テラーノベル
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「貴方の元へ参ります」
流れ星が堕ちた時。
「…嗚呼」
月の神様は、涙した。
「ひぎゃっ…」
淡い光を呑み込む濃霧の中、赤い血が飛び散る。それらは真っ黒な水の中へ落ち、赤を出せないまま沈んでいく。
「此処は闇の國でも奥地。住人の汚いものが流れ着くどぶ川だ」
華奢な女が大の男の首を掻っ切り胸ぐらを掴みながら、膝をつかせ、川に突き出している。まだ二十歳にもなってない。
漆黒の髪に、光を宿さぬ瞳孔。日の本の國では当たり前の色彩であるが、人々は彼女を見た時、『嗚呼、夜とはこれなのだ』と思うほどに白とはかけ離れている。
「っが、息、いきがぁ…」
男は気絶寸前まで追い込まれていた。ガクガクと震え、激痛と恐怖に耐えようとしている。
「残す言葉はもう無いな?」
チャッ、と女は日本刀を構える。
金属を夜空に浸したかの如く良い光を放ち、刃こぼれ一つないほど綺麗な刃が男の頸の横に添えられる。
「や゙あ゙あ」
「散月光、沈ませろ」
流れ星が弾けた。
男は後ろに倒れるように川の中へ落ち、すぐに沈んでいった。
「…」
女は頬についた血を拭う。そこに、カツン、カツンと誰かの足音が聞こえてきた。
「夜鷹様」
その言葉だけで、両者の立場が分かる。夜鷹、と呼ばれた女は、一瞬表情筋を緩めた。が、直ぐにそっぽを向く。
「また血が…お願いですから、出来るだけ血に触れないで下さい。糞共の血によって貴女に何か起こったら、私は悲しい」
夜鷹を呼んだ男は、真っ暗で薄汚いこの場に似合わない銀髪だ。目を縁取るまつ毛も白いが、瞳孔は、夜鷹のような黒色である。聞いた者をうっとりさせるような美しい声で汚い言葉を言ってのけた。
「彗星、またお小言か?五月蝿い」
夜鷹は煩わしそうに血を拭い、刀を乱雑に彗星に投げつける。
「はいはい、分かりましたから。明日も学校です」
「学校」、と言う言葉に夜鷹は弱い。すぐに押しだまり、どう彗星に意地悪してやろうかと画策している。
「帰ったらアロマオイル一滴垂らした風呂、蜂蜜入りのホットレモン、無香のボディークリーム、未読の小説、アイロンがけした制服」
「歯磨きもです。用意しておきます」
一度に沢山の命令をしたが、それを彗星は完璧に復唱し、ついでに夜鷹が忘れていたことを追加した。
「くそが」
それだけ言うと、近くに停めてあった車の後部座席に滑り込み、一房の長い前髪を垂らす。
それは、彼女が仕事を終えた証であった。
「お屋敷まで時間がかかります。仮眠をお取りください」
彗星は手早く車のエンジンをかけ、窓を少し開ける。
「ん」
夜鷹が夜の音が好きだと知っているからだ。
「後で起こせよ…」
それを最後に、後ろからは寝息が聞こえてくる。
「仰せのままに」
彗星は、それを愛おしげに聞きながら車を運転した。
裏社会の姫と、元月の神。
立場の違う男女が、絶たれる日は誰も知らない。
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