
⸻
「好きだよ」
⸻
時間が、止まる。
⸻
「ずっと前から、好きだった」
⸻
震えながら、それでもちゃんと伝えてくる。
⸻
「なのにさ…」
⸻
涙でぐしゃぐしゃの顔で。
⸻
「なんで離れるの…」
⸻
もう、限界だった。
⸻
(やめろよ…)
⸻
こんなの、耐えられるわけがない。
⸻
(言うなよ…)
⸻
全部壊れる。
⸻
「こんなにも好きなのに…」
⸻
その言葉で――
⸻
折れた。
⸻
全部、崩れた。
⸻
(……無理だろ)
⸻
離れるなんて。
突き放すなんて。
⸻
こんな顔させて。
⸻
それでも守れるなんて、思えなかった。
⸻
「……バカ」
⸻
小さく呟く。
⸻
「なんで今言うんだよ…」
⸻
苦笑が漏れる。
⸻
でも、もう止められなかった。
⸻
手を伸ばす。
⸻
みゆきの腕を、掴む。
⸻
「俺だって…」
⸻
言葉が詰まる。
⸻
でも、もう逃げなかった。
⸻
「好きに決まってるだろ」
⸻
やっと出た本音。
⸻
みゆきの目が、大きく揺れる。
⸻
「ずっと一緒にいたいって思ってる」
⸻
それは、本当だった。
⸻
「でも…」
⸻
言いかけて、止める。
⸻
言えない。
ここで言ったら、全部終わる。
⸻
だから――
⸻
「……付き合うか」
⸻
その言葉が、静かに落ちた。
⸻
一瞬の沈黙。
⸻
「……ほんとに?」
⸻
震える声。
⸻
「ああ」
⸻
逃げるような肯定。
でも、本音でもあった。
⸻
次の瞬間。
⸻
みゆきが、泣きながら笑った。
⸻
「遅いよ…」
⸻
そう言って、少しだけ笑う。
⸻
その顔を見て。
⸻
(ああ…やっちまったな)
⸻
そう思った。
⸻
幸せなはずなのに。
⸻
胸の奥に、重たいものが残る。
⸻
(これ、絶対後悔するやつだろ)
⸻
分かってる。
⸻
それでも。
⸻
手を離せなかった。
⸻
窓の外では、桜が揺れている。
⸻
綺麗なままじゃ、いられない。
⸻
それでも今だけは――
⸻
二人は、同じ場所にいた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!