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「今年の誕生日は外出たくない。帰ってきて寝る準備とかだるいし、俺ん家でパーティーしよ」
あるレコーディングの最中、いつ誕生日会を行うか2人に尋ねられる。俺が放った言葉に、若井は苦笑いを浮かべた。わざわざそう言う理由が大方分かってしまったからだろう。対して涼ちゃんは理解していないのか、いいね〜と気の抜けた返事をしてくる。そんな彼に若井は哀れみの目を向ける。
当日の朝はのんびりと始まった。
おめでとう、おめでとうございます、元貴くんアラサーだねなんて歩く度に言われながら彼らの姿を探す。珍しく先に来ている2人が俺の姿を見て顔を綻ばせ、食い気味で散々言われた言葉を更に重ねてくる。はいはい、ありがとね。口が緩むのを隠しながら何食わぬ顔で仕事を進める。今日の夜はスケジュールをいい感じにずらす事ができて、集まる予定になっている。この機会を逃すと2週間は3人でまとまった休みがないのだ。ちょっとだけそわそわしたようにたまに顔を見合わす2人。明らかすぎるだろ、サプライズ仕組んでるの。まあまあ、見ないふりしておきますよ。といいながらも時々こっそり背後に近付いて動揺させながら、日が落ちるぐらいには肩を並べて帰ることが出来た。
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「「かんぱーい、元貴おめでとう!!」」
「ありがとうございまーす」
グラスをぶつけ、当事者の俺よりも楽しそうに2人は言う。あれやこれやとメガネやタスキを付けられ、少々くすぐったいがやはりこうやって場を設けて祝われるのは嬉しい。先程サプライズで手作りケーキも見せてもらった。俺は誕生日だし呑んだら、と勧められたが明日も早いしコーラにしておいた。テーブルには沢山のご馳走があり、文字通り食べきれないほど、ある。…絶対涼ちゃんだろ、用意したの。
「ささ、食べて!遠慮しないで本日の主役さん!」
「…うん、涼ちゃんありがとう。ねぇこれこの後ケーキ食べるんじゃないの?」
「ん?その予定だけど」
「なんで若井も平然としてんの…」
早く食えと言わんばかりに、にこにこと見つめてくる2人。俺は少しの間冷蔵庫がパンパンになる未来に苦笑しながら箸を手に取った。
しばらく料理をつつきながら、プレゼントを貰ったり29歳の意気込みを語らせられたりして夜も深けてくる頃。若井が思い出したように唐突に立ち上がった。
「わっすれてた!!今日見たい映画あるんだった!」
「あらら、録画してないの?」
「多分してない、うわー最悪。見逃し配信あるかな…?」
「ここで見れば良いじゃん。ほら大画面のテレビあるけど」
と言ってリビングの方の大きめのテレビを指さす。別にテレビ好きでも何でもないけど、どうせ買うんならと店員にゴリ押しされ最新鋭のものを買ったのだ。若井は一瞬嬉しそうにしたが、え、でもと表情を曇らせる。
「別にいいよ、こんな機会ないし。ポップコーンあったかも。ちょっと探してくる」
家で映画をゆったりと見るなんて、多忙な俺たちからするとそうそう無い。少しレアな感覚に心が踊っていたらしく、キッチンに着いてきた涼ちゃんが俺を見て微笑んでいた。なんだか保護者みたいでムカついたので、若井がチャンネルを合わせている間に首筋を舐めるようにキスしてやった。まあ結局涼ちゃんが叫んでバレてしまったけど。
◻︎◻︎◻︎
たまにこの俳優さん結婚したよねとか、うわぁー今のカットめっちゃ好きとか、緩く感想を言い合いながらだらだらと見ていた。物語の中盤、主人公の友人と恋人が同時に川に落ちた。よく会話のネタに使われるやつをモチーフにしたのだろう、助けに来たボートは1人分しか乗れないようだ。主人公は悩み抜いた末に、親友に背中を押されて恋人を助けた。ストーリー性はあれだが、中々に演出がこだわっており気迫の演技も相まって誰も言葉を発することなく見守っていた。が、その静けさは突然破られる。
「元貴なら、どっちを選ぶのかなあ…」
その瞬間、ピリッと空気が凍りつく。涼ちゃんもハッとしたように口を抑えたが、時すでに遅い。何か言おうと脳をフル回転させていたところに若井がのんびりと、
「それ涼ちゃん強すぎでしょ。恋人はずるいよ」
とぼやいた。ほっとして涼ちゃんは
「でも親友を取るかもよ?1番の親友、心の友だよ」
と言い返した。2人の視線が俺に集まる。まあだろうなと思いつつ涼ちゃんに話を振る。
「…涼ちゃんはどうなの?」
「僕?僕は…。身軽そうな元貴、を取りたいけど。若井がいないミセスと将来なんて、考えられなくて。でも1人しか取れなくて…って考えてるうちに2人とも死んじゃうかも」
「おぉい!それ1番ダメなやつじゃん」
「優柔不断だからね…見殺しにしちゃってごめんね…」
起こってもいない事に物騒に謝る恋人の君。すかさずツッコむ幼なじみの彼。
このふたりのどちらかを選ぶ、か。
「…元貴は、どうすんの?」
「いやどっちも助けるわけないじゃん。全員助からないなら、俺も一緒に死ぬ」
平然と言うと、ふざけていた癖にぞっとした顔で2人とも見てくる。実際そうだ、そのくらいの気持ちでミセスをしてて、メンバーを大事にもしてる。バンドのフロントマンとして完璧な回答だろ。
「…元貴だけ助かる選択肢は、その」
「無い。迷わず飛び込むよ」
「ひぇっ…」
若井が青い顔で俺たちを交互に見てくる。どっちにしろ死ぬ選択肢しかないことに絶望しているのだろうか。対して涼ちゃんは少しだけうっとりとしているというか、なんだか満更でも無さそうだ。
「…涼ちゃん?なんでそんなに嬉しそうなの…?」
「ふふ、えぇ?だって、元貴がそんな風に考えてくれてるんだなーって思って。ふふふ」
「涼ちゃんも大概重いんだな…バカップルめ」
先程とは打って変わってうんざりとした様な表情になる。映画そっちのけで話しをしていたせいで、もう終盤だ。結局最後までだべりながら後半をほとんど見ずに終わってしまった。でも、若井は満足そうに残りのポップコーンを頬張っていた。
たまには、こんなのも悪くないもんだな。
「んじゃ、俺はそろそろおいとましようかな」
「夜遅いけど、泊まってけば?」
「…。いや、遠慮しときまーす」
にやりと笑ってサムズアップする若井。俺の拳が飛んでくる前にひらりとかわし、上着とカバンをもって捨て台詞に、
「元貴、今日はほんとにおめでとうな!後は2人でごゆっくり!」
と叫んで出ていった。あいつ覚悟しとけよ。
「嵐みたいに去っていったねえ。…今日泊まっていいの?」
「うん。むしろ、返さないよ」
ひえ〜お手柔らかに。そう言う涼ちゃんの腕にするりと自分の腕を絡めて、密着する。そのまま寝室に向かいながらふと思う。
いつものテレビに出るような華やかさはない。ささやかで落ち着いていて、でもたっぷりの愛と幸せが込められている。やっぱり家は最適な選択肢だったな。私が歩けば正解、なんて歌詞を思い出した。
「…ありがと、今日は楽しかった」
目を大きく見開いて、君は笑う。いつもは照れくさいけど、難しいギターフレーズと一緒に若井にもあとで送っておこう。
「どういたしまして。元貴、こちらこそ生まれてきてくれてありがとうね」
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読んでくださりありがとうございます!
大森さん、本当に誕生日おめでとうございます…!生まれてきてくれてありがとうございます…!
涼ちゃんの生誕祭の時に多忙のあまりしっかりこだわることが出来なかったので、こちらで幸せを沢山詰め込みました。ちょっと欲張りすぎたかもしれない。笑そんなPRESENTの方もぜひ見ていただければと思います。
次も読んで頂けると嬉しいです。