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芥川くんと樋口ちゃんが去った後——
薄暗いビルの裏。静寂が戻った空気の中、太宰さんの背中を見つめながら、あたしは一歩踏み出した。
「……お久しゅう、太宰さん」
できるだけ柔らかい声色を作りながら、愛想よく背後から声をかける。けれど、内心は指先まで張り詰めていた。
太宰は肩越しに振り返り、少し警戒したような目で私を見やった。
「麻里か。何の用だい?」
名前を呼ばれただけで胸が高鳴るなんて、馬鹿みたい。でも、そんな気持ちは表に出さず、努めて平静を装う。
「……あたし、芥川くんに付いて来とったんやけど……出番なくってな」
(——ほんとは、ただ太宰さんの顔が見たかったなんて、口が裂けても言えへん)
視線をそらしつつ、小さく笑ってみせる。そして、床に横たわる探偵社の子たちへ目をやった。
「その子ら、治したろか?」
んっと、指で示してから、そっと太宰さんの方を見やる。
太宰はほんの少し目を細めて、私に問うた。
「……魔法でかい?」
「そっ、あたしの“魔法”」
くすりと笑って見せた。すると、太宰は頷く。
「頼むよ」
許可をもらった私は、すぐにポーチの奥から小瓶を取り出す。それはまるで香水瓶のような、ガラスの光を帯びたアイテムだった。
瓶の口に唇を寄せ、グイ、と一口。
ゴクッ。
ー——体内に広がるのは、柔らかくて甘い、それでいてどこか切ない力。
「……ふぅー」
吐息と共に、煌めく粒子が宙へと舞う。まるで星屑のような光の中で、横たわる彼らの傷が見る見るうちに癒えていく。
太宰が、使い終わった瓶に目をやった。
「その瓶は……?」
私は瓶の底を覗き込むように見つめながら、淡々と答える。
「……あたしの魔法、前にも見たことあるやろ。触れた相手の異能を瓶にして使えるやつ。これは、探偵社の女医さんの能力を借りたもんや」
瓶の中には、もう何も残っていない。力を使い切ったそれは、ただの空っぽの器になっていた。
太宰の方をちらりと見やり、小さく笑った。
「じゃあ、あたし帰るわ。時期にその子ら起きるやろし」
言い残し、私は背を向けた。できるだけ早足で、でも、走らず。太宰の視線を背中に感じながら、出口へ向かう。
背後から、太宰の小さな呟きが追いかけてきた。
「……嗚呼」
それが何を意味するのか、聞き返すことはしなかった。ただ、その声の温度だけを胸に刻んで、私はその場を後にした。