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宵闇の草原。月が千切れた雲に被り、月の光もまばらに地上を少し暗く照らす。その草原には、人族の領から世界樹の樹海の方へと向かう影が3つあった。ただし、3つの影は2つの影と1つの影の2組である。
「ぐっ……このままじゃ!」
「弱気になっちゃダメ! 僕たちは必ず逃げ延びるんだよ!」
1つの影に追われる2つの影。2つの影は息が荒く、それぞれ脚に怪我を負っているようだった。
「まだそんなに動けますか。ですが、逃がしませんよ? 【ウォーターアロー】。……ちっ、草が邪魔ですね」
追う影の方は余裕があるのか、息の乱れもなく追いかける。いつまでも追いかけることになっているのは、2つの影が予想以上に速いためだ。もし2つの影に怪我がなければ、あっという間に巻かれていただろう。
「しめた。魔法が届かない。このまま茂みの中を逃げよう!」
「……俺を置いて行けよ。お前だけなら」
突如、パンッと頬を叩かれたような音が響く。
「ってぇな! メイリ! 何すんだよ!」
「コイハ! 次に言ったら本気で許さないからね!」
メイリ、コイハと呼び合う2つの影が月光に照らされ始める。
「……分かったよ」
コイハは月明かりに白く照らされている。彼女は白狐の獣人族だった。つまり、白銀のキツネである。獣人は動物がヒト型に近付いて2足歩行したような姿だとイメージすれば早い。獣人族は、妖精族や人族、魔人族とも少し異なる。骨格がより人間に近く、プロポーションなども人間に近くなる。
白狐はこの地域だと珍しく、雪深い北方に多い。彼女は少しばかり言動が乱暴で男っぽいところがあるものの、白銀の毛並みが美しく、すっと伸びたマズルや尖った耳、ふさふさの尻尾が特徴的な美しい白狐である。
「よろしい! ほら、さっさと逃げるよ!」
一方のメイリは月明かりを受けてもなお黒かった。彼女は黒狸の半獣人族だった。つまり、漆黒のタヌキである。半獣人は人が動物的な耳や尻尾などの特徴も持っているようなイメージだと理解すれば早い。半獣人族も希少な種族であり、妖精族、人族、魔人族とも微妙に異なる。また、獣人族と半獣人族もまた異なる種族である。
黒狸は普通の狸からの変異であり、半獣人の中でも特殊中の特殊である。すべての光を吸収するような肌の黒さに真ん丸な顔と茶色の瞳は小動物的な可愛さを引き立てている。
「でも、大丈夫なのか? 偏屈魔王とやらは? 人族なのだろう? 今追いかけてきている奴と同じじゃないか」
コイハはメイリに質問を投げかける。彼女はケガがひどく痛む。話していないと気を失ってしまいそうなほどの痛みだった。
「大丈夫だよ。妖精族と仲良くしていると聞くし、魔人族や人族とも敵対しても平気にしているらしいから。後、どうやら獣人や半獣人のお嫁さんが欲しいらしい……」
メイリはコイハにそう説明する。この情報は誰かに聞いたものではなく、ユウによってメイリの夢の中で刷り込まれた情報である。
「そりゃ特殊過ぎる性癖だな……って、えっ、待て、結婚なんかしないぞ?」
「とりあえず、匿ってもらって、良い人だったらそのまま貰ってもらえばいいじゃん! いつか狐の嫁入りをしたいって言ってたじゃん! 狐の嫁入りって人族との間の結婚のことでしょ?」
コイハは話が急展開になって驚く。どうして結婚にまで話が及ぶのか。しかし、彼女もまたユウにいくつかの刷り込みを受けているため、完全に否定するまでには至らない。
「そりゃそうだけど」
「……呑気ね。追われている自覚がないのかしら?」
最後の影も月明かりに照らされて容姿が明らかになる。それは、人族の女だった。透き通るような青い髪を両サイドにまとめているツインテールで、瞳の色はその髪の色と同様である。忍び装束のように全身を布で覆っているものの、隙間から見える肌は健康的な褐色で、体型はとてもスレンダーでスラっとしていた。
彼女の武器は太刀である。自身の身長の半分以上もあるその太刀を器用に振り回し、彼女はコイハとメイリを徐々に追い詰める。
「っ! 狐火!」
「【ウォーターウォール】。……火は水に消されるって知らないのかしら? 派手なだけの目くらましでしょう?」
人族の女は魔法詠唱にも澱みがない。相当の鍛練がなされている証拠であり、コイハとメイリが危機的状況である理由でもある。
「じゃあ、これならどうかな? えいっ!」
「え、なに? ただ、土をぶつけてきた?」
メイリは楽しそうに土を掘り起こしてぶつける。
「さらに、変化っ!」
「ひっ! なめくじ! 幻覚か! それでも気持ち悪い! よくもやってくれましたね!」
女の凶刃がメイリの身体を切り裂く。
「ああああああっ! なんてね」
しかし、メイリだったものは白い煙として広がっていく。目くらまし用の発煙物を自分の姿に変化させたようだった。
「っ! 化かされてしまいましたか! 待ちなさい! くっ。いくつも影が!」
メイリは自分と似た影をいくつも作り上げる。判別の付かない女は、どれを追えばいいのか分からないため、すぐさまに追うのを止める。
「逃してしまいましたね。しかし、何故すぐにあのスキルを使わなかったのでしょう? 獣人や半獣人なぞ理解に苦しみますね」
女は不思議そうな表情をするが、相手がそこまで気が回らなかったということで簡単に処理した。
「まあ、いいです。樹海の偏屈魔王と言っていましたね。……仕方ありません。いずれ倒す人族の敵です。それが早まっただけです。ふふふ」
女は不敵な笑みを浮かべていた。