私の頭の中を色んな情報がぐるぐると錯綜する。
この世界は『乙女ゲーム』?
シスター・ミレが『悪役令嬢』?
そして私が2作目の『ヒロイン』?
だけど、今はそんな情報を整理している場合じゃない!
「ミレーヌ・フォン・クライステルは10年前に死にました。私はシスター・ミレです。お引き取りを」
「何を仰っておいでなのです。これは王命ですぞ!?」
どうやらこの男は国王の使者としてシスター・ミレを迎えにきたみたいなのだ。
それというのも、シスターがリアフローデンに追放された原因となった罪が王太子妃の捏造であったからだそうだ。その王太子妃は既に処刑されたんだけど、どうやらその女が前作『ヒロイン』らしい。
その王太子妃の代りとしてシスター・ミレに白羽の矢が立ったってわけ。
シエラ!
動いてシエラ!
怯えてシスターの背中に隠れている場合じゃないでしょ!
あなたの大好きなシスターが王都へ連れて行かれちゃうんだよ。
「王太子妃になれば行く行くは王妃になって、こことは比較にならない暮らしが約束されるのですぞ!」
あっ!?
でも……そっか……
王都へ行けばシスターは貴族に戻って王妃になれるんだ……
その考えがシエラにも伝わって――
大好きなシスターとずっと一緒にいたい。
だけどシスターは王都へ行った方が幸せ?
――小さな胸がきゅうって押し潰されるように苦しい。
王都には贅沢な暮らしが待ってるんだもの。
いっぱい美味しいものが食べられるし、綺麗なドレスも着れるし、あったかいベッドもある。
使用人達にはかしずかれ、多くの人からは敬われる、煌びやかな暮らしが待っている。
大好きなシスターの幸せを願うなら……
「神の教えに生きる私に贅沢など興味はありません」
だけど、シスターはなんの迷いもなく断ってくれた。
その時、私とシエラの胸に溢れたこの想い――
嬉しい!
嬉しい!
嬉しい!
――これが喜ばずにいられる?
シスターは王都の煌びやかな暮らしよりも、貴族としての贅沢よりも、次期王妃の権力よりも、そんな全ての甘い誘惑よりも私達を選んでくれたんだもの。
だけど使者の男はそんな私とシエラの幸福感に冷や水を掛けてきた。
「お、表には騎士達がいるのです。あまり聞き分けが無いようなら、実力で当たらせて頂きますぞ!」
シスターに手を伸ばす使者の男。
業を煮やして力ずくでシスターを連れていくつもりだ。
男に対する恐怖でシエラはシスターのスカートをキュッと握るだけで、身を強張らせ、足が震え、何もできずにいた。
シエラ!
動いて!
お願い!
だけどシエラは怯えるだけ。
私の声はシエラに届かない。
いいえ、違うわ。
シエラは横に首を振っている。
聞こえているのに怯えて動けないのだ。
お願いシスターを守って!
(恐いの、恐いの、恐いの……)
このままだとシスターが連れていかれちゃうよ?
(それはイヤ!)
嫌だよね……シスターはいつも優しくて、あったかくて、傍にいると幸せにしてくれたひと。
(うん、シスター大好き!)
ずっと一緒に居たいよね?
ずっと傍にいたいよね?
(ずっと、ずっと、ずっと……)
今までずっとシスターは私達を守ってくれた。
(うん……)
だから今度は私達がシスターを守ろうよ。
(守る?)
そうよ……私とシエラと2人で――
(シスターを守る!)
それが私とシエラ……私達が真に私となった瞬間だった。
「なんですこの子供は!」
私とシエラは……いえ私はシスターの前に飛び出して思いっきり両手を広げた。
「シスターをイジメたらダメッ!」
「どきなさい!」
――それは恐怖
7歳児にとって自分より遥かに大きい大人の男に迫られて恐くないはずがない。
でも私は絶対にどかない!
シスターはけっして渡さない!
男の手が私に向かって伸び、私はギュッと目を閉じた。
だけど震える私にその男の手は届かなかった。礼拝堂に孤児達が次々と入って来て、私と同じように両手を広げて立ちはだかったのだ。
「大丈夫かシエラ」
「カッツェにぃ」
その中にカッツェもいて、彼は体を張って男の手からシエラを守ってくれた。
この時のカッツェは10歳なのにとても頼もしくて、すごくカッコよかった。
その後はずっと私はシスターのスカートにしがみついていたんだけど、孤児達の必死の抵抗とユーヤさんの暗躍でこの事件は事無きを得た。
ところが、もう1つ重大な問題が発生した。
使者を追っ払った後で私の頭をガシガシと撫でたカッツェ――
「よくシスターを守ったな。偉いぞシエラ」
「うん!」
身を挺して私を守ってくれた3歳年上のカッコいい少年。
――実は彼も乙女ゲーム『聖なる花に祝福を』の登場人物で、2作目『ヒロイン』の幼馴染み兼『攻略対象』だったのだ……
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